5-22『集合』
現在時刻は昼過ぎ頃。
起床してから約五時間が経過した。
メルバードにユイとルリハが向かっているという報告を貰ってからの連絡は何もなし。俺たちは下手に動くということも出来ないため、ただただ二人を待つことしか出来ないと言う状況だ。
だが、ここまで時間がかかっていると心配になってきてしまう。
降りる時、六層までは四人一緒だったからか直ぐに六層まで降りることが出来たんだが、今はユイとルリハの二人だけで降りなければならない。
二人の実力だったらCランクに遅れを取るということはないだろうが、もし七層から九層にも水辺があったらカリュブディスに襲われている可能性だってある。
「――くっ!」
「ちょ、ちょちょちょ、ここで待つって言ったのはハルトじゃないですか。ちょっと、落ち着いてください」
「……悪い」
心配すぎて落ち着かない。
気がついたら俺の足は上層への階段へ向いてしまっていたようだ。危なかった。
俺は二人の力を信じているはずだろ。なのに、二人の無事を疑ってどうするんだ。
大丈夫、絶対に大丈夫なはずだ。
その時――階段の上から足音のようなものが聞こえてきた。
それは徐々にこちらへ近づいてきている。
「メルバード、俺の後ろに隠れてろ」
「え? あ、はい」
これは十中八九ユイとルリハの足音なのだろう。だが、低確率ではあるが、他の冒険者だという可能性も残っている。
その場合、敵なのかそうではないのかが全くわからない。
もし俺たちの敵だというのなら、突然襲いかかってきたとしてもおかしくはない。
警戒しておくことに越したことはない。ここには魔物は入ってこれないが、人間だったら入って来れるんだからな。
じっと階段を見据える。その足音の主の姿が見えるまで、まるで時が止まったかのような途方もなく長い時間のように感じた。
やがてその姿が見えてくる――
「はぁ……はぁ……やっと着きましたぁ」
「……ハルト、メル、何やってるのよ」
「……はぁ、警戒したけど、その必要はなかったみたいだな」
降りてきた人物のその姿は正しく俺とメルバードが待っていたその人。
ユイとルリハの姿だった。
二人共傷だらけになっており、二人で互いのことを支え合っているような状態で階段を降りてきた。
「ど、どうしたんですかその傷」
「ちょっとね……」
「はは、二人のことが心配で強引に突破してきちゃいました。そのせいで余計に時間がかかった気がしないでもないですが……」
「ユイが魔物の群れを突っ切ろうと言うのよ……正気を疑ったけど、ユイが止まらなかったから付き合うしか無かったわ」
「俺たちはセーフティーゾーンに居るから心配はいらないって言っただろ……」
心配してくれていたと考えると悪い気はしないが、それで二人が傷つくんなら俺も責任を感じてしまう。
魔物の群れを突っ切ってきたせいか、余計に魔力を消耗しているようで、二人から感じる魔力もいつもより弱々しい物となっている。
むしろ体の状態で言ったら昨日の熱中症状態よりも悪いんじゃないかと思ってしまうほどだった。
「はぁ……傷を見せてくれ。応急手当くらいの治癒魔法は使える」
「えっち」
「はぁ?」
「そう言って、ハルトは私たちの裸を見たいだけじゃないの?」
「――え、そうなんですか? でも、ハルト君なら別に」
「そういうのいいから、早く見せろ」
「冗談の通じない男の子はモテないわよ……?」
「じょ、冗談だったんですか!?」
目を白黒させているユイ。
俺がツッコミを入れなかったことに不満そうにしながらもルリハはローブを脱ぎ、俺に傷痕を見せてくれた。
流石に素肌はあまり見ないようにした。
同じ様にユイにも鎧を脱いでもらって傷痕を見せてもらう。
二人共結構傷が多いが、特にユイの傷は酷い。魔物の群れの中に入って接近戦をしたんだ。そりゃ攻撃をもらうよな。
「動くなよ、二人共。『治癒』」
大きい傷や病などは治すことは出来ないが、このくらいの傷ならば治すことは出来る。
と言っても、俺のレベルでは応急処置レベルでしか無いから、究極的には専門医に見てもらうのが一番いい。
だが、普通に戦えるレベルには回復できるはずだ。
「ありがとうございます」
「助かったわ」
「あんま心配させるな。まぁ、二人だったらここまで来れるって信じてたけどな」
「え――さっき心配すぎて様子を見に行こうとしていたじゃないですか。ボクが止めなければそのまま行ってましたよね」
黙ってろよ。
「…………」
「えぇ? 澄ました顔をしてるけど、そんなに私たちの事を心配してくれてたの? ハルトくぅん、結構私たちのこと好きじゃん」
うぜぇ。人にそう言われるとムカついてくるな。
顔が熱い。燃えるようだ。
なんで俺がこんな気持ちにならなきゃならないんだよ。第一? 俺が心配していた理由はユイが死んだらマナの数少ない友達が居なくなってしまうからだし?
