5-40『賢者とは』
治癒しても決して癒えることはない。だが、治癒の手を止めてしまえばその瞬間、腕は切り離されてしまうことだろう。
無駄に魔力を使わせるバルゼットの作戦。
ガナンじゃあるまいし、何の策も無くバルゼットが突っ込むわけがなかったのだ。
だが、それにしてもバルゼットのダメージは大きい。
腕に致命傷を負ったサックド、そして全身に火傷を負ったバルゼット。どっちの方が致命的かなんて考えるまでもないだろう。
それでもバルゼットは余裕の笑みを顔に貼り付けていた。
そもそもが人間よりも魔族というのは生命力が高いのだ。人間で今のバルゼット程のダメージを受けてしまったら致命傷となりえる。
だが、魔族ならば大ダメージというだけでまだ戦えないこともない。
それでも魔族にとっても決して小さくはないダメージ。肉を切らせて骨を断つというのはこのことだ。
「我は別に騎士ではない。真正面からお前たちと戦うつもりなど毛頭ない。我はただ、我らが主を守り抜ければそれだけで充分だ」
「なるほど、この能力を持っているのだとしたら実に合理的な戦い方だ……だがしかし! 気に入らん! 正々堂々と戦え、魔族!」
叫んで突っ込んでくるサックド。更に大きく燃え盛り、更なるスピードを得てバルゼットに急接近をする。
バルゼットもどちらかと言えば搦め手を使うというよりかは正面から正々堂々と戦うタイプなのだが、今は状況が状況だし、相手の実力と自分の実力を鑑みた結果、勝率が高そうな方法を選択しているに過ぎない。
普段だったら負けたとしても自分が死ぬだけで終わりなのだが、この戦いでの敗北は魔王のピンチを示す。
絶対に負けられない戦いなのだ。
正々堂々と戦えというサックドだが、バルゼットがそれに応じる理由などどこにもない。
「気をつけろ。その足下は爆弾だぞ」
バルゼットのその台詞と共にサックドの足場は大爆発を引き起こす。
あの攻防の最中、バルゼットは地面に『遅延』を付与した『エクスプロージョン』を設置していたのだ。
咄嗟に飛び退くサックドだが、咄嗟だっため、体勢が整っていない。
その隙を――バルゼットは見逃さなかった。
「悪いな賢者。ここは勝たせてもらう『紅蓮廻炎』」
爆発と同時に構えた炎の弓矢をサックドへ向けて打ち放った。
今のこの体勢では流石のサックドも回避することは不可能。そして、これが直撃したらどれだけ治癒しようともこのダメージまでもがループすることになるだろう。
バルゼットの『永遠の裁き』は相手が最後に受けた技を永遠に食らわせ続けると言うとんでも能力なのだが、バルゼット自信が与えたダメージに関してはどんどんとループ対象が蓄積されていく。
腕の傷に加え、今度はこの弓矢のダメージ。こんな物をまともに受けてループされてしまってはサックドも耐えられるか怪しいものだ。
バルゼットの狙いはサックドの治癒能力を超えるダメージをループさせること。それによって治癒能力という最強の力を乗り越えてサックドを殺す。
治せないほどのダメージを与え続ける。
「ちぃっ、意外と魔王軍幹部もやるもんだな。でもな、搦め手を使ったくらいで勝てるんなら、俺たち賢者はとっくに他の冒険者にでも負けているだろう。なぜ俺たちが賢者と呼ばれているのか……それは普通の人間には到達し得ない領域に居るからだ。つまり――普通じゃない。『極拳』」
サックドがその場で軽く拳を振るう。
その瞬間サックドの頭上から巨大な炎の拳が出現し、バルゼットが放った『紅蓮廻炎』を殴り落としてしまったのだ。
炎の拳は炎に還り、そしてサックドの炎と混じり合った。
バルゼットは心の中で舌打ちをする。
あの賢者、まだ本気を出していなかった。これほどの攻防でさえ、賢者にとっては小手調べ程度だったのだと。
「もっとだ、もっともっと、もっっっっっっっっっっと燃え上がれ。俺の魂!!!!」
ずどぉぉぉぉぉぉんという轟音が鳴り響くと同時にまるで火山が噴火したかと思うほどの炎がサックドを包み込む。
サックドを覆っているだけのはずの炎の熱気が離れているバルゼットにまで届いてくるほどだ。
常人だったら即死してもおかしくないほどの炎。だが、それを完璧に耐えきっている。
「唸れ、俺の切り札!!!!」
サックドの眼の前に炎が変化したカードが出現。それも一瞬でサックドの熱によって焼け焦げてしまった。
その次の瞬間、サックドの炎の色が赤から青へと変色する。
不完全燃焼。さっきまでの炎と比べると圧倒的に温度が上昇し、周囲の地面を焼き焦がしていく。立っている地面がフライパンのようだ。
「『滅羅滅羅』!! 俺の情熱の炎は誰にも止められないぃぃぃっ!」
自分の身を焼き焦がすのも厭わないと言った様子のサックドの様子に流石のバルゼットも苦笑いを浮かべる他無かった。
☆☆☆☆☆
「あっつっ!」
熱気は少し離れた場所で戦っているガナンとフーズのもとにまで届いていた。
まるで太陽の真ん前に居るのかと錯覚してしまうほどの熱量に思わず顔をしかめる。フーズに至ってはいつものことなのか特に気にする素振りはなく、汗をかいてしまったらハンカチで拭く余裕すらガナンの眼の前で見せている。
それがガナンのプライド的に許せなかった。自分は片手間で倒せるほどの弱者だと思われているように思えてどうしてもぶっ飛ばしてやりたくなった。
「もう、どうでもいい。とにかくお前をぶっ飛ばしてやりたい。もしかしたら弱いものいじめになるかと思って使わないようにしていたんだが……お前がその態度を貫き通すというのなら、俺にだって考えがある。切り札」
言うと、ガナンは両手に構えたダガーを持ち直し、クロスするようにして刃同士を当てた。
シャインシャインと刃をこすり合わせる。その動きと同時にガナンの眼の前には小さな竜巻が出現し、その上から徐々にカードが風に乗って回転しながら出てきた。
そのカードを一瞥すると、ガナンは一瞬でそのカードをクロスに切り裂いた。瞬間、カードの破片は眩く輝き、それぞれ両手のダガーの中へと吸い込まれていった。
鉄の色をしていたダガーはそれによってキラキラと輝くカードの色へと変色。
纏う風も輝き始めた。
「『風破突壊』」




