5-60『ノヴァ』
ハルゼンが本気を出せば誰も止めることは出来ない。誰もその動きについていくことは出来ない。
超スピードを持つはずのエルダックですら、ハルゼンの動きについていくことは出来なかった。
ハルゼン、そしてヴァルモダの二人は殆ど同じ時にこの世に誕生した。二人とも、魔族の中ではまだ年齢が若い方だ。
魔王軍の中にはハルゼンよりも年齢が上で、経験も豊富な魔族というのは星の数ほど居る。だが、そんな魔族たちを全て己の力でねじ伏せた。
それこそがハルゼンと言う男である。
他の魔族からは殺しても死なないような男であると言われている。
ヴァルモダに死なないと誓ったのは驕りではない。自信の現れだった。なにせ、今のこの状態のハルゼンをどうしたら殺すことが出来るのか――そんなこと、当人ですら分かっていない。
自分はどうやったら死ぬのか、どんな事をしたら死ぬのか。
最早それは生物と言う物差しで図ることすら烏滸がましい。絶対的存在と言っても差し支えないほどだ。
今のハルゼンならば簡単にマナを殺害し、襲名することだって出来る。
だが、それをしていないのはハルゼンの気まぐれなのか、それとも――
ドォンと地面を踏み砕く音が鳴り響くのとほぼ同時に、目にも止まらぬ速さで突っ込んできたエルダックの槌撃がハルゼンにクリーンヒット。
まるで蹴鞠の様にぶっ飛ばされ、地面をバウンドするハルゼン。
そんなハルゼンに追撃するため、更にエルダックは走った――
「『斬雷』」
地面を転がっている最中、その回転を利用し、ハルゼンは刀を振り上げる。
この姿勢が定まっていないというのに、ピンポイントでエルダックへ狙いを定め、雷の斬撃を飛ばす。
それをハンマーで受けるエルダックだが、それをかき消し、追撃を加えようと一歩踏み出したときには既にそこにハルゼンの姿は無く、エルダックの真横を閃光が通り過ぎた。
「ちっ、やっぱり戻ってくるよね! 『土壁』」
ハルゼンの進行方向に向けて『土壁』を生成したケルド。だが、ハルゼンはそんなもの知るかとばかりに突進でその眼鏡な土壁を粉にしてしまった。
「っ、君はイノシシなのかな!?」
「イノシシ、カッコいいよねっ! 『円炎』」
正面に見えるケルド、そして背後から追ってくるエルダック。
挟まれたハルゼンだったが、その場で刀に炎を纏わせ、回転斬りをすることによって周囲に炎の斬撃を出し、二人にまとめて攻撃を放つ。
その一撃に、ケルドとエルダックは下がらざるを得なかった。
突然の炎。
その熱気にケルドは顔を顰めた。サックドの事を思い出してしまったのだ。
「君の適性は雷じゃなかったのかい? 火の火力もなかなかなものだけど」
チクリとぼやいたケルドの言葉にあっけらかんとした様子でハルゼンは返す。
「別に、ぼくはただの一度も適正が雷だって言ってないよ。ただ、ぼくは爺さんの得意で興っていただけ。ご所望なら、あんたの得意で興ってあげるよ。『砂塵嵐』」
ケルドの動きは見ていた。
その魔力の動きも全て観察していた。
抜かりはなかった。
ハルゼンはダンッと音がするほど強く地面を踏みしめ、魔力を地面に流し込む。
そして刀を振り上げると、周囲に砂埃が舞い散り、それが嵐と成ってケルドの事を吹き飛ばさんと襲いかかる。
「ちょちょちょ、そりゃないっしょ『土倉』」
地面を操作し、自分の周囲に土の防御壁をドーム状で作り出す。
土属性の完全防御技だ。身体の自由は効かないものの、大抵の攻撃はこれで防ぐことが出来る。
「――それの弱点は動けないこと、だろ?」
「はぁ?」
ケルドの手元で何かがキラリと光った。
気になってそれを見てみると、なんとそれは魔力の塊であるということが分かった。だがしかし、なぜこんな所に魔力の塊があるのだろうか。
