5-18『メルバード/オーバーロード』
「くしゅん」
「寒いのか?」
「はい、少しだけ……」
「もうちょっと火に近づいたらどうだ?」
「だ、大丈夫です。これ以上火に近づいたらハルトに見えちゃいけないところが見えてしまいそうなので」
「そうか……」
とりあえず物干し竿に服を吊るし、体が冷えないように背中合わせで身を寄せ合いながら焚火で暖を取る。
ずぶぬれになった時、一人でこんな風に暖を取るというのは時たまあったけど、誰かと一緒にというのは初めてだからなんだか新鮮な気分だ。
確かに背に女子の柔肌の感触があって緊張するにはするが、誰かと一緒に居るというのが楽しくて、あまり女子と素肌をくっつけ合っているというのは気にならなくなっていた。
というよりも、気にならないようにしていた。そうじゃないと、どうにかなってしまいそうだったから。
メルバードの事を初心だなんだと言っているけど、俺も俺で女子と接した経験はあまりないからな。
「ありがとうございます」
「ん?」
「いえ、ボクを助けるためにわざわざ海に一緒に飛び込んでくれたことです。ハルトが来てくれなかったらボクは今こうして、ハルトと背を合わせているということもなかったでしょうから」
「そうだな。あれは俺も死ぬかと思った」
「下手すれば私たち共倒れでしたね」
はははと笑うメルバードだが、全く笑い事ではないんだが、無事にこうして生き延びれたことに安堵し、俺も思わず笑いが込み上げてくる。
あぁ、なんかいいな、この時間。
ユイやルリハとの時間も良いが、メルバードとは普段からバッチバチに言い合っている仲というのもあって気を使わなくていいというのが良い。
気が楽だ。
このリラックス効果は女子と裸でくっついているという緊張要素をいい感じに上書きしてくれる。
「ハルトと二人っきりになるのは初めてです」
「そういやそうだな。いつもユイかルリハのどちらかは必ず一緒に居たもんなぁ」
「ハルトはこの状況になって後悔してませんか?」
「何がだ?」
「いや、ボクを助けなければハルトはユイさんやルリハさんともっと一緒に居れたのに、と」
「はぁ……その話はもう辞めろって言っただろ……でも、後悔はしているかもしれない」
「そう……ですか。そ、そうですよね。ボクみたいなちんちくりんの身体を見たって面白くもなんともないですもんね」
「カリュブディスの野郎……次見かけたらただじゃ置かねぇぞ。さっきはしくじったが、次こそは絶対に討伐してやるからな、覚悟しておけ」
「あ、後悔ってそういう……」
逆にそれ以外に何があるのだろうか。
俺とあろう者がカリュブディス如きに逃げの一択となってしまったのは非常に悔しいのだ。
あの『豪拳』で倒せるかと思っていたんだが、意外と鱗の装甲が固く、ダメージが全然入らなかった。
でも、あれであいつの防御力というのがなんとなく理解できた。今度こそ俺のパンチで海の藻屑にしてやるから覚悟しておけよ。
「ボク、ハルトの事を誤解していました。ハルトって結構優しい人ですね」
「お前は俺のことを何だと思ってたんだよ」
「そうですねぇ……女子パーティーに紛れ込む異物でしょうか?」
「よし、今からお前をカリュブディスの居る水たまりに放り込んでやってもいいんだぞ」
「そんなことを言って、優しいハルトはしないですよね? むしろボクがそんなところに落ちそうになったら助けてくれるじゃないですか」
当たり前だ。お前も勇者パーティーの一員だからな。
「……ボク、姉が居るんです」
突然メルバードが語り出した。
「姉はフーズ・ユーシェンって言って、現賢者の一人です。姉は昔から魔法の天才で、学園卒業する前から超級魔法を使うことが出来るレベルだったそうです。まぁ、そんなことをしたら魔力回路が壊れる可能性があるので、やらなかったそうですが。ですけど、身内にそんな天才が居たので、ボクは常に姉と比べられていました。姉と比べたら成長が遅い、出来損ないって言われ続けたんです。学園卒業も姉よりも時間がかかってしまいました。ボクはどこまで行ってもフーズ・ユーシェンの劣化版なんです」
「そっか。大変だったんだな」
メルバードは別に劣等生であるとか、そんなことは決してない。
普通に飛び級で学園を卒業しているし、何だったら上級魔法だって複数使えている。充分にこいつも天才と呼べるレベルではある。
……姉が天才すぎるんだ。
俺も賢者だったころ、よく理解した。
