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7.〈秩序統制機関〉――再送還

 

 ◎


 ――閃光に目が眩み、反射で瞳を閉じる。

 幾つかの真紅の流星が俺の周りに降り注いだ、そこまでは目視できた。どこか懐かしさを感じる、温く、優しい灯りだった。


「――!」


 目を開いた先には三人が立っていた。

 一瞬、鮮血が人の形を象ったのかと思った。少女は大剣を地面に突き刺し、戦場に相応しくない絢爛豪華なドレスを纏う。その後ろ姿を見るのは二度目。何度見ても見惚れる程に美しい。


 ――〈秩序統制機関〉戦闘局第一席、エース。

 真紅に染まった長髪は火炎さえ掠めて発色する。


 もう一人は――槍のような流線のバイクに跨った青色の麗人。こちらも機関の制服の装いから一転、アーマーが装着されたスリムなレーサースーツ。頭部を包み込むバイザーの端は鳥の羽を模したデザインになっている。


 ――戦闘局第二席、バスター。

 精悍な顔つきからは感情は読み取れないが、何にせよ恰好が良過ぎだ。男だったら惚れていた。


 三人目は知らない。丁度、正面に立っているため顔は見えないが他二人と比べて小柄だ。黄色の長髪をアニメみたいな大きなリボンで一本に結んでいる。子供らしいが後ろ姿、にも関わらずその背中はエースやバスター以上に自信に満ち溢れている。

 自信のありかは、両肩に載っている身の丈に合わない超巨大砲台か。バランスのためか、背中や足下にはスラスターが装着されている。

 恐らく、彼女も戦闘局所属なのだろう。


「世界を守るための組織――……」


 恐怖の巨人――黒鬼は三人を殺意を込めて見下ろした。今にも動き出そうと巨腕に力が込められている。

 これから戦いが始まる――そうなれば俺はもう傍観するだけの存在。その結果がどんなに残酷なものでも、受け入れるしかない。


 だから、もう休ませてくれ――疲弊した精神をこれ以上保つことはできそうにない。

 遺跡の時と同じように瞳を閉じる。鳴り響く爆音が徐々に遠のき、意識は深くへ沈んで行く。









 ――ぼんやり、と途切れた記憶が再開されたのは一体何時間振りなのだろう。茫洋とした意識の中、紡がれる思考の速度は鈍い。長い間、眠っていた自覚はあるのに、まだ眠り足りないような矛盾した感覚に襲われた。

 ここが以前、滞在したことのある〈秩序統制機関〉の一室と気づくのにも相当時間を要した。

 どうやら気を失っている間に再送還されたみたいだ。


 すぅすぅ――と、寝息が聞こえて来る。

 どうしたことだろう、目覚めているのに寝息が止まない。

 それもそうだ――ベッドに横になっていたのは俺一人ではなのだから。

 俺を挟むように、二人の少女が寝息を立てていた。


「…………」


 水色の髪をツーサイドにした小さな娘――。

 黄色の髪をポニーテールにした小さな娘――。

 安らかに、可愛らしく寝息を立てているところを見ると声を掛けるのが憚られる。

 ポニーテールの方は一度会ったことがある。今は亡き〈名無し村〉で黒鬼に立ち塞がってくれた双砲の少女だ。

 こうして生きているということは黒鬼を倒した、と思って良いのか。


「…………」


 運良く生き残った――心底死ななくて良かった、と思う。だが、これから先のことが考えられない。俺は何をすれば良いのだろう。自分が何を考えて生きていたのか思い出せない。

 目の前の出来事が全て夢か物語だったように錯覚している。

 何もかもが自分ことのように思えなくなっていた。

 あまりにもショッキングなことが起きて精神が平常を取り戻せていない。自分自身を客観的に分析できている、という事実が異常なのだろう。


 すると、右手側で眠っていた水色髪の少女が〈ふにぁあ〉と起き上がる。しょぼしょぼ、とした垂れ目で左右を見回す。俺を不思議そうな目で捉えるものの、まだ寝ぼけているのか〈ふにぁあ〉と欠伸をした。