そんなこと、考えるまでもなかった。
瞬時に『土倉』を解除したケルドはその魔力の塊を投げ飛ばした。だが、ちょっと遅く、その魔力の塊は爆発を引き起こし、爆風によってケルドはぶっ飛ばされてしまった。
『土倉』の中で爆発されるよりかはダメージが少ないが、それでも少なくないダメージ。
ケルドがその場で『土倉』を作り出すということを読み切ったうえで、作成中の『土倉』の中に『エクスプロージョン』を飛ばしたのだ。
気が付かずに『土倉』を解除せず『エクスプロージョン』を受けていたら流石に致命傷となっていたところだ。
だが、ケルドにばかり集中していると、その背後からもう一人の男がハルゼンへ迫ってくる。
「お主、オールスターか」
「さぁ、どうだろうね」
「オールスター……全属性を満遍なく使うことが出来る天武の才。ならなぜ、わしとの戦いでは雷しか使わぬのだ」
「だって、その方が心を殺せそうだから」
先程から他属性の魔法を使う時は魔力解放の色も火属性なら赤、土属性なら黄土色に変色していた。
だが、エルダックを前にして再び黄色――雷の魔力解放に戻っている。
どうしてエルダックには雷しか使わないのか――それはヴァルモダのリベンジマッチだからである。
ヴァルモダの得意とする雷属性でエルダックに勝利することによってヴァルモダの無念を晴らそうとしているのだ。
「でも、賢者二人をお主一人だけで相手しようというのは無茶なのではないか?」
「そう? ぼくは行けると思うけど。魔王様の手を煩わせるわけには行かないからね!」
「その心意気は良いが……賢者をあまりナメるなよ、小童」
エルダックがハンマーを振るったその瞬間、エルダックの眼の前に雷が糸の様に複雑に絡まって出来上がった球体が出現した。
徐々に徐々に周囲から雷を纏って大きくなっていくそれは破壊的な光景で――
「『ボルトブレイカー』」
ハンマーを球体に叩きつけると、その球体に絡まっていた雷は一斉に解け、視界を埋め尽くすほどの大量の稲妻がハルゼンへと襲いかかってくる。
壁や天井、床に当たる度に倍の数になって反射する。
おびただしい程の稲妻だ。
雷の超級魔法。だがしかし、ハルゼンもこれほどの質量の『ボルトブレイカー』を目にしたのは初めてで一瞬、思考が停止してしまったものの、直ぐに動き出し、刀を振るう。
ハルゼンの剣技は雷をも斬ることが出来る。だが、それでも質量が多すぎて全てを捌き切ることは出来ず、いくつもの雷が直撃し、ハルゼンの肉体を焼いていく。
(マズイ、マズイ、マズイ。もう一度、あれを――)
そう考え、瞬きをしようとしたその瞬間、風が吹いた。
一瞬だった。そのただの一撃で『ボルトブレイカー』がかき消され、ハルゼンへ襲うはずだった雷が全て消滅した。
エルダックも、ハルゼンも何が起こったのか全く理解できなかった。ただ、それを理解していたのはただ一人、マナ・デストラーラ。
「『理滅』間に合った」
魔剣『ノヴァ』はとんでもない剣である。
魂を斬れるのが『リリウム』なのだとしたら、対となる『ノヴァ』は魔力を斬ることが出来る。
目に見える全ての魔法がマナの意思一つで斬ることが可能だということだ。だがしかし、マナの力が弱体化しているゆえに、今のマナでは長い溜めが必要となる上、かなりの魔力を消耗してしまうため、連発は不可能。
でもそれは確かに、古の時代、マナ・デストラーラという魔王を最強足らしめていた剣であったと、この場の全員に知らしめることが出来た。
「ハルゼン、私も居るよ! だから、一人で戦うんじゃなく、私も頼ってよ!」
「魔王様……申し訳ございません。頭に血が上っていたようです」
確かに今のマナは最強ではない。
だが、魔剣『ノヴァ』を手にしたマナは破壊的なまでに強い。




