5-14『勇者の最大の敵は熱中症でした』
――第五層、引き続き海エリア。
さっきまでの魔物を見てきたからだろう。
もう誰も浮かれた様子ではなく、真剣に水面を観察し、攻撃が飛んでこないか警戒していた。
ただ、心配はそんなにいらないだろう。さっきのように水へ不用意に近づいたりしたらマズイかもしれないが、基本的に水中の魔物は陸では行動できない。
だから、普通に陸を歩いている分にはそんなに攻撃してくる魔物は居ないだろう。だから、このエリアはある意味で休憩ゾーンだったりする。
でも警戒するに越したことがないのは事実だ。
俺が警戒しているあいつが居ないとも限らないしな。まぁ、このエリアにはあいつじゃない魔物も多く存在しているみたいだし、あれは居なさそうではあるんだが。
見た所、陸を歩いている俺たちにわざわざ飛びかかろうとしてきている魔物も居ない様子。
このまま何事もなく次のエリアに行くことが出来れば良いんだが――
「げひゃっ」
「げひゃひゃっ」
「魔物だ」
「え、あ、はい!」
「ユイ?」
水面から俺たちの正面に飛び出してきた魔物――水陸両用のリザードマンだ。
トカゲなどと同じ生態を持っていることから、水中でも難なく行動することが出来、なおかつ足を持っていることから陸での活動もできる。
ただし、あまり外に居すぎると皮膚が乾いて鈍くなるという弱点がある。
――にしてもどうしたんだ?
いつもだったら魔物が出てきたら直ぐに反応するはずのユイが少し反応遅かった。俺が声をかけてハッとした様子だったが、大丈夫なのか?
「行きます!」
陸へ上がってきたのが運の尽きと言ったところだろう。
魔人と二回も戦ってきたユイにとってCランクの魔物くらいでは恐れることはない。風を纏い、勢いをつけたユイの剣を止められる魔物はCランクにそうは居ないだろう。
リザードマンは両手に薙刀を手にして、ユイの攻撃を受け止めようとする――だが、ユイの速度の前に、それは止まっているようなものと同じだった。
「『迅』っ」
一瞬聞こえた風を切る音。それと同時にリザードマンの首と胴は泣き分かれることとなった。
本来はそれなりに強いはずのリザードマンだが、やはりユイの相手にはならなかったらしい。というか、Cランクだったらほとんど俺の手助けなんて必要とすることはなく、三人だけでも全然踏破出来るレベルだろう。
メルバードみたいに変にはしゃぐことが無ければ負けることはそうそう無いはずだ。
だが、どうにもユイの様子がおかしいのが気になる。
「はぁ……はぁ……」
「ゆ、ユイ、大丈夫?」
「るり、はちゃん……みず、ちょうだい」
「え、」
懇願するようにルリハへ手を伸ばしたユイ。その直後、ユイは膝から崩れ落ち、砂浜に倒れ込んでしまった。
くそっ、なんで気が付かなかったんだ。
そうだ、このエリアは海。森などとは違って強い日差しが常に降り注いできている。そのため、気温はかなり高いものとなっている。
魔法使いのルリハやメルバードは基本前線に出ることはないから鎧なども軽装なんだが、ユイは前衛ということもあって魔物の攻撃から身を守るため、鎧を厚着している。
そんな状態でこの暑さに当てられたらそりゃ熱中症にもなってしまうだろう。
「ルリハ、ユイの口を開けてくれ」
「分かったわ」
あまり強すぎるとユイの弱った体にとどめを刺しかねないからな。いつも以上に慎重に、弱ければそれはそれで大丈夫。
そんな意識で俺はユイの口に手をかざし、そして――
「飲んでくれ『ウォーターショット』」
勢いのある出力じゃない。蛇口程度の出力で水を射出。それをユイに飲ませる。
