5-52『バルゼット』
――サックドの切り札『滅羅滅羅』。
体温が高ければ高いほど火属性魔法の熱量は増し、魔法の出力が増大するというまさにサックドの変態的な戦い方にベストマッチする効果だ。
今のサックドの体温は肉が焼けてしまうほど。サックドの治癒魔法の練度が高いからこそ、動けているが、普通は動けなくなり、一瞬で焼け焦げてしまったとしてもおかしくないほどの熱量を纏っていた。
普通は死ぬ。だが、この熱量に耐えている今、サックドの『滅羅滅羅』の効力というのは凄まじいものとなっている。
「うらぁっ!」
「うぐぅっ」
サックドの燃え盛る拳がバルゼットの胴に突き刺さる。
そのままサックドが手を開くと、その手のひらから業火が放たれ、バルゼットの巨体を吹き飛ばす。
なんとか踏みとどまったバルゼット。だが、頭上を見上げると、そこにはまるで隕石かと思ってしまうほどに巨大な『極拳』が待ち構えていた。
それは瞬時に落下し、バルゼットへと襲いかかる。
着弾したその瞬間、灼熱の蒼き炎が場を支配した。
バルゼットはなんとか飛び退いて回避していた。だが、着弾したその瞬間の風圧によって更に吹き飛ばされる。
これが賢者の力。
先程から何度もレーナの攻撃が飛んできているが、全く意にも解すことは無く、ただひたすらに周囲の温度を上げていく。
まるでサックドは第二の太陽だ。
「どうしたぁ? 幹部といっても所詮この程度なのかぁ?」
使える魔力はまだ残されている。
だが、体力の問題がある。灼熱の熱気によってバルゼットは大幅に体力を消耗してしまっている。
でも、ここで倒れるわけにはいかない。バルゼットは気力でその場に立っていた。
是が非でも主、マナ・デストラーラを守るため。その身がどうなろうとも構わないという覚悟の上でここに立っていた。
(魔王様は時々悲しそうな顔をなさる)
寂しさと哀しさ、それから昔を思い馳せるような、そんな表情。
バルゼットはずっと見てきた。それこそ、バルゼットはマナが復活するより以前からこの世界に存在し、魔王軍の幹部としてマナの側に仕えてきた。
ヴァルモダの様に心酔しているというわけではないが、マナの事はまるで娘の様に思っているのは確かだ。
だからこそ、ほとんどの魔族は魔王防衛にはあまり興味を示さないのだが、カルマがマナに近づいたときには人柄を試したのだ。
もし、マナを害するような人物なのだとしたら、そもそもとしてカルマに気が付かれる前にその大斧を彼の首に振り放っていたことだろう。
(最近の魔王様は楽しそうだ。友達が出来たらしい。ヴァルモダを問い詰めたらそう言っていた)
友達に手紙を書いたり、人間の街を見て回る。
バルゼットは気がついた。恐らくマナは寂しかったのだと。長い間ずっと一人孤独に生きてきた彼女。
一度転生したことによって全ての関係地がリセットされ、なおかつ人間に狙われ続ける日々。
配下の魔族たちはほぼ全員戦闘狂と言うトチ狂った奴らしか居ない。
でも友達が出来た。その友達の詳細はバルゼットの知る所ではないが、いい関係を築けているというのはバルゼットの目から見て明らかだった。
(加えて、カルマ・エルドライトも仲良くなりたいと言っていた)
娘に友だちができる。それは父親の様な感覚であるバルゼットにとっては大変喜ばしいことだった。
今のこの状態が、マナにとって幸せに違いない。
だから、その幸せを壊そうとする輩をバルゼットは絶対に許さない。どんなにボロボロになろうとも、どんなに惨めったらしくとも、絶対に負けられない。
その心がバルゼットを突き動かす――
「『墳炎』」
地面に斧を叩きつけたその瞬間、サックドの足下からまるで火山が噴火したかのように炎が噴き上げた。
灼熱の炎はサックドの身体を覆い尽くし、肉体を焼き付ける。
だが、しかし、それでも尚、サックドの治癒能力は『墳炎』の火力を上回っていた。それどころか、バルゼットの炎によって更に体温を上昇させたサックドのエネルギーは増大する。
「残念だったな! 俺には炎は効かない! 俺はこの炎を糧に更に強力な一撃をお見舞いしてやる!」
「そんな事はとっくのとうに分かっている」
「は? ならなぜ俺を燃やすんだ! 敵に塩を送るような真似を!」
「経験の差だろう。お前ら人間は長くても八十年程度しか生きられないが、我ら魔族は千年以上も生きている個体も存在する。つまり、ここには絶対的な経験の差というものが生まれる」
「何が言いたい」
「お前が使う魔法が火属性で良かったとつくづく思う。人間が生きていて、その域に達する者はそうそう居ないだろうから、あまり知られていないのだろうが、火属性には限界火力が存在する。お主の纏う炎は青、それが限界値の証だ」
通常、誰が火属性の魔法を使っても赤色だ。
だが、あまりにも強い火力を使えばたちまちその炎は青色に変色する。これが火属性魔法の限界値だからだ。
どれだけでも火力が際限無く上がっていくというわけじゃない。それには必ず限界が存在する。
そして、その限界を超えた炎はいったいどうなるのか――
サックドが発動しようと構えていた魔法は暴発し、その場で爆発を引き起こした。
「ごはぁっ!」
至近距離で爆発を受けたサックドはその場に膝をつき、口から血を吐き出す。
「これが火属性魔法の特殊性。オーバーヒートだ。そして――」
「がぁっ!」
「これが魔王軍幹部だ。覚えておくがいい」
瞬時に間合いを詰めたバルゼット。
そのまま斧をフルスイングし、サックドをぶっ飛ばしてみせた。
サックドは抵抗することも出来ず、壁に叩きつけられ、さっきまでの勢いはどこへやら。周囲の熱気も徐々に収まり、静かに地面に座り込んだ。
普通は青にまでたどり着くことは出来ない。
だがしかし、サックドの戦闘スタイルが引き起こした奇跡のような事象、それを利用し、バルゼットはサックドに一矢報いたのだ。