 猫みたいだ。もしかすれば、天使かもしれない。

 数分間、意味もなく俺達は見詰め合った後、少女の瞳がはっきりと見開かれた。


「あ、あれ? ――ふにゃ! 起きてたの!?」


 お手本のように縦に飛び上がると顔を真っ赤にしてベッドから飛び降りた。


「もうっ、起きてたなら言ってよぉ! びっくりしたじゃんか!」


 恥ずかしさを精一杯怒りに変換しているようだが、とても可愛い。ただ、謂れのない言い掛かりである。こちらは声を掛ける暇もなく逃げられただけ。

 うんうん、と頷いて少女を宥める。


「もしかして、声出ないの?」


 出ない、と言うか出す気力がないだけ、と言うか。声を出すのも億劫なのは間違いない。返答は首肯になる。

 途端に神妙な面持ちを浮かべ、手を握って来る。柔らかく、温かく、小さな掌だった。


「うん……それだけ衝撃的な出来事だったんだね。無理して喋ろうとしなくて良いからね。今は心を休めることを考えよう」


 幼い顔付きなのに年上のお姉さんのような包容力を見せてくる。頭がバグりそうだ。手を振り払おうとは微塵も思えなかった。

 人肌を堪能していると左側で眠っていた少女が目覚めた。寝惚けているらしくヤジロベーのように左右に揺れている。


「うぅん……あー、うーん……」

「おはよう、クレセント」


 この黄髪の少女の名前は――クレセント、と言うらしい。

 クレセントは水色髪の少女に挨拶されふと大きく目を開き、すぐさま破顔した。向日葵が咲くような眩しい笑みだ。


「おはよー、エクス――って、あれ? この人起きてんじゃん! わあ、おっはよー! 男の人! 元気?」

「…………」


 パワフルだ、とても寝起きのようには見えない。圧倒されて狼狽えてしまう、というか普通に引いている。

 メンタルが万全の状態だったとしても、テンションに着いて行ける気がしない。


「あれ? 元気ない? どこか痛いの?」

「病み上がりなんだから変なテンションで絡んだらダメなの。ちょっと落ち着きなよ」

「本当だ、よく見たら凄い鬱屈とした顔じゃん」

「クレセント!」


 あけすけな奴――と、言うよりも思ったことがすぐ口に出てしまう馬鹿という印象。数分接しただけでも知性が欠けていることが察せられた。でも、元気で可愛い女の子だから何でも許すけども。


「あれぇ? 全然喋らないね、喉潰れてるのかな?」


 身を乗り出して来たクレセントが俺の頬を抓ってくる。

 ご褒美タイムだと思ったのも束の間、凄まじい力が掛かり、激痛に苛まれた。肉を引き千切らんばかりの膂力だ。

 対面のエクスがぷんぷん、と喚く。


「この人はショックで声が出せなくなちゃったから無理矢理喋らそうとしちゃダメなの!」

「そうなの? もしかして〈汚言症〉、って奴?」

「〈失語症〉!」

「大変だったんだね。でも、これじゃあ仲良くできないじゃん。まだ名前も知らないのに」


 エクスの訂正を聞いている様子はない。ただ純粋で馬鹿なだけで根は優しい人物なのだと思う。仲良くなりたい、という言葉に微塵の嘘もないのだろう。

 だが、性格が徹底的に相容れない。


「エクスはこの人の名前知ってる?」

「え……直接聞いた訳じゃなくてバスターから聞いたんだけど……放浪者、って名前なんだって」

「ホーローシャ?」

「らしいけど……」

「そうなんだ。よろしくね、ホーローシャ君!」


 エクスやバスターには信じてもらえず、フィエリアには笑われた名前。なのに、クレセントには普通に受け入れられてしまった。

 大して気に入っていない名前なのに何故か嬉しい。純粋無垢な笑みには全人類が負ける。


 馬鹿は救いようはないが、子供やペットだと思えば可愛いもの。再定義してみれば自然とクレセントを愛しく思える。

 愛でるようにクレセントの頭を撫でてみた。

 初めは困惑していたものの、やがて俺に身を委ねて来た。嬉しそうに〈ふふふ〉と漏らしている。

 ペットセラピーとはこういうものか――。


「…………」


 堪能している俺にジト目向けてくるエクス。

 何ですか? 別に疚しいことはしてませんが?

