5-41『完封』
「『風破突壊』」
ガナンの身体から発せられている魔力の質が変化した。
さっきまでも荒々しく、まるで山火事や荒波を見ているような感覚に陥るほどの圧倒的存在感。
眼の前に居るのが賢者であるフーズだからこうして普通に相手できているのだが、これが一般冒険者だったらこうも行っていないだろう。
そんな魔力が更に鋭さが増した。まるで針のような――
「俺の前に屍晒せぇ! 『鬼風』」
二振りのダガーを構えるとななめ下から身体のひねりを加え、まるで地面をえぐるようにしてダガーを斜めに振り上げ、フーズへと斬撃を飛ばす。
だが、何度やっても同じ事。
フーズの『守護』は無敵のバリアだ。これは例え魔王軍幹部であっても突破するのは容易ではない。
『守護』さえ張っておけばガナンの攻撃が自分へ届くことはない――
「――っ!」
だが、フーズはそのガナンの『鬼風』を本能的に回避していた。
フーズ自身もどうしてその様な行動を取ったのか全く理解が追いついていなかった。気がついたときには『守護』の発動をキャンセルして射程範囲から脱出していた。
(なに、今の。今までの攻撃とはまるで違う。まるで氷がアイスピックで叩かれそうになっているかのような気分)
それは賢者ゆえの危機感知能力の強さによるものだ。普通なら大丈夫だと思い込むだろうが、危機感知能力によってフーズは回避という行動を取った。
ここに来て初めてフーズは緊張というものを抱いた。
こいつの攻撃には自分に危機感をもたせる何かがある――そう確信した。
一見何の変哲もない攻撃だ。
だけど、ガナンが切り札を使った以上、どんな効果が付与されているのか分かったものじゃない。
軽率に受けに行くわけにはいかない。
「避けるなよ。折角あんたをあの世送りにしてやるって言ってんだからよ、ありがたく受け取れや」
「そんなの私の勝手ですよね。それと、私はそんなこと頼んだ覚えはありません」
「そうかよ。じゃあ、ナンでもいいや。死んでくれ」
「あなたが賢者の私に勝てればですけどね!」
ガナンは駆け出す。それに合わせてフーズも距離を取りながら魔法を発動する。
「『光豪』」
フーズの手のひらから光球がガナンへ向けて射出される。が、ガナンは一切怯むことはなく、ダガーで光球を一刀両断して更にフーズへ接近していく。
ガナンの背後で切られた光球が地面へ着弾し、まばゆい光を放ち、周囲を真っ白な世界が包み込む。
背後から来た光でもガナンの視界は一瞬にして奪われた。
「小賢しい」
フーズの狙いは最初からガナンへ着弾させることではなく、ガナンの視界を奪うこと。
「『ホーリーランス』」
「ぐああ」
突然ガナンの脇腹に突き刺さる光の槍。
この真っ白な世界から突如飛んできて、反応することすら叶わなかった。だが、フーズは的確に狙いを定めて光の槍を投げ飛ばした。
――見えている。
このまばゆい光の中でもフーズはしっかり周囲を把握しているのだ。
「『ホーリーレイン』」
「が、だはっ、ぐぅっ」
まだ視界がはっきりとしないガナンの正面から大量の針にも似た光線が突き刺さる。
お返しとばかりに魔法が飛んできた方向へガナンはダガーを振って斬撃を飛ばしてみるが、魔法を撃った後直ぐに移動しているのだろう。
既にそこにはフーズは存在していなかった。
だが、これほどの光ともなれば光の効果範囲を限定していないと他の賢者たちにも光の影響がでてしまうだろう。
そうなれば他の賢者たちにも負け筋が出てしまう。
だから、ほぼ間違いなく光が届く範囲を限定している。ガナンはそう考え、急いで光の範囲から抜け出そうとする。
「そう、そうですよね。誰だってそう考えます」
耳元でそんな声が聞こえてきた。
ビクリと肩を震わせ、振り返りざまにダガーを振るガナンだが、そこにフーズは居なかった。
その代わり、背中へ強烈な蹴りが叩き込まれ、そのままガナンは地面を転がってしまう。直後、周囲の光は消え、視界が徐々に正常に戻り始めていく。
だが、時既に遅し。
ガナンの身体には多くの傷が出来上がり、地面に転がってダガーも手から離れてしまっている。今まではただの様子見だったのだ。
ちょっと真剣にフーズが戦い始めたら完封されてしまった。雑魚はどっちなのか――
「さぁて、終わりですね。幹部というからもうちょっと強いのかと思っていましたが……ふふっ、これ以上はあなたのプライドを傷つけるだけですから口を噤んでおきますね」
「どこがだ……ほぼ言っているようなものじゃねぇか」
「さて、どうでしょう。それとも、その汚名、返上しますか?」
「……それも、悪くねぇな!」
「っ!」
突然、ガナンの肉体が霧散した。風に還った、フーズの目にはそんな風に映った。
しっかりとフーズはその目でガナンの姿を見ていた。確かにそこに居たし、蹴ったときには間違いなく手応えを感じた。
だからこそフーズは勝利を確信して近づいたのだ。
油断していた。
自分よりも弱い相手だからと隙を見せてしまったのだ。その一瞬の隙によってフーズはガナンの姿を見失ってしまった。
あの凶悪な、自分に危機感を覚えさせたほどの存在が野に放たれてしまった。
これは事件だ。
あの攻撃がどこから来るかわからないとなると、さっきのガナンとフーズの立場が一瞬で逆転してしまったようなものだ。
(これは、『絶風転身』……落ち着いて、落ち着けばあの荒々しい魔力を感じ取れないはずがない)
手に持つ杖を地面に付け、目を閉じて集中する。
自分の一番近くに感じる魔力を探る。
「これはお返しだ」
「なっ!?」
耳元で声がした。自分がやったのと全く同じ事。
咄嗟に声の聞こえた方向へ『守護』を発動するフーズだったが――
「貧弱だな、あんたの盾。『風牙の剣』」
「――えっ」
パリィィィィィィィィィン




