4.〈避難民キャンプ〉――名無し村
◎
――舞台は食堂から〈パルテン・オーダー〉一階へと移り変わる。エレベーターで一階層降っただけである。
俺が寝泊まりしていた所と似た、人間味の感じられない構造をしている。食堂の階層はまさに憩いの場だったが、ここはもう基地とか研究所という趣だ。
バスターに追随することしばらく、見上げる程の大扉の前に来た。重厚な壁面の中央に切れ目がある、扉が左右に開く造りだ。表面に刻まれている回路は幾何学模様を描いていた。
ここもまた指紋といった生体認証が必要らしい。
バスターが扉横のコンソールに掌を押し当てた。
コオォォォ――と、静かに扉が左右に開かれる。その内側で扉が縦に開かれる。更に内側の扉が左右に開かれる。何重もの扉が開かれた後、ようやく外の景色が見えてきた。
展望デッキに出た時のような冷たい風が吹き込む。
「おお――」広大な草原に出るとわかっていても、このスケールのデカさを前にすれば嘆息が漏れた。「本当にどこまでも続いていそうだ」
雪を被った峰々も相変わらず美しい。
時間も忘れてずっと見ていたいところだが、そうは行かない。俺はこれから――〈名無し村〉という場所に連れて行かれるからだ。いや、連行される、か?
「いきなりで驚いていると思う、改めて説明する。私達はこの世界の秩序を守る者としてあなたのような放浪者を保護する活動もしている。だけど、機関で保護し続ける訳にはいかない。何故だがわかる?」
「……危険だから、ってところかな」
「そう、詳しく説明はしないけど何かと狙われ易い立場にある。そうでなくても活動上、血に絶えない。だから、一般人を長く匿うことはできない。そういう人がいたら近くの村や集落に交渉して受入れて貰う」
「その〈名無し村〉が該当地区、ってことか」
「話が早くて助かる。あなたはこれから〈名無し村〉で生きて行くことになる。記憶が混濁しているという点は気掛かりだけど、問題なさそうね」
まぁ――そういうことなら従う他ない。〈パルテン・オーダー〉にいることであんな恐ろしい生物――魔物に襲われるのなら安全にところに避難したい。
もっと面白いことが起きることを期待していたが異世界でも甘くない、ということか。
「人見知りだから不安だ。コミュニティが出来上がっているところに飛び込むなんて」
「そこは安心しても良い。〈名無し村〉はそもそも魔物などの被害によって住居を失った人達の寄り合いだから、場所や種族の垣根はない。あなたと同じ放浪者もいると思う」
「……魔物被害は一般的なのか?」
「そうね、今から約一〇年前に起きたある事件を切っ掛けに爆発的に増えた。それまでは滅多に起きなかったみたい」
「ある事件?」
「詳細は知らない。だけど……私達の人生も大きく変わった」
抑揚のない声とは裏腹にバスターの拳が力強く握られる。
魔法のある世界の大事件――一体どれだけの規模の被害が出るのか想像もできない。
これ以上、話すつもりはないらしいバスターは一歩前に出て手を伸ばした。
「コードネーム〈バスター〉――固有武装〈夜鳴大連双〉」
中二心を擽られる詠唱と同時、何処からともなくメタリックブルーを基調としたバイクが現れた。先頭が鋭利に尖り、後方へ広がって行く力学的効率を突き詰めたデザインは実に近未来を思わせる。コウモリ型に変形して空を飛びそうだ。
目を引くのは風を切る鋭利なウィング、左右に取り付けられている極太のマフラー。バイクに詳しくない俺でも激ヤバなのは明白だった。
これが異世界産のバイクだと言うのか。ジェネレーションギャップならぬ、アナザーワールドギャップ。
「……ちなみにこれ、どんだけの速度出る?」
「音よりは速いのは確か」
「音速超えとなると、秒速三六〇メートル……」
「普段使う時はそんな速度は出さない。衝撃波で大変なことになるから」
「ソニックブーム……」
音速バイクが作れるのはともかく使用者が耐えられるのかが疑問だ。ただ、バスターは乗りこなしている風な発言をしている。異世界パワーなら抵空気抗をもどうにでもなるのかもしれない。
