5-25『勇者』
カリュブディスがもう一度鳴いた。
今度は俺たちの聴覚を破壊するような轟音ではない。
まるで超音波によって連絡をとりあう、イルカやシャチの様な、そんな声に聞こえた。
「連絡? ……っ! ユイ、下だ!」
「え? ふえええええええええええ!?」
水底、そこに突き刺さった鱗が震えていた。
まるでカリュブディスの声に応えるかのように微振動を々、朱く点滅を繰り返す。
嫌な予感を覚えた俺はカリュブディスの様子を見つつも鱗の方を警戒していると、なんと、一本の鱗が俺の方へと飛んできたのだ。
しかも、その鱗は俺に飛んでくる最中に形状が変化し、それは魚の姿へと変化を遂げた。
口の中には鋭い歯が見え、肉を食いちぎる為にあるものだと言うのが本能的に理解できる。
「小さい、魚!?」
「グレイフィッシュの稚魚だ! 『豪拳』」
とりあえず、向かってきた小魚たちを『豪拳』の拳圧でぶっ飛ばす。
あいつ、鱗からグレイフィッシュを生み出すことが出来るのかよ。流石にこの力までは知らなかった。
俺がいつもあいつと戦う時は『破壊の一撃』の一撃で済ませてるからな。
グレイフィッシュの稚魚は大人のグレイフィッシュよりも食欲旺盛で、牙も鋭く、咬合力もめちゃくちゃ高い。
ちょっとでも噛みつかれたら肉を食いちぎられると思っておいたほうが良い。
グレイフィッシュはCランクに指定されているが、その稚魚はBランクに指定されているほどに危険な存在だ。
それに何より――
「数、多くないですか!?」
ユイも稚魚に剣で対抗しているが、その数の多さに戦慄している様子。
確かに基本稚魚は群れで行動しているものだが、流石にこの数の群れは初めて見た。あいつが自分の鱗で無限に生み出すことが出来るから、これほど大量に存在しているのか。
「また来ます!」
今度は稚魚ではなくカリュブディスの鱗が飛んできた。
あんなモノ受けてしまったら一溜まりもないため、俺も『豪拳』で打ち返すのだが、それによって打ち返された鱗が壁や地面に着弾したら、それもまた稚魚へと変化を遂げる。
無限ループと言うやつだ。
俺たちの魔力は無限じゃない。だからこんなに大量の稚魚を全て相手にしていたら先にガス欠を起こすのは俺たちの方だ。
早く大本のカリュブディスを撃破しなければこの負の連鎖は収まらない。
むしろ俺たちが苦しくなるだけだ。
ここは俺の『破壊の一撃』で鱗を破壊し、そこをユイに攻撃してもらうしか手はない。
覚悟は決まった。
稚魚たちはカリュブディスを守るかのように俺たちの行く手を阻んでいる。あの中を突っ切っていくのはかなりリスキーだが、でもそれしか方法はない。
「『メテオドロップ』」
「っ!」
俺が突っ込んでいこうとしたその時、巨大な隕石が地上より降り注ぎ、俺の眼の前に見えていた稚魚たちをまとめて押しつぶされてしまった。
俺の眼の前にカリュブディスへ続く勝利のヴィクトリーロードが出現した。
地上を見上げる。
メルバードだ。メルバードが手のひらを向けてきている。つまり、この一撃はメルバードの魔法だ。
あいつ、魔法で戦うのが嫌いだと言うのに、俺たちを助けるために隕石魔法なんて使ってくれたのか――なら、その期待を裏切るわけにはいかないよな。
メルバードが覚悟を決めたんなら、俺たちはそれ相応の覚悟を決める他無い。
「カリュブディス、覚悟しろ!」
お前は俺たち勇者パーティーに敗北する。
「穿て『破壊の一撃』」
水を蹴り、一気にカリュブディスへ急接近を果たした俺はカリュブディスのその巨体に思いっきり『破壊の一撃』をぶち込む。
魔力が制限され、本領を発揮できないとは言え、これは俺の『破壊の一撃』だ。
この一撃がカリュブディスの鱗如き、ぶち抜け無い道理はない!
