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5-57『マナの思い』

 マナ・デストラーラはヴァルモダという煩い奴も居なくなったため、昼寝に興じていた。

 特に困りごとはなく、いつも通りの平和な一日。

 昼寝から目覚めたらついこの間ユイから届いた手紙の返信でも書こうと考えていた。


 今、マナは幸せだった。

 小うるさい部下は居るものの、オルターンでの一件以来、エシュドは気遣ってくれるし、ユイという手紙友達が出来た。

 正直言って二千年前よりも充実していると胸を張って言えるほど。別に、二千年前が退屈だったとか、そう言うわけではないが、今の方が総じてマナも純粋にいろんなことを楽しめているような気がする。


「それもこれも全部、二千年前の君のお陰かな」


 マナは二千年前の出来事を想起する。

 二千年前、マナはそんなに人間に興味は持っていなかったし、今よりも人間を殺すことにためらいはなかった。

 だけど、とある一人の少女によってその価値観が根底から変えられた。


 もっと見てみたい。もっとこの世界を見てみたい。

 人間という存在をもっと知りたい。生き返ってからそう思うようになったのはひとえに、その少女によるものだ。


「次はどこへ行こうかな……」


 そんな一言をまどろみながら呟き、マナは夢の世界へと旅立った。


 だが、マナの平穏は崩れ去った。

 突如城の内部から轟音が鳴り響き、マナはたたき起こされてしまったのだ。

 魔族たちが暴れるというのはよくあることで、いつもならばマナは気にも留めないのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。


「ガイア、バルゼット、ガナン、レーナ……ハルゼンまで!?」


 マナは魔力探知で部下の魔力は感じ分けられる。

 そのため、特にマナと関係性の深い魔王軍幹部である五人のことはよくわかっていたが、この五人が一斉にこの城へ集まるというのは異常事態だ。

 それこそ、勇者に城に攻め込まれたとか、そのレベル。


「でも……」


 幹部たちは思った以上に力を使っている。

 これほどの力を出して戦ったらマナの知っているユイたちの実力では瞬殺されるのが関の山だ。

 あれから少し期間は経っているものの、それでもこの短期間で幹部の五人を一斉に相手できるほど実力をつけているとは思えない。


「――みんなっ!」


 そのことを理解した瞬間、マナは寝室を飛び出した。

 みんなが死闘を繰り広げている最中、自分だけ眠りこけているわけにはいかない。二千年前のマナだったらおそらくは自室でふんぞり返っていたことだろう。

 部下が死のうがどうでもいいと感情を動かすことはなかったかもしれない。


 だけど、多くの人間たちを見てきて感化されてしまったのだ。

 大切な部下たちをみすみす死なせたくはないと、走る走る走る。

 こんな時に全盛期の力を出すことが出来ない自分に苛立ち、マナは大きく舌打ちをする。


 みんなが戦い始めてからどれだけ経っただろうか。

 すでにガナンとバルゼット、ガイアの三人の魔力反応が薄くなっている。それはつまり、ピンチにあるということ。

 無事であってくれと言う願いを込めながら走り、そして――


「なんの騒ぎ!?」


 ついにたどり着いてしまった。

 階段上から見るその景色は凄惨なもので、あちらこちらが焼け焦げ、崩れ落ち、びしょ濡れで、ガイア、ガナン、バルゼット、レーナの四人が倒れていた。無事なのはハルゼンただ一人。特にガナンとバルゼットに関しては重症という言葉では収まらないほどのダメージなのだというのが見て取れた。