「後ろに乗って」
「…………」
颯爽にバイクを乗りこなす姿は男の俺でも惚れそうになる。エースと言い、バスターと言い、可愛らしい女の子なのに恰好が良過ぎる。普通に男としての自信がなくなりそうだ。
一人乗りのバイク、二人で乗れば自然と距離は近づく。
思うところはあったが何も考えずにバスターの腹部に腕を回した。服越しでも女の子特有の柔らさを感じる。
ハンドルを回すとバイクが唸りを上げてぶわっ、と浮き上がった。
「え――エアバイク!?」
「……機械に詳しいのね。このバイクはあらゆる地形に適応して変形する」
タイヤが一段階収納され、前後四つの謎パーツが奇妙な光を発している、恐らくそれがバイクを浮遊させている。マフラーからはチリチリ、と火が吹き出ており、今にも爆発しそうだ。
「発進するから舌を噛まないように」
「お、おおぉ…………!」
瞬間、身体に凄まじい圧力が加わる。初速に関しても現代テクノロジーを遥かに凌駕している。小型ジェットコースターと言っても過言ではない。
〈パルテン・オーダー〉があっ、という間に遠退いて行く。
首を振れば、左右に流れて行く森林や山脈を拝むことができる。
「一応訊くけど、何で風が吹いて来ないんだ?」
「エアプロテクト機構が付いてるから」
「……解答ありがとうございます」
エアプロテクト機構とは何ぞや。文字通りだろうけど、あまりにも突拍子がない。それができればどれだけ宇宙工学が進歩するのか。
体感時速一〇〇キロ強、数十分程で景色は変わる。舗装された道に出ると、すぐに草原から針葉樹の森へと突入した。
間もなく、森林の木々が疎らになり、視界が開けてくる。集落が見えて来た。
「村ができてまだ二年も経ってないらしいから、手狭に見えるけど仕事もあるし十分暮らせると思う」
「何と言うか、イメージ通りだよ」
フィクションに出てくる田舎村、って感じだ。所狭しと建てられた家々、用途不明の小屋が幾つか並び、奥には畑が見える。
時代観が急に典型的異世界――中世ヨーロッパになった。
強いて不安点を述べるなら文明レベルの低さによる衛生面くらいだ。生活レベルを落とすのは上げるのよりも大変なものだ。
「ま、良いや。それで何をすれば良い?」
「とりあえず、村長に会う。話は通ってるから言われたことをしてれば良いと思う」
「言われたことねぇ……学生みたいじゃないか」
バスターに言われるがまま村長に会い、挨拶を交わした。手筈通りに空き家に住まわせて貰うことになっていた。その後、軽く村の案内をしてくれることになった。
その前にバスターは本拠地に帰るようだ。
「ここまで運んでくれてありがとう」
「礼には及ばない、あなたも頑張って」
出会って数時間だ、別段後ろ髪も引かれない。あんまり信用されていないみたいだったしお互い世辞染みたドライな挨拶になるのは仕方ない。
いや――一つだけ、気になることがあった。
「エースとかムーンに宜しく。後、フィエリアに色々教えられなくてごめん、って伝えといてくれ」
こうなればフィエリアとの約束は守れそうにない。子供に対して結果的に嘘を吐いてしまったこと、それだけが心残りだった。
バスターの氷のように張り付いてた表情が歪んだ。眉根が寄っている――それは睨まれている、とも言い換えられた。
「……フィエリアに会ったの?」
「え、いや、会ったけど? ちょっと雑談しただけで」
「そう――じゃあね」
鋭い足取りで踵を返したバスターはバイクに跨り、瞬く間に〈名無し村〉を後にした。
肝が冷えた、危うく地雷を踏み抜くところだった。
やはり、〈秩序統制機関〉においてフィエリアという幼女の存在は特別みたいだ。彼女が言っていた不吉なことは全て事実なのかもしれない。
「ま――もう俺には関係ないことか。俺の異世界生活、これからどうなるんだろう……」
こうして、俺と〈秩序統制機関〉との繋がりはあっさり切れた。




