5-55『ケルド・ハムバーズ』
わしがケルド・ハムバーズと言う男を知ったのはもう二十年ほど前のことになるだろう。
奴はわしの担当している区域出身の冒険者で、他の者からは『勤勉なる怠惰』という二つ名を付けられるほどに名のしれた冒険者となっていた。
というのも、奴は依頼を一切受けようとしないのだ。
そして、ほとんどの時間は遺跡探索に出ており、時折冒険者ギルドへ顔を出しては成果物の換金をするという冒険者としてはおかしな男だった。
持ってくる成果物の中には珍しい魔道具も存在していたが、自分で魔道具を使うということにはあまり興味はないらしく、まるで遺跡から魔道具を発掘する機械のように永遠とギルドと遺跡の往復をするという男だ。
そのため、遺跡探索に対しては勤勉ではあるが、冒険者としては仕事をしないため、怠惰。そのため、このような二つ名を付けられたのだという。
わしがこの男の事を知ったのは、どうかケルドに冒険者の仕事をするよう説得してくれとギルドマスターに頼まれたからだ。
本来、この様な仕事を賢者が引き受けるものではないし、大体いつも断っている。
だが、この時はケルドの事前情報を聞き、興味が出たため、一度わしはケルドと話してみることにした。
今までそんな行動をする冒険者を見たことがなかった。
ケルドの第一印象は傲慢。
わしと言う存在は賢者として冒険者の中では知らない人は居ないと言う程のものであり、大抵の冒険者であればわしと対面したらすくみあがってしまうものだが、奴は平然としていた。
それどころか、わしを前にして遺跡探索に使用する道具の手入れをしていたくらいだ。まるでわしには興味がなく、話半分と言った様子。
わしは問うた。
なぜ「依頼を受けない。なぜ冒険者としての責務を放棄する」と。
奴は答えた「僕は冒険者には興味ないんです。ただ、遺跡を探索するためには冒険者ライセンスが必要だったから冒険者登録をしただけで、僕は遺跡探索をしたいんです」と。
そして奴はこうも続けた。
「エルダックさん、僕はいずれビッグになりますよ。遺跡探索界の王になるんです。この地域で賢者といえばエルダックさんというように、遺跡探索と言ったら僕言われるまでになります。そして誰も見たことがないようにとてつもないアーティファクトを見つけてみせますよ」
最初は若造の戯言なのだと思った。
だが、奴の言葉はどうにも迫真であり、自信に満ち溢れていた。
わしを見ても怯まない芯の強さ、絶対に成し遂げてみせるという心の強さ。
そこにわしは真の強さを見たのだ。
依頼を受けない冒険者というのは本来、除名処分にするべきなのだろう。
遺跡探索をしているとは言え、冒険者の本文は依頼を受け、街の困りごとを解決していくことにあるのだから。
だが、わしはこの目を見て、もう少しだけ待ってみようと思った。
――その判断が正解であったことが判明するのは意外とすぐのことだった。
ケルド・ハムバーズは神剣『リリウム』を発見した。どうにも、昔の勇者が使っていた剣だが、先代の勇者が消えた後、行方不明になっていたらしい。
魂ごと断絶することが出来る退魔の剣。今でこそ当たり前の存在になっているが、奴が発見したことによってついに魔王への対抗手段が見つかったと、その当時は国中が大騒ぎしたものだ。
加えて、ケルドは遺跡を探索するために実力を身に着けておった。
故に、奴の冒険者ランクはEランクではあったが、わしの推薦で特例にて賢者にしたのだ。
その時はケルドには相当嫌そうな表情をされてしまったが、これほどの功績を上げた人物を野放しにしておくわけには行かないというわしの判断だ。
奴は宣言通り、本当にビッグな男になってしまったのだ。
わしはケルドがどんな逆境をも打ち破れる男だと信じている。
仕事となると途端にやる気を出さなくなるケルドだが、ケルドの内に秘める実力はわしにもわからん。未知数なものだ。
恐らくケルドの本気を見たことがある者はこの世に誰一人として存在しないだろう。
☆☆☆☆☆
水鉄砲が炸裂する。
とは言え、水鉄砲なんていう可愛らしいものではなく、岩を簡単に砕いてしまうような驚異的な威力を誇る殺人水鉄砲。
この水圧の前にはケルドの『土壁』も意味を成さない。しっかりと、さっきの教訓を踏まえ、レーナは『水天』を細くして打ち出すことによって威力を向上させ、攻撃範囲は狭くなってしまったものの、ケルドの『土壁』を突き破ることに成功していた。
その証拠に、一撃受けたケルドの肩には細い穴が出来上がっている。血が滲み出し、彼の羽織っている厚手の上着にまで赤が染み出してきているほどだ。
だが、直後切り替えたケルドは走り出した。守れないのならば回避すると言う選択を取ったのだ。
