5-16『巨水獣カリュブディス』
水の中に引き込んだことでメルバードに絡みついていた触手がほどけたため、俺は戦いやすいようにメルバードを小脇に抱え、ブレスレットのダイヤルを少し緩める。
ここには勇者パーティーの面々、特にルリハが居るから、こんなところで本気を介抱するわけにはいかない。
俺の髪色が白くならないギリギリまで開放して立ち向かう。
「がぼっがぼぼぼぼっ」
――と、その前に、このまま戦い続けていたらいずれメルバードが溺死してしまう。
そのため、俺は水中戦用の水中呼吸魔法『エアーズ』を俺とメルバードに発動。とりあえずこれで俺の魔力がある限り、水中でも呼吸が出来るし、話すことが出来る。
「ぷはぁっ。あ、しゃべれる。死ぬかと思いました……って、何ですかあれ、こわぁっ!?」
「あれは水巨獣カリュブディス。Cランクで最も凶悪な魔物だ。水の中に引き込まれたら最後、Sランクさえも殺してしまうことが出来るとんでもない奴だ」
「そ、そうなんですね……って、今ボクたち水中に居ますよね!? これまずいんじゃないですか!?」
「あぁ、めちゃくちゃまずい」
そんな会話をしている内にカリュブディスはそのブラックホールの様になんでも飲み込めてしまいそうなほど巨大な口を大きく開け、周囲の物を吸引し始めた。
その勢いで水流が出来上がり、水面には渦が出来上がる。
「うひゃああああ、す、吸い込まれますぅぅっ」
「しっかり捕まってろ! 『突風』」
とりあえず俺たちに向かって吸引の水流とは逆方向の突風を作り出すことによって強引に水流から抜け出そうと試みる。
だが、さすがはカリュブディスと言ったところだろうか。俺たちをそう簡単に逃がしてくれそうにもない。
「強いっ」
なんていう吸引力だ。『突風』の力を以てしても逃れることが出来ない。
むしろじりじりと吸い込まれて行っている――
「かくなる上は――『豪拳』」
暴力あるのみ。
水中であるがため、威力が格段に落ちてしまうが、俺の『豪拳』を舐めないでもらいたい。
威力が落ちるとはいえ、これは俺のメインウェポンだぞ。
「ぐがああああああああああああああああああああああ」
鼓膜が破壊されるかと思ってしまうほどの轟音が鳴り響いた。
カリュブディスの悲鳴であるということを認識するのには時間が三秒程度必要だった。だが、これによってカリュブディスは怯み、俺たちが動く隙が出来た。
これで――
「んなっ」
「は、ハルトハルト! 触手、触手がハルトの足に絡みついています!!」
基本、カリュブディスは自身の触手を相手を水中へ引きずり込むために使うものだ。こんな風に水中でも戦いで使うという話はあまり聞かないのだが――
「お前、ついに俺を強敵だと認めたっていうことだな!!」
「ゲガアアアアアアアアアアアアア」
「お前固すぎだろ! 水中とはいえ、俺のほぼ全力の『豪拳』だぞ!?」
もう一発『豪拳』をお見舞いし、海底へと落ちていくカリュブディス。
だが、俺の足を掴む触手はしっかりと俺を離さないと言いたげに掴み続けているため、今のでカリュブディスが死んだとは考えられない。
カリュブディスは死んだら触手は消滅してくれるはずだ。
鎧ほどの頑丈さがある鱗を纏っているにしたってあいつ、固すぎだろ。
前戦った時は水の外からというのもあったし使ったのが『破壊の一撃』だったというのもあるが、一撃で倒せたというのに、あいつぴんぴんしていやがる!
「は、ハルト。もしかしたら雷属性が効くかもしれませんよ? ほら、どこまで行っても相手は水の魔物なわけですし」
「あぁ、効くだろうな。だが、その場合俺たちも感電すると思うが――いいのか?」
「えっ」
「当たり前だろ。俺らも水中に居るんだから、海水は電気を通す。常識だ」
「そ、そうでした。どうしましょう!?」
とりあえず雷以外でどうにかやっつけるしかない。
この間習得した『烈火豪拳』はダメだ。火属性魔法は水中だとまともに効果を発揮しない。
『破壊の一撃』は……威力ゆえに巨大津波を引き起こし、ユイたちを危険に晒してしまう可能性があるからなるべく控えたいところ。
「ぐごぉぉぉっ」
「んなぁっ、『守護』」
気が付いたら背後から突進してきていた。そのまま俺たちを食べるつもりなのだろう。
俺は何とかバリアを張り、カリュブディスの侵攻を食い止めたが、俺の『守護』はルリハのものと比べると精度が落ちてしまう。
このままじゃ『守護』を食い破られるのも時間の問題だ。
やっぱり水中だとカリュブディスがあまりにも強すぎる。
どうしてあの巨体でこのスピードが出せるんだよ。生物としておかしいだろ!
「め、メルバード。な、なんでもいい。なんでもいいからカリュブディスをぶっ飛ばしてくれ!」
「な――なんでもって」
「あぁ、何でもいいからぶちかませ!」
「は、はい! 行きます――『極光』」
メルバードの手のひらから眩い光の玉が射出された、そう思った次の瞬間には辺りを目が開けられなくなってしまうほどの光が埋め尽くしていた。
それと同時に感じる凄まじい衝撃。そして、逆らえないほどの水流圧。
ただし、それはカリュブディスの吸引による影響ではない。
メルバードが放った上級魔法『極光』の爆風によって出来上がった水圧だった。
カリュブディスをとりあえずぶっ飛ばすことには成功した。今ので倒せたとはさすがに思っていないが、逃げるだけの時間を稼ぐことは出来ただろう。
あとはどうにかカリュブディスから姿を隠して時間を稼ぐ方法を――
そこで俺は海底に人は通れるが、カリュブディスほどの巨体では通り抜けることは不可能だろうという穴を発見した。
しかも、俺たちの身体はその穴に抜ける水流によって流されている。
これは一か八かにかけてあの穴に飛び込んでみるしかないだろう。
「メルバード、ちょっと我慢してくれ」
「え? ひゃっ」
ただ、さすがに小脇に抱えている状態では通り抜けるのは厳しそうだったため、俺はメルバードを抱きしめるような形で抱え込み、海底の穴の中へ飛び込んだ。
この穴の先には何があるのかはわからない。ひょっとしたらこの先は凶悪な魔物の住処となっていて殺されてしまうのかもしれない。
それはその時考えればいい。今はとにかくあのカリュブディスから逃げることが最優先だ。




