5-19『カルマ☆クッキング』
服が乾いた後、俺たちは服を着直して、食事を取ることにした。
とは言え、ここにはユイという勇者パーティー専属料理人が居ないこともあり、食事の用意は俺がすることにした。
メルバードに聞くと、魔道具制作以外はからっきしらしい。なんとなく想像着いていた。
恐らくユイとルリハの二人も六層の先のセーフティーエリアにて休んでいることだろう。
俺たちの安否も伝え、返事の手紙もさっき届いたから問題なくセーフティーエリアにたどり着けたんだと思う。
「そう言えば、ユイさん以外はそこまで料理が出来ないって聞いたんですが、大丈夫なんですか?」
「ユイ程の腕前を期待されると困ってしまうが、まぁ、食えなくはないレベルのものは出してやる。と言ってもスープくらいしか作れないけどな」
とりあえずユイに料理させるのはちょっと不安で出していなかったけど、個人的に結構隙だったやつを出してみるか。
メルバードも落ち込んでいるし、ちょっとでも美味いものを食ったほうが良いだろう。
――ということで取り出したのはキルクラブ。
人間大の巨大なカニ型モンスターだ。
Aランクに指定されており、その巨大なハサミは鋼鉄ですら一瞬で斬り刻んでしまうとされているほどのもので、熟練冒険者も警戒するほどの魔物。
その脅威度からあまり肉が流通することはなく、市場に並んだ時はとんでもなく価格が跳ね上がる超貴重食材だ。
どうしてこんな物を持っているかというと、昔にギルドマスターが振ってきた依頼でキルクラブが大量発生して漁に出られないという物を解決した事がある。
これはその時に討伐したキルクラブの残りだ。
大量に狩ったから俺はこいつを定期的に食っているが、これがなかなか美味い。
口に入れるとねっとりとした濃厚なカニの旨味が口いっぱいに広がる。食感はまるで肉厚な高級ステーキでも食っているかのよう。
肉に引けを取らないほどの衝撃が脳にほとばしる。
これを金を払わずに自分で取れるんだから冒険者って良いよな。ただ、一歩間違えるとマジで死ぬから要注意だ。
そして、これを腐らせること無く保存できるもんだから『ストレージ』様々である。
「は、ははは、ハルト、はるはるはる、ハルトとトトトとととととと」
「落ち着け。どうした?」
「こ、これってキルクラブですよね!? どうしてこんな物があるんですか!!」
「……昔、偶然手に入れたんだ」
「そ、そんな偶然あるんですか!?」
嘘は言っていない。
偶然依頼が舞い込んできたから偶然入手できた。それだけの話だ。
「ぼ、ボク、キルクラブなんて初めて見ました。噂に違わず大きいですね。ハサミだけでボクの頭がすっぽりと隠れるくらいあります」
「気をつけろよ。こいつはもう死んでいるから動かないが、ハサミは鋭いまんまだからな。あんまり触れてると手ぇ斬るぞ」
「き、気をつけます」
さてと、こいつをユイに調理させなかった理由としては、調理が難しいということだ。
まずこいつの殻は鋼鉄並の強度がある。並の包丁じゃ絶対に刃が通らないというのが一点目。そして、無理矢理に粉砕して身が殻の破片まみれになったらもう最悪だ。
こいつは殻に魔素がたっぷりと溜め込まれているから、殻をちょっとでも摂取するとお陀仏だ。そうならないためにも殻まみれになってしまった身は処分するほか無くなってしまう。
砕かれた殻が付着した身は洗っても魔素は抜け落ちてくれないんだよな。
あとは個人的な理由としてこいつが俺の偶にの楽しみだからというのがある。
あんまり他人とシェアしたくは無かったんだ。そんなにホイホイと手に入れられるような代物でもないしな。
俺は倒せるけど、そもそも見つけるのが大変だ。見つけられなかったら流石の俺でも手に入れることはできない。
ただ、今回はメルバードのためだ。奮発しよう。
「こいつの殻は以上なくらいに硬いからな。並大抵の刃物じゃびくともしないし、ハンマーで砕くわけにもいかない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「昔ドワーフに作ってもらった小刀がここにある」
「ハルトの人脈はどうなってるんですか!?」
こいつならばキルクラブの殻に負けることはないだろう。あとは、適切な力を加えるんだが、これも俺の素の力じゃ足りないから『身体強化』をしようして殻を切り開く。
