5-35『転落』
「なんだこいつ!」
一人の魔族が悲鳴にも似た声を張り上げた。
燃えながら突撃してくる男、サックド・レストランテ。彼は体中が勢いよく燃え上がり、激痛が走っているはずだと言うのに、そんな様子は一切見せることはなく、ただただ魔族たちに殴りかかっていく。
魔族たちの目には見えた。サックドの肉体は確かに焼かれ、皮膚が焼け焦げていく。だが、それも瞬時に消え去り、元の健常な皮膚へと元通りになっていた。
つまり、サックドは肉体を焼きつつ、焼けた皮膚を『治癒』で無理矢理治し、強引に戦い続けているのだ。
だが、普通はそんな戦い方をしていると回復が追いつかないか、魔力が一瞬で無くなるかのどちらかになってしまう。
――だからこそサックドは普通じゃない。
「この異常者が!!」
また一人、サックドは魔族を殴り飛ばした。
そう、サックドは保有魔力量が異常に多く、治癒魔法のエキスパートなのである。だからこそ、サックドはこんな戦い方を実現できているのだ。
これこそが賢者は普通じゃないと言われる所以。誰かしらが何らかの人間離れした技能を持っている。
「ちぃっ、数が多いな! なら、強引に突破させてもらうとするかぁっ!」
そう高らかに言い放ったサックドは徐に拳を構えると、その拳に轟々と燃え盛る炎を纏わせる。
近くにいるだけで焼け焦げてしまいそうなほどの熱量に思わず魔族たちも後ずさる。今のサックドはほとんど太陽と同じ。今ここに小さな太陽があるのと同義だ。
エルダックたちもあれには巻き込まれたくはなかったため、すこしサックドから距離を開け、その様子を見守っていると、サックドの拳が一気に光輝いた。
目を開けていられないほどの光景にこの場にいる全員が目をつむる。その瞬間、それは打ち放たれた。
「『陽光炸裂拳』」
目だけじゃない。その瞬間は耳にも強烈なダメージを与えかねないほどの轟音が鳴り響き、思い切り振り下ろされた拳からは巨大な炎の拳が放たれて、正面に見える物を全て灰とかしていく。
それには為すすべもない。ただただ一瞬で焼かれ、跡形もなく消し炭となるのみ。
抗うことなど許されない。こいつらの前に居たら自分たちはただ死を待つのみなのだと、魔族たちは思った。
火属性超級魔法。
この一撃ですらサックドにとっては軽いジャブだった。
「よし、道は開けた。行くぞエル爺、フーズ! ……あとケルド」
「あのさぁ、僕の扱いがなんだか悪くないかい?」
道がひらけたというか、強引に道を遮るものを消し炭にしたと言うか。
物はいいようだなと他の賢者たちは苦笑いを浮かべる他無かった。
流石にここで男性一人を帰すよりも自分たちと一緒に居たほうが安全だという判断のもと、エルダックたちは保護した男性も連れて魔王城の中に入っていった。
男性の周りにはフーズが展開した『守護』が張られている。
魔族の攻撃から身を守れる他、魔王城から発せられている強烈な瘴気の影響を受けなくすることも出来る。光属性のプロフェッショナルだからこそ為せる業だ。
魔王城の中はロビーに巨大な階段が存在して二階と一階に分かれている。そしてこのロビーから枝分かれをするように多くの部屋へと繋がっているようだ。
あまりにも大量に部屋があるせいでこれは一つ一つ探索していたら日が暮れてしまうことだろう。
「よし、面倒くさい! 一気にこの城を吹き飛ばしてしまおうか!」
「賢者の所業とは思えんが、まぁ、それが一番手っ取り早いだろう」
「あ、この城消し飛ばすの? じゃあ、僕休んでていいよね。よかったぁ。眠たかったんだ」
「ケルドさんも手伝ってください。この城大きいので、できるだけ多くの人数で城を攻撃したいんです」
「ま、フーズ姉の頼みならしゃあねぇな」
冒険者なのに探索は放棄した。
彼らも暇ではない。今日もこの魔王討伐をした事によって増えた仕事をこの後片付けなければいけないのだから、全員気が重くなっているところだ。
だから、早めに仕事を片付けて帰らねばならない。至極当然の考えだった。
「総員、構え!」
エルダックの掛け声と共に全員が攻撃魔法を構える。城を破壊し、魔王をあぶり出すという目的のために。
今、最大級の魔法が解き放たれ――
「ぐふぅっ」
――ることはなかった。
突然口からを吐いたエルダック。その胸にはなんと、刀が生えていた。
背から刀を突き刺され、胴を貫通してしまったのだ。
思わずハンマーを杖代わりにして膝から崩れ落ちてしまうエルダック。
「エル爺!」
エルダックから刀が抜き去られる。
その直後、その凶刃がエルダックの首元へと迫っていく――
「だぁっ、そんなの簡単に許すわけがないでしょうが!」
刀を上から踏みつけにすることによってケルドはエルダックを刀から守って見せる。だが、その直後、どこからとも無く複数の火球がケルドへと放たれ、それは見事に全弾直撃してしまった。
なんとか気配を感じ、ケルドは咄嗟に『守護』を自分に発動することによって身を守ったが、それでも防ぎ切ることは出来ず、ダメージを受けてしまい、よろける。
「ご、がはっ。お主、どういうつもりだ」
エルダックは犯人を睨みつける。
その気迫はSランクの冒険者ですら気絶してしまいそうになるほどのものなのだが、エルダックを突き刺した本人はそんなの関係ないとばかりにあっけらかんとした様子で言った。
「ばっかだねぇアンタら。こんな所に連れ込まれて意識がちゃんとしてる一般男性なんて居るわけ無いじゃんか」
あっはっはっはと楽しげに笑い声を上げる男性。
そう、エルダックを突き刺したのはつい先程魔族の手から救い出した男性だったのだ。そして、その口ぶりからは魔族の仲間なのだということが伺える。
だがしかし、納得いかないのは今の今までこの場にいる賢者たち全員が騙されていたということ。今こうして本性を顕にしている状態で魔力を感じ取っても全く魔族とは思えない。それこそ人間に近い。
でも、言われてみればほんのり魔族の気配を感じた。
「なになに? 人助けでもしたつもりだったの? ありがとねぇ。嬉しかったよぉ? ぼくの罠にまんまとハマってくれてさぁ!」
「お主、魔族だったのか」
「せいっかい。ぼくは魔族さ、あんたらが討伐しようとしている魔王様の部下のね」
見た目は完全に人間だ。
魔族らしい角や羽が生えていたりするわけじゃない。目の色や肌の色もまるっきり人間と一緒の様に見える。
その内に魔族らしい邪悪性を持っていながらもこうも完璧に人間に擬態できるものなのかと。今の今まで賢者の誰一人として疑わないほどの擬態が可能なのかと。
「さぁて……賢者さんたち、敵討ちの時間だよ。良くもまぁ、ぼくの”弟”を虐めてくれたものだよね。お礼をしなくちゃ」
パチンと指を鳴らす男。
その瞬間、周囲に隠れていたのであろう魔族たちが次々とエルダックたちの眼の前に姿を表してきた。
「あ、卑怯だなんて言葉は受け付けてないよ。これは戦争なんだ、卑怯も戦術の一つさ。だから、今日今ここで賢者は解体させてもらうよ。ぼくは魔王軍幹部第一席ハルゼン。そしてここに居る連中が、魔王軍幹部さ」