「――らぁっ!」
拳を振り抜いた。
カリュブディスを殴り飛ばし、壁に叩きつける。その巨体の鱗には間違いなく大穴が空いており、柔らかそうな肉が露出していた。
あの状態ならユイの切り札を叩きつければ充分に倒せるはずだ。
「ユイ!」
ユイへスイッチする。
よし、これで俺たちの勝利は揺るがない――
「ユイ?」
だが、いつまで経ってもユイがこっちに来ることはなかった。
それと同時に俺は気がついてしまった。カリュブディスが先ほどと同じ様に超音波を発生させていることに。
「がふっ、ごぼぼぼ」
な、なんだ。急に息が苦しく……息が出来ない。
「『エアーズ』、『エアーズ』、『エアーズ』、んがぼっ」
魔法が発動しているのに、呼吸のために作り出した空気が一瞬で霧散する。
水が揺れている。カリュブディスの発している超音波によって空気がその形を保てないほどに水が超微振動しているんだ。
ちょっと下の方を見てみる。
すると、ユイもユイで呼吸が出来ず、苦しみ藻掻きながら沈んでいっていた。
なんとか水面に上がって呼吸をしたくてもその進路を稚魚が塞ぎ邪魔する。息継ぎをしに行くことが出来ない。
カリュブディスには表情というものはない。だけど、今ばかりは俺たちにしてやったりというドヤ顔を見せつけているように見えた。
――なら、俺がカリュブディスを。
「ふぐぅ」
苦しくて力が出ない。
あいつの鱗を破壊することに夢中で『エアーズ』が破壊されていることにも気が付かず、そして息をすることも忘れていた。
そのせいで、視界が霞んできた。
酸素が、酸素が足りない。
本気を、出すしか無いのか? いや、この状況、出し渋っている場合じゃ……。
まだ、こんなところで死ぬわけにはいかないんだっ。
そうしてブレスレットのダイヤルい手をかける。
だが、俺は直ぐにその手を離した。背後から凄まじい魔力の圧を感じたからだ。
「ふむぅっ」
ユイだ。
ユイが体勢を整え、じっとカリュブディスを見据えている。その体からは淡い緑色のオーラがでているようにも見え、その金髪は若干緑色に染まっていた。
俺はあの状態を知っている。
俺の銀髪状態と同じ――いや、あれはそれになりかけているということだろう。
ユイはルリハよりも才能がないと自分で言っているが、とんでもない。俺からすればユイの方が化物というものだ。
ルリハよりもずっと早く切り札を使えるようになって、最近では雷属性もそれなりに使えるようになってきている。
複数の属性をちゃんと使える人というのは世界を探してもそうは居ない。
ユイが特別なんだ。
魔力解放――その未完成系とでもいうか。
魔力量はそれまでの比じゃないくらいに膨れ上がり、威力も桁違いに上昇する。そして、その膨れ上がった魔力は毛色にまで影響を及ぼし、魔力の色が現れる。
無属性が一番得意な俺は銀、風属性が一番得意なユイは緑色だ。
「すぅぅぅぅぅっ」
すると、緑色になっていたその魔力の色は徐々に青色へと変化し始めた。
マジかあいつ、魔力の質を変化させる人なんて見たことも聞いたこともないぞ。
「行きます」
水属性になった――それと同時に水中であるのにもかかわらず、言葉を発した。ユイは水属性になったことによって風を纏わずとも水中で呼吸が出来るようになったのか?
あいつは本当に人間なのか?
「っ! 切り札」
ユイは剣を逆手に持つ。
そんなユイに向かって大量の稚魚が向かっていった。
今のユイの敵ではないだろう。
まるで舞うようにして剣を振ると、稚魚たちをまるでハエを叩くがごとく、一瞬の内に殲滅してしまった。
直後、ユイの眼の前にキラキラと光るカードが出現した。
「『水魔断絶剣』」
それを、ユイは流れるような動作で一刀両断してしまった。
直後、世界が断たれた。そんな風に錯覚してしまうほどの斬撃が放たれ、この大量の水を一刀両断。
その斬撃はカリュブディスの鱗が剥げた一点を目掛けて飛んでいき、直撃した。
さっきまでびくともしなかったその巨体は一瞬にして一刀両断、二分された。
凄まじい一撃だった。
俺まで若干恐怖を覚えてしまうほどの一撃だった。
カリュブディスは一刀両断されたことがトドメになったのだろう。力なく浮き上がり、部屋を埋め尽くしていた水はどんどんと排水され始めた。
ガーディアンであるカリュブディスを撃破したことで部屋が元に戻ろうとしているのだ。
見るとユイは既にもとに戻っており、力尽きたのだろう。まだ排水が終わっていないというのに、力なく沈もうとしているのが見えた。
「ユイっ」
もう『エアーズ』を使える。
慌ててユイを捕まえると先ほどと同じようにして『エアーズ』を使用し、ユイに呼吸させる。
これでちゃんと保っていたんだったらかっこよかったんだけどな。でも、冒険者になってこの早さでこの領域にまでたどり着いたんだったら上出来だ。
ユイはこれからもっと強くなれる。もしかしたら賢者たちと同じ領域にまで――いや、それは大げさかもしれないが、ユイにはそれほどのポテンシャルを感じた。
でも、とりあえず今は、
「お疲れ様」
「ありがとう、ございます」
カリュブディス撃破。
今までカルマの髪染め現象について名称は出していませんでしたが、あれは魔力解放というものです。
ただ、カルマに関しては魔力の調整が雑なので、ブレスレットを外すと常に魔力が解放されてしまうのです。
本来は抑えればブレスレットを外しても黒髪のハズなんですけどね。
カルマは幼い頃から魔力解放をしていました。それだけ強大な魔力を持っていたということですね。




