5-58『■■■・■■■』
今のマナにはかつての力はほとんど残されていない。
魔力量や魔法を操る技量だって、そこら辺の魔族よりも少し強いだけで、ただ実力を比べたら恐らく幹部にも今だったら負けてしまうことだろう。
ハルゼンの自分のほうが強いのではという考えは間違っていない。
マナが普通に本気の賢者とやり合ったところで、結果は火を見るよりも明らかだ。
カルマに捕縛された時もカルマが本気を出していなかったから捕縛だけで済んだものの、あれがもし本気を出していたらと考えると今でもマナは震えが止まらなくなる。
マナは弱い。
ハルゼンの言う通り、ここはハルゼンに完全に任せ、一人で逃げ去る方が賢い選択肢だ。
だが、魔王としてのプライドがマナをここに繋ぎ止める。逃げるために足を動かすことを拒否している。
だから、マナは強がるのだ。
それでも、希望が無いわけではない。
全ての力が失われたわけではないからだ。その最たる例が切り札の『幽閉愚絶門』だろう。
あれは使えていると言えるか怪しいほど操れていないものの、あれを使えなくなったわけではない。
まだマナの中で眠っているだけで全盛期の力はところどころに残っている。
そして、今、その力の一つを解放する――
「魔王城で魔王に挑むということの意味、教えてあげる」
瞬間、マナの魔力が溢れ出す。それに反応したエルダックがハンマーで発動を阻止しようと飛びかかるが、その前にハルゼンが立ちふさがった。
何が起ころうとしているのかは不明だが、エルダックもこれを発動させてはいけないと本能的に察知したのだ。
「ケルドぉっ!」
「わかってるよぉっだ!」
エルダックが動けないならケルド。
地面を強く踏みしめ、地面に魔力を流し込み始めるケルドだが、その体勢は一瞬にして崩された。エルダックの眼の前にいたはずのハルゼンが一瞬でケルドの正面に移動し、魔力を流し込む足を払ったのだ。
魔王様の邪魔をする者は何人たりとも許さないとハルゼンの瞳が語る。
ハルゼンがこの場にいる限り誰もマナの邪魔をすることは出来ない。ハルゼンがマナを守る最強の騎士なのだ。
誰もマナの行動を止めることは出来なかった。
溢れ出した魔力はやがて一点へ集まり、形を成していく。その姿はとても禍々しく、瘴気に満ち満ちたおぞましい剣。
魔剣――その言葉が一番正しいだろう。黒黒とし、紫色の血管の様な模様が刃を這っている。
それがマナの眼の前の床に突き刺さっていた。
それをマナはなんと、足で軽く払うと、魔剣は地面から抜け、回転しながらマナの手元まで上がってくる。
やがてそれはマナの眼の前に横向きで浮き上がって止まると、マナは感触を確かめるようにして刃先から柄にかけて手を這わせる。お前のご主人は私なのだと、自分を刻み込み、慈しむようになぞる。
柄に手がやってきてようやくマナはその魔剣を握りしめた。その瞬間、剣身が紫色に怪しく輝き始める。
役に千年ぶりの顕現に魔剣も喜んでいるようだ。
「待たせたわね……これが私の剣、魔剣『ノヴァ』よ」
☆☆☆☆☆
彼女は酷い目をしていた。
かつて輝いていた瞳はくすんでおり、光なんてどこへやら。
鎧はボロボロ。仲間なんて誰一人居なくて、ただ一人で私の前に立っていた。世界に絶望した、そういいたげな目だった。
とても――勇者がするような表情じゃなかった、その事を今でも私は鮮明に覚えている。
あの頃、人間たちの内情についてはほとんど興味なんて無く、調べようとも思っていなかった。ただ私は何を考えるでもなく、その場の流れに身を任せて日々を過ごしていた。
そんなある日、彼女は突然私の眼の前に現れたのだ。
ひと目見ただけで分かった。彼女が勇者と呼ばれる存在なのだと。
人類と戦争をしていた私たちを根絶しに来たのだと。