「うわぁ……あのドワーフの刀を調理道具に……贅沢な使い方ですね」
ドワーフの名匠が作った武器というのは一般人じゃ一生かかっても手が届かないほどの金額になってしまう。
ただ、俺は一般人じゃなかったからな。
それに、ドワーフの一人とは友好的な関係だったし、普通よりも安く作ってくれたんだ。俺が素材を持ち込んだからというのもある。
「なんか、この数分で一生分の驚きが詰まっていたような気がします」
「まだこいつを食ってないだろ? その言葉はこいつを食ってからに取っておけ」
さて、まずは殻を切り開き、いい感じに足を取り外して、蟹味噌を出す。
一応、殻は食べなければいいだけの話だから足は持ち手の部分だけ残し、蟹味噌は甲羅を器にして皿の上に並べる。
「おぉぉ、立派な身ですね。さすがはAランクモンスターです。ただ、ちょっと色がくすんでいるような……」
「あぁ、こいつはまだ魔素を含んでるからな。まだ食えない」
これだけで普通にカニの刺身としてうまそうなんだが、実はこのキルクラブ、刺身じゃ食えない。
実は身にも若干魔素があり、このまま食ってもいいが、絶対に後で腹を壊すし、暫く魔力回路がぐちゃぐちゃになって魔法が使えなくなってしまう。
ダンジョンを攻略しなければいけないという時にそんな状態になっている場合じゃないだろ?
ただ、これの刺身はとんでもなく美味いため、そんな状態になってもいいから生で食うというイカれた富豪たちが世界には存在する。恐ろしい限りだ。
ちなみに、ゼルドガルのやつはキルクラブの刺身が大好物でめちゃくちゃ食っていたが、あいつは魔素耐性が高すぎて腹を壊すどころか魔法が使えなくなるということもなかった。
本当に怖いのはあいつなのかもしれない。
流石は賢者はゼルドガルかゼルドガルじゃないかのどっちかだと言わしめただけのことはある。
なので、ゼルドガルじゃない俺たちはこいつからどうにか魔素を無くす必要があるわけだ。
そこで、殻の魔素はどうにもならないが、60度位の低温で身を茹で、蟹味噌は湯煎する。これでじっくりと火を通すことでじっくりと魔素を飛ばしていく。
ぬるすぎても魔素が抜けないし、熱すぎても魔素が増殖してしまう。魔素が増殖したらどうしようもないから、ぬるい分にはさらに加熱すればいいだけだが、熱いとどうしようもないから気をつける。
なぜ最初に捌いたのかと言うと、デカすぎて鍋に入らないというのと、殻が非常に優秀な鎧になってしまっているせいで熱がうまく伝わらないんだ。
だから適当に捌いてしまってから低温調理をする。
俺は火力を調節するということを知らないから、『守護』の強度を調節して伝わる熱量をゴリ押しで調節し、温度計を使って60度をキープする。
『守護』の精度が高くなく、あまり強い出力が出来ないからこそ微調整がしやすい。魔法の調整が苦手な俺が調整できる数少ない魔法だ。
「手間かかりますね」
「ちょっとな」
美味いんだが、毎度毎度この調理をするのが面倒だから時々しか食べないというのもある。
「これだけの調理が出来るのに料理が出来ないというのは不思議な話ですね」
「俺は食材の下処理くらいしかできない。味付けとかは専門外だ。だから、美味しく料理するという部分はユイを頼ってくれ。俺が料理する以上、美味しい味付けなどは期待するな。もし俺の料理が美味いと感じた場合、それは俺の料理の腕が良いわけじゃなく、食材が良いだけだからな」
色々な魔物を食べることが出来るようになるため、処理方法は勉強した。だが、料理に関しては全然わからん。今更勉強する気にもなれないし、自分で作るときにはただ雑に味を付けたスープにぶち込むか丸焼きにするかのどちらかしかないわけだ。
ただ、魔物食材に関しては物によってはマジで何の味を付けなくてもめちゃくちゃ美味いというものがあるから、なんとか生きていけている。
ユイの料理を一度味わったら恋しくなるものだけどな。
「ハルトと一緒だったらなんだかすごいものを食べれそうですね」
「そうか? まぁ、でも、このキルクラブに関してはユイとルリハには内緒な?」
「どうしてですか?」
「いや、俺がこんなものを持っていたって騒がれたら面倒だからな」
「そう言うものですか……」
