5-49『温存は許されない』
「へ? ぐおっ」
背を刺されたエルダック。
だが、そのまま振り返り、腕をハルゼンの顔面に叩きつけ、ぶっ飛ばす。
勢いのあまりハルゼンの手から刀がスッポ抜けてエルダックの背に残ってしまうが、これは好機。ハルゼンは武器を手にしていないということ。
「うっそだろ、背中に刀刺さってるっていうのに、どうしてそんなに動けるんだよ!」
バリバリバリと音を立ててハンマーに稲妻が宿る。
頭上に両手で構えると、空間を絶つ程の勢いでハルゼンの方角へと振り下ろされた。
ハンマーが地面へ叩きつけられた直後、大地を割るほどの雷の斬撃が放たれ、一直線にハルゼンへと襲いかかってゆく。
ハルゼンに身を守るものは何も無く、咄嗟に両腕をクロスして防御の体勢に入ったものの、その防御力では斬撃を防ぐことなど出来ず――
「『伝雷』」
「――か、はっ」
まともに斬撃を受けたハルゼンは縦真っ二つに分断されてしまった。
そのままハルゼンは力無く地面に倒れる。それを見てエルダックはその場で膝をついてしまった。
ハルゼンは思ったよりも強かった。今の一撃だって、エルダックの体力を大幅に消耗させてしまうほどのエネルギーを持っており、それでやっとハルゼンを一刀両断することが出来たのだ。
ここまでの戦いでかなり体力を消耗してしまっていた。
「はぁ……はぁ……年か」
この一戦でエルダックが受けたダメージも決して小さくはない。
二度も身体を貫かれ、その上何度か斬撃を受けた。エルダックの老体にはかなり響いている。今こうして体力の回復に専念しないと魔王の元へ向かえないほどには体力を消耗してしまっていた。
これ以上体力を消耗してしまっては魔王とまともに戦うことが出来るかが分からない。
(魔王も復活したばかりで全盛期程の力は戻っていないと考えられるが、それでもどれほどの力を持っているのか分からない。体力を残しておくに越したことはないのだが)
これ以上ハルゼンに粘られていたら本気を出さざるを得なかったかもしれない。魔王戦の為に体力を残しておきたいとしても、その前にやられていたら笑い話にもならない。
エルダックが本気を出した時は今この場にいる賢者の誰よりも強いが、一番年を食っているエルダックの体力の消耗度合いは他の比ではない。
(他のみんなはまだ戦っているが、わしだけでも魔王の元へ行かなくては)
誰か一人でも魔王を撃破し、封印することが出来れば賢者の勝利となる。
だからエルダックはハンマーを杖代わりとし、立ち上がるとそのまま階段の方へと歩き出し、背後から何者かに蹴り飛ばされてしまった。
警戒していたため、エルダックは受け身を取り、地面に手をついて踏みとどまる。蹴り飛ばされたのと同時に刀も引き抜かれたらしく、エルダックの胸にはさっきまで突き刺さっていた刀は無くなっていた。
代わりにドバァと勢いよく血液が噴射してきたため、慌ててエルダックは患部を押さえ、周囲の筋肉をぎゅぅっと締め上げることによって止血をする。
「お主……今二つに斬ったはずなのだが」
「そうだっけ? 忘れちゃったぁ」
エルダックが睨みつけるその先に立っていたのは先程エルダックの『伝雷』によって真っ二つに斬られたはずのハルゼン。
しかも、分断された傷跡などどこにも見えない。まるで何事もなかったかのようにそこに立っていた。
軽く刀を振るって刀身に付着したエルダックの血液を払い落とす。
間違いなくエルダックはハルゼンを斬ったはずだ。
エルダック自信も手応えを感じたし、大量の血液を流してピクリとも動かなくなっていた。人間に限らず、あんなダメージは致命傷もいいところだろう。
即死するのが当たり前だ。
なら、眼の前に居るこの男はどういうことなのだろう。
真っ二つにされたというのに、眼の前にはピンピンとしている当事者が居る。今頃、そこで死体となっていなければおかしい男がそこに居る。
「ぼくは弟に死なないって約束したからね。兄貴としてその約束を破るわけにはいかんでしょう」
(瞬間移動にも似た高速移動。真っ二つにされても生き残る生命力……この男、どうなっている)
この世界の誰も、弟であるヴァルモダや主であるマナ・デストラーラですら彼の本質を知るものは誰も居ない。
ただ一つの事実、それは彼が死なないと決めた場合、誰にも彼を殺すことは出来ないということだ。
賢者はもちろん、それは例え神ですら例外ではない。
一戦を交えたエルダックは少しハルゼンの性質に気が付きつつあった。
どうしてこうも生命力が強く、どんな攻撃をしても死なないのか。この性質について少し覚えがあったからだ。
なにせ、エルダックも人間とは言え、長い人生を冒険者として生きてきたのだ。経験が彼の頭の中にはたっぷりと詰まっている。
その経験がエルダックを更なる高みへと連れて行く。
「これ以上は体力を消耗したくはなかったのだが……どうやらお主相手では体力の温存というのはさせてくれないようだな」
「あったりまえでしょう。――え? もしかして爺さん、ぼく相手に体力の節約なんてしようとしていたの? そりゃ無いよ。ぼくだって本気で戦おうとしているのにさ」
「お主だって、本気は出していないのだろう? 出しているのならば、お主のその銀髪は黄色へ変色していなければおかしいだろう」
「ほう……ぼくが『魔力解放』を使えると?」
「少なくともわしから見たお主はその器に見えるが」
「へぇ、爺さんはぼくの事をそんなに大きく評価してくれるんだ。でも、良いのかな? 爺さん、後悔するよ?」
「後悔ならば数え切れぬほどしてきている。今更一つや二つ増えたところで対して変わりはせん」
「言うじゃん。良いよ、じゃあ……ぼく相手にもう体力の温存とか、考えないほうが良いよ」
言うなりハルゼンの髪色が黄色に変色。同時にエルダックの髭色も黄色へと変色した。
お互いに全力だ。この二人の全力、それはこの世の地獄と言っても差し支えないだろう。
今、まさに頂上決戦が始まろうとしていた。




