5-56『悪化』
エルダックが地面にハンマーを打ち鳴らしたのを皮切りに戦闘が再開される。
叩かれた地面から波状で雷が周囲に放たれ、ハルゼンの逃げ道を無くす。だが、その雷を刀を一振しただけでかき消したハルゼンは刀を構えると、瞬間稲妻がほとばしり、瞬きの間に駆け出した。
閃光がほとばしり、一瞬にしてエルダックと間合いを詰めると、一突き。エルダックを突き飛ばす。
(此奴、先程までよりスピードが上がっているっ)
何度か見せた様な瞬間移動的速度ではない。
純粋に速度が上がっている。それも偏にハルゼンが『魔力解放』をし、雷の出力が上がったゆえだろう。
だが、エルダックも負けていない。ハルゼンが突きを放った瞬間、瞬時に『身体強化』で自身の肉体を硬化させ、ハルゼンの一撃を耐えきってみせた。
それでもダメージは受けた。
刀で突かれた筈なのに、まるでハンマーでぶん殴られたかのような衝撃がエルダックを襲った。
技の練度は賢者にすら匹敵するほどとエルダックに思わせるほどだった。
「どうしたのどうしたの? ぼくを倒さなきゃ永遠にこの場所は通れないよ?」
「お主、本当に幹部で収まる器なのか? わしは別にお主がてっぺんだったとしても驚かんぞ」
「えぇぇぇぇ? そんなに評価してくれるのは嬉しいけどさぁ、爺さんはぼくを買いかぶりすぎじゃないかな? ぼくは紛うことなきただの魔族……ちょぉぉぉっと強いだけの魔族だよ」
エルダックがこうまで評価している理由というのは久しく本気を出していないというのに、この男には本気を出させられたためである。
煽られたからというのもあるが、エルダック本人が少し戦っただけで本気を出さなければ敗北するということを感じ取ったからだ。
エルダック程の実力者ともなれば本気を出さなければいけない相手はそうそう居ない。だが、貼るゼンはそれほどの相手だったということだ。
この上、ハルゼンはまだ力を隠していると思われる。
なにせ、先程から時々使っている瞬間移動の様な力に関してはまだどんな力なのか判明していない上に、それを使わずしてエルダックと拮抗している。
(やつとわしの魔法出力はほぼ互角。パワーではわしが上回っておるが、戦闘経験では恐らく魔族である此奴に軍配が上がるであろう)
エルダックにもここまで先が見えない戦いというのは久しぶりだった。
下手をすればエルダックが負けかねない。
――でも負けられない。賢者と言う存在は敗北が許されない。特にエルダックはこの場にいる賢者全員をまとめ上げる存在だ。自分が敗北してしまっては示しがつかない。
「戦いの最中に考え事かい? それは頂けないねぇ。そんなことをしてたらぼくが刈り取っちゃうから!」
「無論、お主の事を忘れ、思考にふけっていたわけではない」
「そりゃ良かった。でも、ぼくからしたら爺さんを簡単に倒せるチャンスかと思ってたんだけど、そういうわけじゃなさそうで少し残念」
肉薄したハルゼンの連続の斬撃がエルダックへ襲いかかる。だが、そのすべてをまるで軽いものを扱っているかのような振り方のハンマーで防いでいく。
所詮は慣れだ。
ハルゼンら幹部が一度見た攻撃に対処出来るのと同じ様に、人類最高峰の賢者であるエルダックが対処できない道理はない。
初撃の突きはいきなりスピードが上がったため、エルダックも反応に遅れが生じてしまったが、一度見てしまえば段々と目が慣れていく。そのスピードに追いついていく。
重そうなハンマーを持っているとは思えない速度。常人には到底不可能な動きだ。
ハルゼンの化け物を見るかのような視線がエルダックへ向けられる。
「うぐぉっ」
ついにハルゼンの攻撃の合間に差し込み、エルダックのハンマーが叩きつけられた。
横腹にその一撃を受けたハルゼンの肉体は勢いのままに壁に激突。そこへすかさずハンマーによる追撃が襲いかかった。
エルダックだって雷属性魔法を使用している。ハルゼンと同様に、それなりの速度を出すことが可能なのだ。
「ちょ、危ないなぁ!」
咄嗟にかがむことによってハンマーを回避したハルゼンだったが、屈んだ拍子にエルダックの膝蹴りが腹部にクリーンヒット。
そのまま宙へ投げ出され、動けなくなったところをエルダックの二度目のハンマーが殴り飛ばした。
一撃一撃が重い。
ちゃんとハルゼンも肉体を『身体強化』で保護しつつ戦っているものの、骨がいくつもミシミシ音を立てて崩れようとしているのが聞こえるようだ。
「はぁ……はぁ……こりゃヴァルじゃ勝てないわけだ」
この化け物相手に為すすべ無く敗北を喫してしまった弟を思う。
魔族は賢者と言う存在を恐れる。その理由がこの一分にも満たない攻防に全て詰まっているように感じた。
賢者とは総じて化け物の名称である。
人間もその存在を恐れているからこそ、賢者という一括りにして管理しようとしているのだ。賢者が暴れ出したら誰もどうにも出来ないから。
「さぁて、どうしよっか」
周りへ視線を向けてみると、いつの間にか戦っているのはハルゼンとエルダックの二名のみ。
四名は重症、二名気絶、一名睡眠。
「――ん? なんか今一人変なやつがいたような……まぁ、どうでもいいか」
つまりは、ハルゼンがエルダックに勝たなければもう誰も賢者の歩みを止めることが出来る魔族はいないということになる。
魔王へのフリーパス。それだけは避けなければならない。
ハルゼンは理解している。魔王が本調子ではないということ。下手すれば自分のほうが強いのではないかと感じてしまう瞬間があることを。
この自分がこれだけ苦戦する相手なのだとしたら、魔王の命が危ない。
賢者に殺されたところで後の世に復活するということは分かっている。だが、それは賢者も理解している。
なにか考えがあってここに来たに違いない。そこまで考えて、ハルゼンはまだ立ち上がる。
自分が最後の砦なのだ。
「……大丈夫だよ。ぼくは死なないから……」
死なないと決めたらハルゼンは決して死なない。ハルゼンが死ぬと決めたその時がハルゼンの死ぬ時なのだ。
「絶対に魔王様のところには行かせないよ――」
「なんの騒ぎ!?」
「っ!」
第三者の声が響いた。若い女性の声だ。幼いと言ってもいい。
エルダックとハルゼンは弾かれるようにして声の聞こえた方――大階段の上へと視線を向けた。ハルゼンは自分の考えが間違っていてくれと願いながら。
だが、その願いは叶うことがなかった。
その頭には角を携えた小柄の美少女。
ただの魔族の少女のようにも見える彼女だが、エルダックの目からは全く違って見えた。
本能がそう告げる――こいつがターゲットなのだと。自分たちが探していた相手なのだと、瞬時に判断した。
ダッと地面を蹴り割る力で駆け出したエルダックは全ての力を込めてハンマーをその少女へと振るった。
だが、そのハンマーが少女に直撃することはなく、空振り。気がつけばそこには誰もいなくなっていた。
その代わりに、エルダックの近くでその少女を横抱きにして立っているハルゼン。彼は少女をゆっくり地面へ下ろすと、いつ納刀したのやら、刀を抜き、エルダックへ向き直る。
「そういうことで、良いのだろう?」
「…………」
「無言は肯定と見做すぞ。そやつがわしらの探していた魔王、マナ・デストラーラなのだろう?」
「……最悪だ」




