5.〈避難民キャンプ〉――青少年の集い
◎
――近未来研究所から追い出され、突如として田舎生活が始まった。
村に住むことになって初めに任されたのは力仕事だった。当然と言えば当然、村は発展途上、まともなインフラも成立していない。原始的な生活から抜け出せていない以上、男が力仕事をするのは必然だ。
ただ、俺は一般高校生の平均以下の身体能力しかなかった。はっきり言って、力仕事は向いていない。だが、生きるためには労働しなくてはならないのは世の常。
「故に地獄……」
「――お疲れ様」
労働と労働の間隙、五体を投げ出して空を拝んでいた俺を覗き込んで来たのは村娘――ハルだ。生活に慣れない俺に何かと構ってくれる同年代の可愛らしい少女である。
表には出してないが実は苦手だったりする。
「ハルこそ、お疲れ。糸を編んでるんだっけ?」
「今日は畑の仕事と家畜のお世話」
「大変だな」
「放浪者君も毎日毎日頑張ってるじゃん」
無垢な笑顔が筋肉痛に効く。今日の仕事は木材運びだった。加工された木を担いで運ぶ、というザ・力仕事。今日は気温も高く、体力だけではなく精神力まで削られる。
労働環境は時代観通り、朝早くから働き始めて夕方には終わるという至って健康的なもの。下手なホワイト企業より優遇はされている。
ただ、俺の性に合っていないのが非常に残念だ。
事務でも何でも良いから頭脳労働させてくれ。
「――何が頑張ってるだよ、オレの半分しか働いてねぇだろ」
突然、俺にディスを投げ掛けて来たのは村の少年――ヘクトだ。俺と同じく、木材運びを任せられている。俺より二個年下だと言うのに、上背があり、比例した身体能力を有している。俺の倍働いていることから、よく俺のことを馬鹿にしたり揶揄したりしてくる。
「ヘクト、そんな言い方しちゃ駄目でしょ!」
「うるせぇよ、ハルは黙っとけ。これは男の問題なんだよ」
「全くもうっ――!」
ハルとヘクトは元々同じ村に住んでいた幼馴染らしい。魔物によって故郷を滅ぼされ、生き残った人達で宛もなく歩いていたところで〈名無し村〉に辿り着いたらしい。
数少ない同世代ということもあり交流ができた。
俺の見たところ、二人はなかなか香ばしい関係である。どちらも思春期真っ盛り、ということもあり表面的には仲は良くない。
「俺は気にしてないから大丈夫だよ」
「でも、あんな言い方しなくても! 放浪者君はまだ村に慣れてないのに」
「ハルはこいつの肩を持つのかよ?」
「肩を持つ、とかそう言う話じゃないでしょ!」
「ったく、うるせぇな」
この一見険悪なムード、不味い展開に思えるが〈てぇてぇ〉の蕾です。ヒートアップして、喧嘩して、しばらく口を聞かなくなるけど歩み寄って仲直りする――俺にはそこまで見えている。ビッグイベントが目の前で、それも俺を切っ掛けに起きるなんて世の中何があるかわからないものだ。
「放浪者君は皆に気を遣って仕事してるよ、ヘクトも放浪者君のこと見習って仕事しなよ!」
「は!? どうしてオレがこんな奴を見習うんだよ? 体良くサボろうとしてるだろうが」
「そんなことないから! 放浪者君の方がしっかりしてるよ!」
「っ、どうしてこんな奴を――!」
放置していたら大変なことになってきた。
ハルが俺の肩を持つと、ヘクトのヘイトが上がるシステムか。二人の喧嘩なら良かったが、俺が責められるようになるのは困る。起き上がって仲裁を試みる。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。不毛な争いは子供のすることですよ」
子供扱いすれば思春期は黙る――これは短い人生経験で学んだことの一つ。俺の得意技は人を言葉で馬鹿にすることだ。そんなこともあり、餓鬼に馬鹿にされても微塵も気にならない。
「自分が軟弱という自覚はあるよ。でも、不思議なことに給料は同じなんだよなぁ」
チッ――と舌打ちしたヘクト君はずかずか、とここから去って行った。
「あれくらいは言わせてもらうよ……さて、ハルにも心配掛けたな、問題ないから気にしなくて良いよ」
「それなら良いんだけど、辛かったら言ってね」
「ありがとう」