賢者になれるような奴らは常軌を逸した天才――鬼才の持ち主なんだと。
努力で到達できるのは最高でもAランクまで。Sランクに到達できるのは一部の天才のみ。そこから賢者になれるのは更に限られる。
フーズとメルバードを比べるというのがそもそもの間違いだろう。
そんなことを言ったらほとんどの奴らが劣等生ということになる。
「思い知りました。魔法ではどう頑張っても姉には勝てないんです。だからボクは魔道具制作にのめり込みました。姉でも魔道具制作の才能は無かったようで、唯一ボクが姉に勝てるものだったんです。だから、ボクはこれを極めたいと考えました。みんな、ボクを見て評価しているように見えて、その実、姉しか見ていないんです。だから、ボクはこの技術でボクという存在をこの世に知らしめるんです。ボクを見ろって声を大にして行ってやるんです。そのためにボクは戦うんです」
魔道具技師としてフーズを超えるという宣言だ。
それは容易いことではない。だけど、メルバードの声、言葉には絶対にこの夢をかなえてみせるという気概を感じる。
力強い言葉だ。
そうか、だからメルバードはあまり魔法を使いたがらなかったのか。
魔法という分野ではフーズを超えることは出来ないから、どうにか魔道具で戦おうとした。だけど、メルバードもメルバードで魔法の才能の方が強いんだろう。
メルバードが魔法を使ったところを見て感心させられた。魔法をもっと極めれば今以上に戦えるようになるだろうと考えていた。
だけど、メルバードにとってはこの中途半端な才能というものは嫌いなものだったんだ。
この才能を持っていたとしても誰もメルバードの事を見てくれはしない。メルバードは本気でそう思っているから。
ちょっとムカついてきた。
「メルバード」
「へ? うひゃっ」
俺は振り返ってメルバードの肩をしっかりつかみ、こちらへ向かせる。
目をしっかりと見つめ、そして息を大きく吸って言い放った。
「少なくとも今のお前を俺は見ている。ユイも、ルリハもそれは同じなはずだ。よそ見なんてしない。姉、フーズがなんだ。お前はお前、フーズはフーズだ。俺が今見ているのはフーズの妹のメルバード・ユーシェンじゃない。魔道具を作るのが好きで、俺をすぐに煽ってきて、ちょっとおだてれば機嫌をよくするちょろい魔道具技師兼勇者パーティーサポーターのメルバード・ユーシェンだ。絶対に目を離さない。だから一緒にてっぺんを目指そう。勇者パーティーで、この冒険者という険しい山の頂を目指そう。メルバード・ユーシェン」
「あ、えと、その……」
俺の言葉を聞き、しどろもどろになるメルバード。
顔が朱に染まっていて、目がうるうると今にも泣きだしそうなくらいに濡れて揺れている。
うん、やっぱりメルバードとフーズは全く別の人物だというのがこうしてじっくり観察することでよくわかる。
ふわふわとしている癖のある緑髪、紅くどこまでも引き込まれそうな宝石のような瞳、ぷるぷるとしている潤っている桃色の唇。すべすべで手のひらに吸い付くような真っ白な肌。小さいが、確かにそこに存在している二つの――
「あ」
「その……そんなにじろじろと見ないでくれますか? ハルトの変態」
「あ、いや、悪い! 別に下心があったとか、そう言うわけじゃあ」
「わかっています。ハルトがボクを元気づけようとしてくれたこともちゃんと理解しています。だから、怒っていません。ですが、もしかすると怒ってしまうかもしれません」
「えっと、どうしたら許してくれるんだ?」
「許すっていうのとは違うと思いますが、ボクをずっと見ていてください。ボクがてっぺんにたどり着くその日までその目を離さないでいてください。ボクからの頼みはそれだけです」
「あぁ、もちろんだ。ずっと見ていてやる」
「ただ、今はその、見ないでくれると非常に助かります」
「え、あ、いや、すまん!」
俺は慌てて手を離し、目線を逸らした。
あまりに夢中だったからお互いに裸だったということを忘れてしまっていた。
それにしても、綺麗だった。すべすべであの肌はどれだけ触っていても飽きることはない。その感触が手のひらに残っている。
はぁ……これ、自爆したなぁ。この状況で色々我慢するって結構拷問だろ……。
その後は互いに裸を見合ってしまったということもあり、気まずくなりなって無言ながらも背中を合わせ、確かな存在を互いに確かめ合った。
それが案外心地よかったというのは秘密だ。




