5-31『絶望の渦中』
ドスンドスンと何かを木に打ち付けるような音が静かな森の中に響き渡る。
打ち付けるたびに鮮血が飛び散り、周囲を赤に染め上げていく。そして、ぶつぶつと生気のない男の呟く声が響いていた。
「死にたい、なんで生きてる。なんで俺はのうのうと生きている。死ねよ、死ねよ俺、死ねよ」
かれこれ数十分はこの調子だ。
絶望に打ちのめされた青年――ヴァルモダは何度も何度も頭を木に打ち付ける。額はもうぐちゃぐちゃになっており、もし彼が人間だったのなら、出血多量ですでにこの世を旅立っていたことだろう。
この状態でも生きているのはひとえに彼が魔族だからということだ。
自責の念に駆られて自傷行為をしている。
舌を嚙み切って自殺しようと試みた――だが、ヴァルモダは薄っぺらく、顎に力を入れたら簡単に嚙み切ることが出来そうなその舌を噛みつぶすことは出来なかった。
ヴァルモダが本気で自殺をしようとすると阻止魔法が発動するように仕組まれているのだ。
「ハルぅ……なんで……なんで俺を助けた。俺は、俺は裏切り者なんだぞ」
ヴァルモダは助けられた。
エルダックにとどめを刺されそうになっていたところを猛スピードで助けられたのだ。それに対してヴァルモダは恨み言を口にした。
「でも、お前は自分の意思で言ったわけじゃない。どれだけぼこぼこにされようとも自分からは一切口を開こうとしなかった……そうだろ? ヴァル」
「それは当たり前だ! あたり……まえなんだ」
それは当たり前の事。
ヴァルモダにとって、たとえ言わされたことなんだとしてもマナの事を話してしまったというのはそれほどに重いことだった。
さっきからヴァルモダが木に額を打ち付けている横で座り、刀を磨いていた男は立った。
「いいか、ヴァル。お前が死のうが魔王様は喜ばねぇよ。そんなことはお前が一番知っているんだろ? お前、魔王様のストーカーだもんな」
「だが、俺は死をもって償うしかないほどの罪を犯してしまった。魔王様への裏切り行為を」
「だーーーっ! もう、うるせぇ。お前一人死のうがこうなっちまったもんはどうしようもない。あとはどれだけその被害を小さくすることが出来るかっていう所が大事なんだろうが。生きる死ぬは勝手にしたらいいさ。だけどな、それはぼくの前では止めてくれ。ぼくの前で死のうとしたらぼくは全力でそれを阻止してやるからな。ぼくはお前が死ぬところなんて見たくねぇ。ぼくに……親友の自殺なんて見せないでくれ」
「ハル……」
ハルと呼ばれた男の懇願するような声にヴァルモダは動揺した声を漏らす。
ハルの言っていることは正しかった。もうヴァルモダ一人死んだところでどうしようもないのだ。
賢者に魔王の居場所がバレてしまった以上、確実に刺客が魔王のもとへやってくるだろう。そうなれば戦争になることは間違いない。
その被害をどれだけ抑えることが出来るか、それが今一番大事なことだ。
直前のヴァルモダだったら絶望のあまりハルの言葉に聞く耳を持つことはなかっただろう。だけど、ハルのあまりにも悲しそうな声に我に返った。
(くそっ、俺は親友になんて顔をさせてるんだ。魔王様のことはもちろん最も大切だが、ハルだって大切だろうが……だって、魔王軍に入る前からずっと一緒にやってきたじゃないか)
あくまでもヴァルモダの中で一番はマナだ。だが、ハルはその次に位置している。
この世界に生れ落ちて間もなくしてから二人はずっと一緒に生きてきた。
魔族に親なんてものは存在しない。魔素さえあれば魔素が凝固し、魔族の心臓となってそれを元に肉体が形成される。
そんな二人にとって互いの存在は人間で言う家族――兄弟も同然の存在だった。
兄弟が自殺をしようとしていたら間違いなく止めるだろう。ハルがやっているのはそう言うことだ。
「ハル……悪い……」
「ぼくは、ヴァルには生きていて欲しいんだ。お前がやってしまったことはあの魔王様なら笑って許してくれる。だから、生きて戦ってくれ」
「……でも、俺はもう戦えない。体力は回復してきたが、もう戦う余力は残っていない。俺が生きていたって何にも役に……」
「じゃあ、ぼくの為に生きてくれ。ぼくはお前が生きていれば、生きていてくれるのなら、何倍もの力を出せるんだから」
「ハル、お前まさか」
ハルの目には確かな『覚悟』が宿っていた。
それを見てヴァルモダの声が震える。
「ダメだ、俺はさっき戦った。手も足も出なかった……なにも、通用しなかった……ハル、お前だって……きっと殺されるぞ」
「それでも行くよ。行かなければいけないよ。ぼくだって、ヴァルと同じく魔王軍なんだからね」
「ハル、お前が俺を大切に思ってくれるように、俺にとってもハルは大切なんだ。生きていてほしいんだ。かけがえのない兄貴なんだよ!」
「簡単に死ぬつもりはないよ。ヴァルだって知っているだろ? ぼくの実力をさ」
「だが……だが……」
「安心してくれ。ぼくだって死にに行くつもりなんてないよ。逆に賢者を皆殺しにしちゃうかもしれないね」
笑って言うハルだが、ヴァルモダは分かっていた。
ハルの実力はヴァルモダよりももっと上だ。だが、それでもエルダックの実力があれなのだとしたら、まだ六人いるのだとしたら……それら全てを相手にすることなんていくらハルがどれだけ強かろうと不可能だ。
それこそ神にでもならなければ――
「そんな顔するなヴァル。きっと帰ってくるさ。お前はぼくを誰だと思っている? ぼくは魔王軍幹部第一席、ハルゼンだ。ヴァルモダの親友の、な?」