慈愛が身に沁みる。どうしてこうも好感度が高いのかわからないのだけが怖い。接点と言えば、初日に荷運び中に転んで果物をぶちまけていたところを手伝ったことくらいで大した縁もないのに。悪い気はしないが、利害関係があった方がまだマシだ。
――そんなこんなで、同世代と交友関係を築きつつ〈名無し村〉での生活も一ヶ月程が経った。
序盤に感じていた文明レベルの低さによるストレスも、今や適応してしまった。〈慣れ、って怖くね〉を自ら実感している。
起きたら朝飯食って労働、休憩してまた労働、晩飯食って就寝――そんな代わり映えのしない日々がひたすら続いた。
家の新設を手伝って、ハルに労われ、ヘクトに馬鹿にされる毎日。〈無限ループ、って怖くね〉をそろそろ実感しそうだ。
日が落ちると共に労働時間が終わりを告げ、労働者達は帰宅するか、酒場や食事処に集まる。俺も例に漏れず、銅貨を支払って味の薄い料理を頂く、というのが常道だったが今日は違った。
ハルが袖を掴んで来た。
「放浪者君、晩御飯決まってなかったら一緒に食べようよ」
「…………」
様々な可能性が脳裏を過ったものの、断る理由はなかったので首肯してハルの自宅にお邪魔させてもらう。ハルには八歳のリル――という名の妹がいて二人暮らしをしている。母親代わりに育児しているらしい。素直に尊敬するし、同情もしている。
「あれ、妹さんは?」
「――……今日は友達の家に泊まるんだって」
まさかの一つ屋根の下二人きりという状況――。
心の準備が全くできていない。
いや、何の準備もする必要はないけどな。有り難く晩御飯を頂くだけだ。どんな味であれ〈美味い〉と言えば良い。
とは言ったものの、俺が意識しなくとも、あちらが意識していたら意味がない訳で。
ハルは明らかにいつも通りではなかった。頬はいつもより朱色に染まっているし、いつもならあちらから話し掛けてくれるのに無言の時間が続いている。
異世界の、田舎村の恋愛観というものをいまいち理解していないのだが、晩御飯を食べに女性の家に行くことに意味は生じるのか――。
嫌な予感がしてきた。これはあれだ、例えるなら〈今日の夜は一緒に居たい〉の捉え方の違いだ。
「何にせよ答えは決まってるな――」
答えが決まっているのなら心の準備も終わっている。俺はできるだけいつも通りに過ごせば良い、それが最善だ。
普段から家事をしているハルの調理姿は堂に入っていた。蛸のような触手が飛び出ることなくテキパキと工程が進んで行く。振る舞われたのは一般的な異世界流家庭料理――俺の知識で例えるなら塩味のあるバターパンと、スープである。その他、野菜系の何か。
「頂きます」と声を合わせ、食事を開始する。そう言えば、しばらく箸を使っていない。指が上手く動くか心配になって来た、仕事の合間に木の棒で練習しよう。
馬鹿舌に定評がある俺には大抵のものは美味い、と結論付けがちだ。ハルの料理は美味いの範疇に入っている。手は止まらなかった。
「――ご馳走様でした、美味しかったよ」
「良かったぁ、口に合わなかったらどうしようかと思ったよ」
腹も膨れたからか、ようやくいつものような笑みが戻って来た。やっぱり、ハルには笑顔が一番似合う。
いや、ハルだけではなくて一般論だが。
料理を振る舞ってくれからには片付けくらいするのが筋だ。皿を持って立ち上がると、ハルが〈えっ〉と目を丸くした。
「何してるの?」
「何、って皿洗いしようかと」
「え、私がするのに」
「手伝おうと思ってたんだけど……」
「家事は女の仕事だよ」
「そういう詰まらない価値観は嫌いなんだよ。立場とか風潮とか」
女性は家事をすべきとか、男性は働くべきとか――ムカついてムカついて仕方ない。風潮を受容する世界にも、抵抗せずに受け入れる人間にも嫌悪感を抱かざるを得ない。
ハルがそう思い込んでいるのは異世界だからではない、時代観の問題。
「思うところもあるだろうけど、今回は諦めて一緒に片付けよう。悪いな」
「謝ることなんてないよ……ただ、嬉しくて……」
「そう思ってくれるなら良かったよ」
二人並んで食器洗いに勤しんだ。ハルが無性に楽しそうにしている姿が、正しい選択ができた、と思わせてくれた。
