5-15『恐れていたこと』
第六層。
この下はセーフティーエリアとなっていて、今日はそこで一晩を明かすつもりだ。
だから今日の探索は後もう少し。この層を突破することさえ出来れば休むことが出来る。だが、だからといって油断は禁物だ。
統計的にもセーフティーエリア前の層での死亡率が一番高いんだ。
どうやらセーフティーエリアを前にすると浮き足立ち、足下を掬われるというパターンが非情に多いらしい。
ユイも水分を補給して動けるように放ったものの、全然万全状態じゃないから、俺たちでカバーしつつ、早くセーフティーエリアに行って休ませたい。
「ユイ、大丈夫? もう少し歩ける?」
「ルリハちゃんは心配性ですね。大丈夫ですよ、全然戦えます」
本人はそう言っているけど、無理はさせないに越したことはないだろう。
俺はあまりここまで戦いには参加しないようにしていたが、ちょっとは俺もしっかり戦ったほうが良いかもしれない。
それにしても、下に降りてきたからか、この辺は一段と魔素が濃いように感じる。
水面が魔素の影響を受けて薄紫色に変色してしまっているほどだ。魔王領にあってもおかしくないと思ってしまうほどに不気味な海となってしまっている。
みんな強くなって魔素の影響を受けにくくなっているだけであって、Cランクとなったら本当は結構魔素が濃いダンジョンだからな。
流石に魔人程の魔素は出ていないが、本当にDランク以下の実力の冒険者だったら体調を崩してしまいかねない。
「この層は問題なく突破できそうですね。ユイさんが体調を崩してしまいましたが、これなら安心してセーフティーエリアまで行けそうです」
魔物探知機なるものを使って索敵しているメルバードがそう呟いた。
「そうなのか?」
「はい、だって見てください! この周辺に魔物の気配はありませんから!」
そう言って探知機の画面を見せてきたメルバード。
確かに、探知機には魔物の反応が少ない。少数の魔物が水中を泳いでいるくらいだ。
この魔素量にしては魔物が少ない。
基本的に魔素というものは魔物のエネルギー源だ。そのため、魔素が多くある場所を魔物は好み、生息数が魔素量に比例すると言われている。
だから、魔素が濃い場所には多くの魔物が生息している。
さらに、魔素が多い場所に生息している魔物は低ランクの魔物でも強くなりやすい。
少数の魔物でも警戒しなければいけないのだが――これは明らかに少なすぎじゃね?
――これはマズイ。
そう気がついたときにはもう既に遅かった。
本当ならばこのエリアを見たその時に、引き返すべきだったんだ。
Cランク、されどCランクだ。陸上の魔物よりも水中の魔物は同じランクでもその脅威度というのは圧倒的に違う。
Aランクの冒険者だって水中のCランクの魔物にやられることも少なくない。
「全員警戒体勢! 一瞬たりとも気を抜くな! 気を抜いたら死ぬぞ!」
「え、ど、どうしたんですか!?」
突如周囲が闇に包まれたかのように光が消滅した。まるで夜のように薄暗く、周囲の景色が視認しにくい。
ダメだ。この状態からだと逃げられない。
――俺たちは既にロックオンされている。
「グレイフィッシュです! 五匹位見えます!」
「水中だと私の火魔法が効きくいのよね……」
そんな事を言っている場合じゃない、グレイフィッシュ如きに集中を割いている場合じゃない。
奴が――来る。
その直後、突然水面が山のように盛り上がったかと思いきや――そこから巨大な竜巻が出現。水が渦を為して周囲の物を魔物もろともまとめて吸い込んでいってしまった。
もちろん、俺たちへ向かってきていたグレイフィッシュも例外じゃなく、必死に水流に逆らって泳ごうとしていたが、力及ばずそのまま水の中へ引きずり込まれていってしまった。
「な、なんですかあれっ。あ、明らかに尋常じゃないくらい巨大な魚影が見えますよ!?」
ひゃわわ〜という悲鳴を上げながら近くに居た俺の腕にしがみついてくるメルバード。
あいつは明らかにCランク以上の実力を持っていながらCランクと定義されているCランクの中で最強の魔物だ。
Cランクダンジョン以上の水辺で出現し、近くに居るモノを全てあの吸引力で丸呑みしてしまう超巨大な魔物。
Cランクの冒険者が遭遇したら一目散に逃げろと言われるほどに脅威な魔物。挑んだら死あるのみだ。
そんな風に警戒しつつ海の方へ視線を向けていると、とうとう奴が攻撃を仕掛けてきた。
水中から大量の触手が飛び出してきて、こちらへと伸びてくる。明らかに自分の得意なフィールドへ、水中へ引きずり込もうとしてきている。
水中に引きずり込まれたらSランク冒険者ですら命を落としかねない。それほどに水中はやつの独壇場だ。
「お前ら絶対に触手に捕まるなぁっ!」
「ちょ、た、助けてくださいぃぃぃっ!」
「あ、ちょ、バカッ!」
時既に遅し。
メルバードの足に既に触手が絡みついていた。それを皮切りにメルバードを引きずり込もうと何本もの触手が手足胴体に絡みつき、凄まじい力で海へと引きずり込んでいく。
ユイたちは大丈夫そうだ。ユイが万全じゃないながらも必死に触手を切り落として凌いでいる。
あの調子ならばあっちは任せておいても問題なさそうだ。問題なのはメルバードだ。
こいつ、爆発系魔法ばかり覚えているからこういう物量で押し切られた時に弱いんだ。
「くそっ」
こんなところで死なせるわけにはいかない。
勇者パーティーがダンジョン探索中に死者を出したとかなったら目も当てられないからな。
「メルちゃん!」
「俺に任せろ!」
引きずり込まれようとしているメルバードに捕まり、俺も一緒に水中へと引きずり込まれていく。
流石に俺もこの量の触手を一瞬で破壊するのは無理だ。ならば、本体を叩くのが一番いい。
俺たちが食われる前に本体、巨水獣――カリュブディスを倒す。それしか無い。
俺たちの何十倍もデカく、体表には鎧のように硬い鱗を纏っている。そしてあの超巨大でブラックホールの様な口で渦を作り出し、何でもかんでも飲み込んでしまう。
水中へ引きずり込まれた俺たちをギョロっとした巨大な目玉が睨みつけてくる。
やっべぇ。いつもは水の外から殴りつけて叩き潰して倒してたからあまり気にしていなかったが、水中に引き込まれて間近で見ると迫力がえげつない。
あのでっけぇでっけぇ口に今にも飲み込まれてしまいそうという緊迫感がある。
ここでミスをしたら死ぬのは俺だけじゃない。間違いなくメルバードまで死んでしまう。
俺一人が死ぬならまだしも、俺のミスで誰かが死ぬのは我慢ならない。真剣にやるか。