食べたいと言われるならまだしもルリハにこれ以上カルマ・エルドライトであるという疑惑を向けられたら今度こそ隠しきれる自信はない。
こんな化け物を食べているということがバレたら自分がカルマ・エルドライトだと言っているようなものだ。
「わわわ、すごくいい匂いがしてきました」
「ただ低温で魔素を抜いているだけなんだけど、芳醇なカニの香りが立ち上ってきたな。ここがセーフティーエリアでよかったな。こんな美味そうな臭いを漂わせていたら臭いに敏感な魔物が近寄ってきていたかもな」
「それは恐ろしいですね……ち、ちなみになんですけど、ハルトってどの程度の魔物だったら調理できるんですか?」
「大体の魔物の調理法は頭に入れているが」
「じゃ、じゃあ、あのカリュブディスって調理できるんですか?」
「お前、あんな気色の悪い化け物を食ってみたいのか?」
「ちょ、ちょっとした好奇心ですよ」
さすがにあれは俺でも食ってみようとは思わないぞ。
デカすぎるし、喰い切れる気は絶対にしないし。食ったとしても数年かかるデカさだぞ。食糧問題は解決するかもしれないけどな。
「あれは無理だ。あれ自体、魔素の塊なんだよ。肉全てに致死量の魔素が廻っている。たとえ討伐できたとしても人間が食うことは不可能だ」
「そうなんですね。魔物によって魔素の溜まり方っていうのが違うんですね」
「そりゃそうだ。人間だっていろんなタイプが居るだろ? それと一緒だ」
「その例えは分からないんですけど、分かりました」
そんな感じでメルバードと話しつつ温度調整をして魔素抜きをすること30分が経過した。
だいぶくすんでいたキルクラブの身の色が純白に変化してきた。これは魔素が抜けたという証拠。
こうなればようやく食っても大丈夫だ。
後はこいつを冷水で急速に冷やす。
「さてと、これで夕食の完成だ。ハルト・カインズ特性、適当キルクラブのスティックだ」
「美味しそうです。身がぷりっぷりですね。だいぶ待ったのでもうお腹ペコペコ、我慢できません! いただきます!!」
勢いよくスティックを手に取ると、身にかぶりつき、そして目をキラキラと輝かせるメルバード。
まぁ、ここまでの食材は食べる機会というのがあまりないだろうからな。
「な、何ですかこれは。濃厚です。もう、もう、旨味が口いっぱいに広がって幸せという言葉しかありません!! 美味しいです!!!!」
「魔物食材っていうのはな、普通の動物では到底到達し得ないほどの旨味にまで到達しうる食材だ。つまり、物によっては動物の限界を超えた未知の旨味を体験することが出来る食材もある。これだから魔物食材集めは止められないと言ったところだな」
「ボク、今カニを食べているんですよね!? 歯ごたえがお肉みたいです。高級ステーキでも食べているような気分です! なんか、なんかもう、ボクの脳のキャパシティーを超えてしまいそうです!!」
「そっか、よかったよかった」
そんなメルバードを横目に俺はさっき仕込んだ出汁にスティックをくぐらせ、そして一口。
最高だ。ぎゅっと引き締まった身から噛めば噛むほど旨味のエキスがにじみ出してきて、それが口内を侵食していく。
美味い、それしか考えられなくなる。
やっぱキルクラブはいいなぁ。名前が物騒なこと以外、めちゃくちゃいいじゃん。
また今度探してみようかな。なかなか見つからないんだよなぁ。
「は、ハルト、それなにを――」
「あぁ、これか? このアツアツの出汁にくぐらせて食うと美味いぞ。ま、これを作ったのは俺だから適当に海藻とかをぶち込んで煮ただけだから出汁単体だと何が何だかよくわからんが、キルクラブが全部をまとめ上げて美味くしてくれる。食ってみるか?」
「は、はい。ぜひ」
恐る恐ると言った感じでメルバードは出汁に軽くくぐらせ、それを一思いに口の中へ――
メルバードが固まってしまった。
「おい、メルバード? 大丈夫かぁ?」
「ハルト、責任を取ってください」
「なんのだ」
「ボク、これ以外のカニを食べられなくなりました」
「馬鹿な事言ってる暇あったら食え」
正直その気持ちはわからんでもないが、俺に責任を追及されても困るというものだ。
とりあえず、今は目の前の幸せを噛み締めることとしよう。ユイやルリハには内緒でメルバードとこんな美味い物を食っていると考えると背徳感で更に美味く感じた。