家事を終えた後は白湯を片手に一段落する。温まってチルタイムにしたかったが、ハルの緊張が伝染して落ち着かない。
〈話したいことがあるんだろう〉と尋ねるのは簡単だ。だが、心の準備ができていない内に訊くのはどうなのか。俺はいつまで待つことになるのか。
沈黙を破ったのはノック音だった。焦ったように、はい、と立ち上がってハルは扉を開く。
来客か――疚しいことは何もないのに反射的に机の下に潜り込んでしまう。耳を澄まして様子を窺う。
「――おい、ハル。リルがそこら辺ほっつき歩いてたぞ大丈夫なのかよ?」
ヘクト君の声、生意気な口調だが妹さんの心配をしていた。根は良い奴なんよな。
「今日は友達の家に泊まる、って言ってたから大丈夫だよ。少しはしゃいでるだけだよ」
「……じゃあ、今日一人なのか?」
一体何を考えて出た質問なのかな。
「そうだけど、それが何?」
ハルの返答はだいぶ刺々しい。ヘクト君とはあまり上手く行っていないから仕方ないが、言われた方はなかなかにショックを受けるものだ。
たじろいでいるヘクト君の姿が容易に想像できる。
「――……そうかよ」
一段低いトーンで、少し投げやりに言った。続いて、扉が閉まる音がした。机から顔を出すと丁度、ハルが戻って来たところだった。
うーん、表情が暗い。タイミングが悪かったな、ヘクト君の好感度だだ下がりだ。
白湯はすっかり冷めてしまった、俺のもハルのも――。
「ハル……」
「ん?」
「言いたいことがあるなら一思いに言って良いよ。決して馬鹿にしないから」
「っ、もしかして放浪者君……気づい、てるの?」
「何のことかな、皆目検討がつかない。言ってくれないと伝わらないよ」
子供の頃から人と目を合わせるのが苦手だった。それでも、想いに答えなければならない時は真っ直ぐ見詰めよう。
俺にできるのはここまでだ。ハルは何度も深呼吸をし、胸に手を当てた。次に開かれた瞳にもう迷いはなかった。
「わ、私……放浪者君のこと――」
――告白をされた。意外な。
「……何かな」
「――」
――ハルの家から自宅に戻る道中、進行を妨げるように少年が横合いから出てきた。道を塞いで来たのはヘクト君だった。
やはり、気づいていたか。
扉から、二人分のコップが見えていたのだろう。相手が俺であることも薄々予想していたに違いない。
いつも以上に敵対心剥き出しの眼光が、俺の想像が正しい、と語っている。
「来い」
「…………」
「良いから着いて来い」
全く怖いねぇ、俺はこれからぶん殴られるのだろうか。
ヘクト君が足を止めたのは、人の気配がない森林地帯の入口付近だった。
田舎生活のお陰で視力が上がり、夜目も良く効くようになっている。例えば、ヘクト君が殴り掛かってくる姿も良く見える訳だ。危な気なくバックステップで避ける。
「何となく予想はしていたけど、理由を聞いて良いか?」
「ムカつく、それだけだよッ!」
今にも飛び掛かって来そうだ。
左手を前方に構え、半身の体勢で待ち受ける。格闘技は習っていないが幾つか聞き齧った。見たところヘクト君は素人だ、体格で勝っていても十分に勝算がある。
想定通り、彼は利き腕の右手で大振りのパンチを繰り出した。パリィなんてできないが、向きを変えることくらいはできる。ジャストタイミングで左腕を合わせることで見当違いの方向に拳を逸らす。がら空きの胴に右ストレートを放つ。
「初見だけどなかなか上手く行ったな」
「――ぐっ、このッ……!」
今度は両手を広げてタックルして来た。掴まれれば腕力で捻じ伏せられる。対応するなら掴まれる前だ。
格闘技は習っていないが、実践したものがある。まさか中学の授業が異世界で役に立つとは思っていなかった。
先んじて右手で襟を、左手で袖を掴む。右足を思い切り踏み出し、ヘクト君の身体を薙ぎ倒す。
「はっ、がッ――!」
「――大外刈り…………悪いがまだ君には負けてやらねぇよ」
受け身を取れずに咳き込むヘクト君に聞こえるとは思っていなかったが、力で解決することはもうないだろう。
にしても、どうして俺がこんな青春イベントに巻き込まれているんだ。ふざけんな。やってくれるな異世界。




