5-43『姉の心』
「か、はぁっ」
フーズは地面に転がり、息をする。
――斬られた。『守護』を発動していたというのに、まるで豆腐を斬るかのような感覚でフーズは斬られてしまった。
なんとか寸前で腕で防御をし、後ろに転がるようにして回避した。だが、それでも防御をした方の腕は斬り飛ばされてしまっていた。
腕の断面から大量の血が流れ出る。
「はぁ……はぁ……っ! 『治癒』」
切り離された腕の断面同士を押し付け、治癒魔法を使用することによって何もなかったかのように傷口が塞がり、神経が繋がって動かせるようになる。
サックドの治癒魔法の練度はイカれているが、フーズの治癒魔法の練度だって負けていない。
普通はこんな風に治癒魔法を使ったとしても切り離された腕はもとに戻らないはずなのだ。
「お前、本当に人間か?」
「人間です。少なくとも私はそのつもりです。私のこの身体には赤い血液が流れていますから」
冷静に立ち上がり、ガナンを見据えるフーズだが、その内心は酷く動揺していた。
こんな簡単に自分の防御が破られるとは思っていなかった。
賢者フーズ・ユーシェンの光魔法の実力はこの世界でトップと言っても過言ではないだろう。そんな彼女の『守護』は言わずもがな。
これを破れる者はそうはいない。
――だけど、居た。今目の前に簡単に打ち破ってくるイカれたモンスターがそこに居る。
斬られたその瞬間、フーズは久しぶりに死の気配を感じ取った。
ちょっとでも回避動作が遅れていたらフーズは真っ二つに斬られ、いくら治癒魔法の練度が高いと言えども死んでしまっていただろう。
というか、即死してしまったら治癒魔法とか関係がない。死んでしまった人は生き返ることはないのだから。
「あー、最初からこうしときゃよかったな。疲れるからあんまりやりたくねぇんだよな」
「へぇ……じゃあ、やらなければ良いんじゃないですか?」
「流石にこれ以上遊んでっと魔王様に気づかれちまう。ハルゼンの野郎に魔王様に気づかれる前に全員を始末しようと言われてんだよ」
「そう、なんですねっ! 『天開』」
「やる気だな! 『ソニックブーム』」
天より極太のレーザーがガナンを襲う。だが、直撃する前にガナンは両のダガーをぶつけ合わせることによって周囲に風の衝撃波を放ち、『天開』を打ち消した。
それと同時にフーズにも風の衝撃波が襲いかかってきたため、『守護』で応戦するものの、そのバリアは一瞬にして打ち砕かれ、そのまま『ソニックブーム』に吹き飛ばされてしまう。
数メートル転がった後に跳ねるようにして立ち上がる。
(やっぱり破壊された……。一瞬も耐えること無く、まるでガラスを砕くかの如く、簡単に破壊された。あの魔族の攻撃を防御しようとするのは危険ね)
得意の防御が使えない。そうなると、ノーガードで殴り合うしか無いわけなのだが、賢者となってから『守護』を破られたことは一度もなかったため、ノーガードの戦いはブランクが有る。
でも、それは言い訳にはならない。
どんな相手であっても賢者に敗北というものは許されないのだ。どんなに相性が悪かろうと、勝ち続けなければいけない。
それが賢者の宿命――
「私は絶対に死ねない。絶対にこんなところでは死ねないから、全力で勝ちに行きます」
その瞳は覚悟の瞳。
辺りにフーズの膨大な魔力が満ち満ちる。と、同時にフーズの緑色の長髪がどんどんと白色へ変色し始めた。
さすがのガナンでもこの気配には一歩後退ってしまう。
フーズ・ユーシェンは天才だ。
大抵のことは一度見れば出来るし、魔力量も生まれたときから大の大人ですら勝てないほどの魔力量を持ち合わせていた。
故に、天才。周囲からはそう評価されていた。
……だからだろう。
彼女の妹、メルバード・ユーシェンだって別に凡才だったというわけではなく、彼女もまた列記とした天才だった。
だが、フーズの才能がそれを圧倒的に凌駕していた。魔法勝負では絶対にフーズに勝利することはない。
フーズは喜んでいた。
これだけの力があれば大切な人を守ることが出来ると――。
フーズは冒険者学園に通うこと無く、独学で鍛錬をし、冒険者となった。それからまもなくして賢者の仲間入りを果たすことになる。
それが余計に良くなかったんだろう。
メルバードの自信を更になくさせてしまう結果となった。
フーズとメルバードの間には亀裂が出来てしまった。フーズが目立つことによって誰もメルバードの事を見ようとする人は居ない。
どれだけメルバードが頑張ろうとも、フーズと比較されて、大したことないという評価をくだされてしまう。
フーズは分かっていなかった。自分が強くなればメルバードは喜んでくれるのだと。それが逆効果なのだと、分かっていなかったのだ。
メルバードが冒険者を目指すようになってからは禄に連絡も取れなくなってしまった。フーズから手紙を送ったとしても返事の一切も返ってこない。
だから、メルバードが勇者パーティーに加入したという話を耳に挟んだ時、フーズは目が飛び出そうなほどに驚愕したものだ。
もしかすると自分のせいで冒険者の道を諦めたりなどしているのではないだろうかと、ずっと心配していたから。
勇者パーティーに居るのであれば、今後合う機会があるかも知れない。
このまま喧嘩別れの様な状態で二度と会えなくなるのはフーズにとって辛すぎる。だから、フーズはメルバードとしっかり話ができるその日まで、死ぬことは出来ない。
「ちょっと、本気で行かせてもらいますね。魔族さん」
これがフーズ・ユーシェンの本気。