 マナへハルゼンとエルダックの視線が集まってくる。

 その次の瞬間には目の前にエルダックが迫ってきていて、ハンマーが今にも振り下ろされようとしていた。


 マナは悟った。

 今回、城に攻め込んできたのは賢者だったのだ。だからこそみんな全力で戦っていた。

 自分より格上かもしれない相手に必死になって抵抗していたのだと。


 ハンマーに叩き潰されてしまう――そう覚悟したマナだったが、そんなことはハルゼンが許さない。

 気が付いた時にはハルゼンの腕の中に抱かれ、エルダックのハンマーを回避していた。


「そういうことで、良いのだろう?」


「…………」


「無言は肯定と見做すぞ。そやつがわしらの探していた魔王、マナ・デストラーラなのだろう?」


「……最悪だ」


 ハルゼンのそのつぶやきを聞いた瞬間、マナは自分判断ミスに気が付いた。

 ハルゼンはここで賢者を全て食い止め、マナと賢者を邂逅させないようにしたかったのだろう。だが、マナがここに来てしまったことで出会ってしまった。

 自分を狙っている殺し屋と出会ってしまったのだ。これ以上、最悪な事態は無い。


 どんなに心配だったとしても自室に引きこもっているべきだったのだ。どんなに心配だったとしてもふんぞり返っていればよかったのだ。

 どんなに後悔しても、もう時間は戻らない。進み続けてゆくのみ。

 このミスに気が付いたとしてもマナはもう取り戻すことが出来ない。


 カルマが変人だったのだと思い知らされた。

 カルマはマナを知ったとしても殺そうとはしなかった。本人は一瞬後悔したが、その後はマナの事を見ても討伐しようなどと考えもしていなかった。

 むしろマナを助けようとしていた。そのことは『虚構の迷宮(ダンジョン)』での出来事からも分かることだ。


 だが、目の前にいるこの初老の男性からは純度100%の殺意を感じ、マナは肩を震わせる。

 今のマナは全盛期の力を取り戻したわけじゃない。全盛期の力があれば必ず勝てるかと言われればその限りではないとは思うが、それでも今よりも確実に善戦は出来たはずだ。

 でも、今のマナでは言うまでもない。


「魔王様、下がっていてください。奴は確実にぼくが仕留めますから」


 部下の背にかくまわれる王。なんと情けないのだろうかと泣きたくなってくる。

 エルダックの攻撃に反応できないという醜態をさらしてしまった今でも、ハルゼンはマナを王として守ろうとしている。

 この反応、ハルゼンはマナが自分より弱い存在なのだと理解しているようだった。だからこそ守ろうとしている。


 共闘は望まれていない。

 ただ姫を守る騎士の様に、マナの目の前に立ちはだかり、エルダックとにらみ合う。


「あ、はは」


 面白かったわけじゃない。むしろ悲しみが込み上げてきているところだった。

 なんと情けないのだろう。なんと醜いのだろう。なんと間抜けなのだろう。なんとなんとなんとなんとなんと。

 自分が哀れすぎて笑いが込み上げてくる。どうしようもなさ過ぎて笑いが込み上げてくる。


 もうこれ以上、部下に醜態をさらすというのはマナの心が耐えられなかった。


 ここは確かにハルゼンの言いつけ通り、ハルゼンに守られ、隙を見て逃げるというのが最善の選択肢なのだろう。

 でも、マナはこの二千年で甘ちゃんになってしまった。


「おい、ケルド。何いつまで寝ている。魔王が現れた。お主も戦え」


「えぇぇ……もうちょっと寝かせてくださいよ……なんでこんなタイミングで魔王が出てくるんすか……」


 倒れていた賢者の一人、ケルド・ハムバーズが呼びかけられて目を覚ます。

 起き上がり、周囲を見回すと、マナの事を見つけたようで、ダルそうに立ち上がると、エルダックの隣に並んだ。

 ハルゼン一人で戦うというのなら二対一。どう考えてもハルゼンが不利だった。


「良いですか、合図をしたら逃げてください」


「…………できない」


「……は? 何言ってるんですか」


「ごめん、ハルゼンが私の事を気遣ってくれているというのは分かる。だけど、王が部下を置いて逃げるということは出来ないよ」


「では、魔王本人がわしらの相手をしてくれるということで良いか?」


「えぇ、その解釈で問題はないわ」


「魔王様!」


 ハルゼンは一言マナに文句を言ってやろうと思って声を上げた。だけど、すぐに沈黙した。

 今のマナに何を言ってもマナは引くことが無いだろうから。だから、文句は終わった後に思う存分、ヴァルモダの分も含めてぶつけようと考え、大きくため息をつきながらもエルダックらへと向き直る。


 いつの間にか賢者も魔王軍も二人ずつ。条件は五分の様に見えるが果たして――


 そこでマナは片手を天高く掲げた。


「今の私は全盛期の力はない。おそらくそれは人間たちも知っていることでしょう。でも、ここまで攻め込んできたのは間違い以外の何物でもないわ」


「何を、言いたい」


「僕は早く帰りたいからもったいぶってないで言いたいことがあるならはっきりと言って」


「じゃあ、遠慮なく……魔王城で魔王に挑むということの意味、教えてあげる」

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