5-42『虫拳』
――で。
「お主は一人でわしとケルドを相手にするつもりなのか?」
「もちろん、それしか無いでしょ。ぼく以外全員戦っているんだし」
バルゼットとガナンが戦っている間、ハルゼンはただ一人、エルダックとケルドを相手に立ちふさがっていた。
手には刀を構え、眼光鋭く二人の賢者を見据える。
いくら人数的に無理があるのだとしても、一人で賢者を二人もまとめて相手にするというのは、普通に考えて正気の沙汰とは思えない行動だ。
賢者という人物は基本化け物だ。本気を出せば魔王ですら殺すことが出来るとされている存在たち。それなのに前に立っているハルゼンは全く臆している様子もなかった。
ただ、眼の前の敵をじっと見据えるハンターの瞳を二人へ向けるのみ。
「随分な自信のようだね。僕は早く帰って寝たいから早く通してもらえると助かるんだけどっ!」
「そういうわけにもいかないんだ。弟のためにも、魔王様を守らなければいけないからね」
「では、お主には力付くで退いてもらうとするか」
瞬間、稲妻がほとばしった。
気がつけばケルドの真横に居たはずのエルダックがハルゼンの眼の前にまで迫ってきていた。
先ほど、ハルゼンに胸を深々と貫かれたとは思えないほどの速度に思わずハルゼンも目を見開く。だが、瞬時に反応し、エルダックのハンマーの振り下ろしはバックステップで回避した。
空振ったエルダックのハンマーは地面に打ち付けられ、正面へハルゼンを追いかけるように雷撃が走った。
一瞬の出来事。雷は到達する前にハルゼンの刀によって斬り伏せられ、ハルゼンの肉体を襲うことは無かった。
着地と同時。その瞬間に地面が揺れ動き始めた。
「『断崖絶翔』」
ハルゼンの周囲の地面が盛り上がり、ハルゼンを生き埋めにしようと動き出す。
このタイミングでは回避のしようがない。四方を地面の壁で囲まれてしまい、残された上空も閉じられてしまった。
完全な箱状態。このままハルゼンを押しつぶさんとばかりに空間が縮まっていき、ハルゼンへと迫りくる――一閃。
一瞬閃光が瞬いたかと思いきや、一瞬の内にハルゼンを取り囲んでいた箱が切り刻まれ、崩れ落ちる。
砂埃が舞い上がり、ハルゼンのその姿を巧妙に包み隠してしまった。
「流石に今のじゃやられないようだな……」
「凄い凄い。魔族にもこんな斬撃を使うやつが居たのか!」
「ケルド、何を感心しておる。今、奴は姿を隠してしまったのだぞ」
「そんなもん、見えなくても問題ないっすよ」
ケルドが徐に片手を振り上げる。
その手に釣られるように見上げてみると、エルダックは目を見開いた。
「やけにここらへんが暗くなったと思ったら、そういう事か」
「どこに居るのか分からないんなら、全体的に押しつぶせば良いんすよ。それが一番早いから! 『メテオドロップ』」
ハルゼンが斬り刻んだ瓦礫――それを利用して形成された隕石が砂埃が舞い散る、丁度その頭上に出来上がっていた。
ケルドは一見ふらふらしているように見えて意外とその先のことを考えている。
一手先、更に一手先と、相手の次の行動を読んで戦う。だから、魔王軍幹部ともなればこのくらいのことはやってくれるだろうと、そう考えてケルドは既に『メテオドロップ』を発動していた。
敵に回すと恐ろしい男。これは賢者全員が同意することだろう。
故に、これほどだらけきった彼でも賢者として全員に受け入れられている。
彼の先読み能力は他の賢者を上回っていると言っても過言ではない。
「あんたは虫拳が得意なようだな」
「っ」
「でも、ぼくの虫拳は虫拳でも後出し虫拳だから。考えるだけ、無駄だよ」
「あがっ」
「ケルドっ!」
ドスッと鈍い音を立ててケルドの背に刀の柄が叩き込まれ、地面に転がる。
直後、エルダックはハンマーをフルスイングしたが、すでにその場所には誰も居なくなっていた。
間違いなく居た。ケルドの真後ろにハルゼンという魔族が。
つい先程まで自分たちの眼の前に見える砂埃の中に居たはずだと言うのに、いつの間にか、それも賢者ですら反応できないほどの速度でケルドの背後に回り込んだ。
何が起こったのか、エルダックも理解できなかった。こんな事は久しぶりで、困惑と言う感情を抱いていた。
「さて……まだ立てるよね。賢者はそんなにやわじゃないと信じてるんだけど」
「あったりまえじゃん……この程度で倒れるわけ無い」
「そりゃそうだよな。この程度で倒れるのに魔王様を討伐しようなんて一万年早いからね」
倒れるケルドの真横に歩み寄り、上からケルドの顔を覗き込むハルゼン。
その顔は悪魔のような笑みを浮かべていた。そして目からは『お前などどうなろうがどうでもいい』という考えが読み取れる。
ケルドには興味がないのだ。
賢者は危機感知能力が他よりも強い。殺気などには非情に敏感なのだ。
ケルドがハルゼンに気がつくのが遅れたのもこういったところにある。ハルゼンはケルドに対し、一切の殺気を向けていないのだ。
ハルゼンにとってケルドはただの冒険者の一人に過ぎないということ。
「この数分でお主が強いことはよく分かった……だが、やはり賢者を複数相手して勝とうなどと、傲慢が過ぎるのではないか?」
「仕方がないじゃん。あんたらは四人、ぼくらは三人なんだからさ」
(三人?)
「それにぼくは正直、何人集まろうとどうでもいいんだ。どうせ君等にはぼくを殺すことは出来ないからね」
「ほう、随分ナメられたものだな」
「これはナメているのではない。事実を言っているだけだよ」
エルダックへと向き直るハルゼン。
好青年のように爽やかな笑みを顔面に貼り付けて軽い口調で言葉を紡ぐハルゼンだが、その額には青筋が浮かんでおり、そしてエルダックを見た瞬間、ケルドを見た時には無かった濃密な殺気が周囲に放たれた。