一応攻撃魔法だが、煮沸など面倒な手順も踏まずに飲水に使えるほど綺麗な水だ。冒険者の緊急時の水分補給としては優秀。
「よし、あとはルリハ、この水袋を少しずつ飲ませておいてくれ」
「えぇ、ありがとう」
『ストレージ』から水がたっぷり入った水袋を取り出し、ルリハに手渡すと、ルリハはそれを少しずつユイに飲ませ始めた。
ちゃんと喉が動いているし、飲めているようで何よりだ。
俺は何をやっているんだろうか。
仲間の体調変化にも気がつけず、何がサポーターだ。こんな俺のミスで大切な仲間を失ってしまうところだった。
「確かに暑いですねぇ。ハルトは大丈夫なんですか?」
「俺?」
「はい。ハルトも結構厚着ですよね? ボクも暑くて暑くて……」
「そうか? ……いや、そうか」
確かにユイは厚着だから一番に体調を崩すのは分からなくもないが、厚着度合いで言ったらユイの次に俺の方が厚着をしていると言っても過言ではない。
だと言うのに、俺は現在全然暑いと感じていない。だからこそ俺はユイの熱中症に気がつくのが遅れたんだ。
じゃあ、なんで厚着をしている俺が全然暑いと感じていないのか……これは慣れとかそういう問題でもない。
「魔力っ」
そうだ、俺は魔力耐性が高いから魔法攻撃の影響を受けにくいんだ。対してユイは魔法主体で戦うルリハやメルバードよりも魔力に対する体制が低い。
つまり――ユイの熱中症は魔法による影響!?
気がついた瞬間、俺は弾かれるようにして太陽へと目を向けた。
眩しく、ずっと目を開けているのは難しいのだが、見た瞬間に納得してしまった。
――太陽に目と口が存在していた。つまり、あれは魔物だ。
「マルソルだ。走るぞ!」
「分かったわ」
「ちょ、待ってくださいぃぃぃっ」
俺はユイを担ぐと走り出す。
あれはマルソルという太陽に擬態する魔物。太陽と同じ様に熱を発するが、流石に太陽ほどの熱にはならない。
だが、近くで魔力質の熱を発してくるため、魔力耐性が低い人は熱にやられ、そのまま殺されてしまうこともなくはない。
しかも、あいつは浮いていることから倒すのが本当に面倒だ。関わるだけ魔力の無駄、体力の無駄だから、関わらないに越したことはない。
ちなみにあいつは一部地域では珍味として喜ばれるほどの味ではある。煮付けが結構美味かったイメージだ。体内には人体に害を為す程の魔素は含まれていないから、特に気にせずに食うことが出来るのもデカい。
ただ、今ここでやり合うのはリスクとリターンが合わない。
だから逃げるっ!
――でも、やらないとも言っていない。
「おいおい、そんなに俺たちに着いてきて大丈夫か? マルソルさんよぉ」
「ごうっ?」
俺たちが逃げ出したことで調子に乗ったのだろう。俺たちを追って丁度俺が攻撃しやすいくらいにまで近づいてきてくれた。
自分がおびき出されているというのも知らずに。
あの距離だったら攻撃を外して魔力の無駄遣いをしてしまう可能性が高かったが、この距離なら外すことはない。
「お前、水、苦手だよなぁっ!」
「うごごごごごごごごっ」
「今更逃げようとしても、そこは俺の射程範囲内だ」
俺が反撃に出ようとしていると分かるやいなや、俺から全力で逃げようとするマルソル。
でも、そんな事、俺が許すはずがないだろう。お前のせいで、今俺の仲間は苦しんでるんだよっ!
「『水天槍牙』」
手の中に水の槍を作り出し、それをマルソルへと投げつける。
それはエイフィル程の威力には至らないが、それでも火の魔物であるマルソルを撃破するのには充分過ぎる威力。
『水天槍牙』を受けたマルソルは一瞬で蒸発するようにしてしぼみ、小さなきのみの様な形状となってしまった。
――討伐完了だ。