めんどくさがりのケルドだが、今この瞬間だけは世界中の誰よりも活発に走り込んでいたと言える。
一度上着を剥ぐことには失敗している。次はそうそう触らせてはくれないことだろう。
だが、それは諦める理由にはならない。ケルドには一度やると決めたことを絶対にやり遂げて見せる覚悟がある。
どんな手を使ってでもケルドは成し遂げる。そうして今の地位にまで上り詰めたのだから。
誰もが思った。
ケルドが言っていた言葉がただの絵空事なのだと。
誰もが思った。
ビッグになると宣言し、なれるのなら苦労はしないと。
誰もが思った。
こんな奴がビッグになれるわけがないと――
彼は成った。ビッグに、遺跡探索と言ったらケルド・ハムバーズだと、言わしめた。
彼の覚悟、それは彼を更なる高みに上らせる。
ケルドの目がギラリと光った。
一瞬、ほんのコンマ何秒か。だが、その一瞬にケルドは活路を見出した。
「『土壁』」
足から魔力を地面に流し込むと、自分の足下に勢いよく壁を生成し、自分の体を上空へと打ち出した。
端から見たら突飛な行動。だが、こんな行動は他の誰にも思いつくことは出来ない。
戦闘経験が豊富な相手に対してでも意表をつくことが出来る可能性がある、数少ない行動。
「『重力波』」
更に自分の胸に手を当て、『重力波』によって自分を吹き飛ばす。空中でさらなる加速をし、目的地はレーナ。
突飛な行動に流石にレーナも反応が遅れ、誰の目から見ても大きな隙が生じた。
そこをケルドは狙う。
「悪いんだけど、小さい子相手だとしても魔族相手なら容赦はしてられないんだわ」
加速によって空中から一気にレーナに肉薄したケルド。
レーナが我に返った時は既にケルドはレーナの眼の前に存在していた。ならばと天へ手のひらを翳すレーナ。
近づいて分かった。
レーナの胸辺りが微かに光っているということにケルドは気がついた。この光は十中八九カードによるものだろう。
――『水重共生』。
レーナの切り札であるそれは彼女の意思とは全く関係なく、魔法を発動しようとしたらオートで発動する能力である。
自分が仲間だと考えている相手には自分の魔法の影響が及ばないようにすることが可能であり、魔族にしては珍しい共闘向きの力といえる。
発動しているという自覚は彼女には全く無く、なんか自分の魔法は仲間には効かないなと言うくらいの認識しか備わっていない。
そもそも、魔法を使用していると言う認識があるのかすらも怪しいレベルだ。
彼女にとっては全てが当たり前なのだから。
――もう一度この魔法を発動させてしまえば、周りの皆にも被害が出てしまうこと間違いない。
止めなければいけないのだ。
だが、ここで不用意に攻撃し、魔法が暴発してしまっても厄介極まりないだろう。
魔法の発動を解除、そして切り札の発動を止めるのが最優先事項だ。
そこでケルドが考え出した方法とは――
パァン
「――っ」
レーナの眼前でケルドは手をはたいた。紛うことなき猫だましである。
猫だましなど子供だましもいいところだと彼を非難する者も居るだろう。だがしかし、レーナは子どもだ。
ケルドがこの短時間接してみて感じたのは彼女の幼さ。彼女がどれほど幼いのかというのが嫌というほど思い知らされた。
「ひうっ」
レーナから声にならない声が漏れる。
まさか魔族相手に猫だましをしようなんて考える人はこの世にケルド位なものだろう。そのため、初めて受けた一撃。レーナのデータベースのどこにも存在していなかった攻撃。
その攻撃に彼女は、
「きゅう」
魔法の発動が中断され、その場に目を回して倒れてしまった。
やはり彼女も魔族とは言え、子どもだったということなのだろう。突然の行為に吃驚したというのと同時に行動が意味不明すぎて彼女の思考回路がショートしてしまった。
「あぁぁぁぁぁぁ、つっかれたぁ」
ケルドは膝をついた。
これほど高火力魔法を連射してくるクソガキを相手にしていたのだ。肉体的、精神的共に疲弊してしまっている。
思ったほどダメージは深刻ではないが、ケルドも一休みをしなければ動けなさそうだった。
「それにしても、気絶してる女の子にとどめを刺すっていうのも後味悪いなぁ」
ケルドは自分が冒険者であるという自覚が足りていない。
故に、自分から魔物を討伐しに行こうとするのではなく、襲ってくる奴らを返り討ちにしているだけである。
この時点でケルドがレーナにとどめを刺すと言う理由がなくなってしまった。
「ま、いいっか。やんなきゃいけないんなら、後でエル爺にでも押し付けよっと。僕はとりあえず一休みさせてもらうかね」
こうしてついにケルドは束の間の休息を勝ち取ったのである。
前半のエルダックの語りでついに本気を出すのかと思われたケルドでしたが、結局本気を出すことはなかったですね。