俺の願望を叶えるためにはユイが生きていてくれないとダメだからだし?
そ、そう。俺は別に二人のことが好きだからとかそういうのじゃない。そういうのじゃ決して無いからな。
「さぁて、ハルトイジりはここまでにして、この後のことを話し合いましょう」
ルリハの奴、いつも俺がカルマのことについてはぐらかしているから、その意趣返しのつもりだな?
絶対にルリハにだけはバレるわけにはいかない。絶対にルリハにバレたら面倒なことになることは分かりきっているからな。
今でこそ半分バレかかっているんだから、これ以上ボロを出すわけにはいかない。
「さて、恐らくハルトもメルも分かっているでしょうけど、このダンジョンを脱出するうえで、今一番私たちにとってやりやすい方法というのはダンジョンの踏破よ。だから、これから私たちはこの階段を降り、ダンジョンガーディアンに挑むことになるわ」
そう。
本来はここからだったら踵を返してダンジョンを脱出するよりもダンジョンガーディアンを撃破して脱出したほうが距離的にも近く、多くの魔物と戦う必要はないから安全である。
ただし、それは普通のダンジョンの場合だ。このダンジョンではその選択肢でも大きな危険を伴ってしまう。
普通にダンジョンガーディアンというのはそのダンジョンのランクよりも強い魔物が選ばれることが多い。
でも、それでも多くの魔物と戦うよりかは危険度が少ないと考えても良いだろう。
――しかし。
「問題は突如現れたカリュブディス。あいつがこのダンジョンに居る限り、ダンジョンガーディアンはほぼ確実にあいつでしょうね」
「知っていたのか、あの魔物のこと?」
「私は大抵の魔物は記憶しているわ。あいつがCランクの中でも最悪の魔物であるということも分かっている。カリュブディスが現れた以上、ここはCランクダンジョンと侮ってはいけない。恐らくAランク、最悪Sランク相当の難易度まで跳ね上がっていることでしょうね」
Cランクダンジョンではカリュブディスが出現する可能性がある。
Cランクダンジョンを探索する上で一番の脅威は時空の歪みや罠などではなく、カリュブディスの出現だ。
あいつはイレギュラー、天災のようなものだ。運がなかったと考えるしか無い。
対策のしようはない。
「カリュブディスと戦う上で私はあまり力になれそうにないわね。私の得意魔法は火属性、その他のも使えるけど、火属性ほどの威力は出せないわ。だから、ユイに頑張ってもらうことになる。ユイ、体調は大丈夫なの?」
「うん、一晩休んで良くなったよ。でも、私の剣があの巨獣に通用するのか……」
陸に居たユイたちには魚影しか見えなかっただろうが、それでもどれほど巨大な相手なのかは分かったことだろう。
ちらっとメルバードへ視線を向けてみる。
手が、膝が震えていた。無理もない、あれだけ命の危険を感じたんだ。普通だったらトラウマになっていてもおかしくはないほどだ。
今こうして立っているだけでも偉いというものだろう。
「メルバード、大丈夫か? 無理そうなら戦いに参加しなくても――」
小声で聞いてみた。
「だ、大丈夫です。ボクだって勇者パーティーの一員ですから」
とてもじゃないが、大丈夫そうには見えない。でも、本人が大丈夫というのなら、様子を見てみよう。
根っから無理と決めつけて縛り付けるというのはメルバードの成長に繋がらない。
メルバードが成長するためにはこのシレンを乗り越える必要があるだろうから。
「可能なら俺も攻撃役に加わるよ。サポートはできなくなるかもしれないけど、ルリハはサポートだって出来るだろ?」
「なんでそう思うのよ……私は生粋の攻撃役よ」
「だってルリハだろ?」
「それ、理由になってないわよ、全く……あなたの身体強化魔法程のサポートはかけてあげられないからね。自分の強化は自分でやってもらえると助かるわ」
「あぁ、それはもちろん大丈夫だ。ユイのサポートに徹してもらって大丈夫。俺は俺自信でサポートするから」
流石にユイたちの成長の為に云々とか言ってられないよな。
ユイたちだけでここを乗り越えてもらえたらすごく成長につながると思うが、死んだら元も子もない。
もう、仲間を死なせるなんて言う経験はしたくないからな。
「それじゃあ、攻撃役はユイとハルト、サポートは私とメルで行きましょう。カリュブディスはCランクに収まるような相手じゃないわ。決して油断はしないように気をつけましょう」
ルリハの言葉に全員で頷く。
まるで今から魔人と戦いに行くかのような緊張感がこの場に走る。
カリュブディス討伐――それが出来たら勇者パーティーとしては充分すぎる経歴だ。
絶対に討伐し、全員揃って王都に帰ろう。そう誓い、俺たちはボス部屋への階段を降りていった。