だけど、彼女の口から飛び出した言葉は驚くべき一言だった。
「あなたが、魔王マナ・デストラーラ……」
「間違いないわね。私が魔王その人よ」
「ぼくは■■■・■■■。ぼくを、殺して」
呆気にとられたことを今でも鮮明に思い出せる。
何を言っているのだ、この少女はと呆れ果てた事を覚えている。
でも、確かに彼女からは殺意の『さ』の字も感じ取れなくて、手を広げて首を差し出しながらただそこに佇むその姿に私は同情してしまったのだろう。
疲れ果てた、その色のない瞳を見て、なんとなく……暇つぶし程度の感覚で彼女と関わってしまった。
話を聞いた。彼女の闇を聞いた。
彼女はいつまで経っても私を殺そうとしない。だから私も彼女を殺そうとはしない。
■■■の絶望は本物なんだろう。だけど、そこで簡単に終わらせたくはなかった。
人間に興味が出てきた。アスカの話を聞くと、人間の良くない話ばかりを聞くけど、人間がどんな営みをして日々を過ごしているのか、それが気になり始めていた。
「……マナ、ごめん」
その言葉は今でも忘れない。
ある日突然、彼女は私に斬り掛かっていた。その瞳には涙が浮かんでいて、多分同仕様もなかったんだろうというのが察せられる。
だから私も全力で応じることにした。もうちょっと■■■と一緒に居たかったけど、勇者と魔王なのだ。これが運命と言うやつだ。
「マナのその剣、好きだよ」
部下ですら気味悪がった私の魔剣を好きだと言ってくれた。
だから、私は■■■が好きだと言ってくれたこの剣に誓って、誰にも負けるわけにはいかない。
☆☆☆☆☆
魔剣『ノヴァ』。
神剣『リリウム』とは対になる剣であり、マナが魔王城にいる間のみ顕現することが出来るマナの最終兵器。
力を失っていたとしても、この剣はマナの魔力に呼応してその姿を表した。その事にマナは安堵すると同時に握りしめる手に視線を落とし、覚悟を決める。
この剣を握って敗北することは許されない。
相手がどれほど強かったとしても、この剣を握って敗北しては、それは二千年前の親友への裏切りとなってしまう。
「魔王様……」
「今まで頑張ってくれてありがとう、ハルゼン。準備は整った」
マナの口元に笑みが溢れる。
なんだかこの剣を握っていると親友が見守ってくれているような感じがした。
眼の前には二人の賢者が存在している。状況的には絶望的なのに、マナは少しも不安を感じていなかった。
(隣には信頼を置いている幹部の一人、手には魔剣『ノヴァ』……不安要素はどこにもないっ!)
今ここに知らしめよう。
魔王マナ・デストラーラの真の力を――
「魔王城に乗り込んできたことを、後悔させて上げる」
そう言って『ノヴァ』を構えるマナ。その剣身に徐々にマナの魔力が集まっていき、それが一気に解放される。
ギラリと剣身が輝いた瞬間、マナは一息にエルダックへ向けて剣を振り抜いた。
空気が、大地が、空が、海がざわつく。
今ここに顕現した魔王の剣に全てが戦慄する。
世界が割れた。そう錯覚するほどの一撃にエルダックは咄嗟にハンマーで防御をしたものの、そのあまりの威力に防御もあまり意味をなすことはなく、そのままぶっ飛ばされる。
「ぐふぅっ」
口から血を吐き、口の周りの髭を赤く汚しながらもなんとかハンマーを地面に叩きつけ、勢いを殺して地面に立つが、今の一撃はかなりの威力で、地面にハンマーを杖代わりにして立って、暫く動けなくなってしまう。
「『絶界』……今の一撃で倒れてくれればと思ったのだけど、やっぱり魔王相手だとそうは行かないみたいね。ハルゼン」
「はい、魔王様」
「やってみましょうか。ボロボロの魔王軍だけれども、私たちに出来る、最高の悪足掻きを」
「承知しました」
そう、これが、これこそが魔王マナ・デストラーラの悪足掻きだ。