 考えなしに、手持ち無沙汰な左手をエクスの頭に乗せてみた。視線を伏せたものの、抵抗がなかったのでそのまま撫でてみる。

 相当恥ずかしいようで、頬どころか耳まで真っ赤になった。得も言われぬ感情が胸を突く。何だこのを可愛い生き物は――。


 右にも左にも小動物みたいな美少女。

 もう本当に俺は何をやっているんだろう。自分がどこに行くのか想像がつかない。


 ――扉が開き、赤髪の少女が部屋に踏み込んで来た。


「……何やってるの?」

「エースだ。ほら、ホーローシャさん起きたよ」

「え、エース!? これは違くてっ……!」


 疚しいことと思っていたのはエクスだけだった。エースが入って来た瞬間に容赦なく手を弾かれた。人様に見せるものではないのは確かだが、ここまで慌てると逆に怪しいだろう。

 クレセントは愛情表現の一種とでも思っていそうだ。


「久し振り、ようやく起きたわね。かれこれ二日は寝てたけど、自覚はある?」


 ぶんぶん、と首を横に振る。

 二日も寝ていたのか。まずいな、話を聞いた途端に死ぬほど喉が乾いてきたし、腹も減ってきた。ついでに尿意も押し寄せて来る。

 大袈裟なジェスチャーに眉根を寄せるエースに、すかさずエクスが割り込んだ。


「エース、放浪者さんはショックで声が出なくなってるみたい」

「そうなの? 立て続けにあんなことがあれば無理もないね……話を聞くのはまたしばらく先か。後で筆談ができるかも確かめてみないと」

「それが良いかもね」

「ジェットが食事の準備してるから後でムーンに届けさせるわ。それまでゆっくりしててね」


 相変わらず忙しいのか要件だけ伝えてエースは部屋を出ていった。起きているかもわからないに来てくれたのか。エースの献身には頭が上がらない。


「ムーンが来る前に検診終わらせなくちゃね」


 ごほん、と咳払いしてエクスが身を乗り出して、俺の瞳を覗き込んで来た。反射的に顔を逸らす。


「こら、こっち向いて。怪我はなくても内側はちゃんと調べないとわからないから」


 先生みたいなこと言って、頬を掴んで半ば無理矢理顔を突き合わせる。幼くも、作り物みたいに綺麗な顔の造型をしている。透き通るような空色の瞳に意識が吸い込まれそうになる。


「充血はしてないね。顔色が悪いのは栄養が足りないからかな。熱もないからしばらく休めば体調も良くなりそうだね」


 お腹や首筋を軽く触られたり、本格的な診断をされた。エクスは医学に精通しているのかもしれない。

 診断が終わるとずい、とクレセントが顔を寄せた。呼応してこちらは身を引く。


「良かったよ。ずっと起きなかったから心配したんだよ? 声が出るようになったらいっぱいお話しようね、楽しみにしてるから」


 子どものように手を振ってクレセントは扉の先へ消えた。

 残されたエクスも目的は達した、とばかりに立ち上がる。


「体調が悪くなったりしたら誰でも良いからすぐに言ってね。これでも医療局第一席だから、何でも治すよ!」


 滲み出る可愛さは隠し切れていないものの、力強い宣言だった。天使のような先生に治されるなら体調なんか悪くても良いかもしれない。


 エクスが帰ると、騒がしかったのが嘘みたいに静寂に包まれた。何もかもがなかったことになる、そんな錯覚に襲われる。

 全て現実なのにスクリーンの向こう側にいるみたいだ。

 どこからが夢で、どこからが現実なのか認識できない。黒鬼に殺された気さえする。


 どうやら俺は狂っているみたいだ。


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