3.〈秩序統制機関〉――公衆食堂
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展望デッキから〈秩序統制機関〉の施設内に戻る。先行するフィエリアを追って無機質な廊下を練り歩く。一体どこに向かっているのだろう。
「――ところで訊きたいことが一つあるんだが」
「何?」
「秩序統制機関、って何だ?」
秩序も、統制も、機関も――見慣れてないし、聞き慣れない言葉だ。この廊下と同じく、人間味というものを感じない。勝手に想像するなら驚異のAI軍団が指揮していそうだ。
これだけの施設を有すくらいだから相当の財力と権力を持っていそうだが、如何せん不透明だ。
うーん、と高い声でフィエリアは唸った。
「正義の味方?」
「正義の味方かぁ、怪しいな。こんなところにいて大丈夫なんだろうか」
「放浪者さんは悪い人?」
「いやいや、生まれてこの方犯罪したことねぇよ」
百円玉も拾っても同じ位置に戻すくらい危機管理能力が高い俺が誰かに弱みを見せる訳がない。だからといって良い人でもないのはスパイスということで。
「――放浪者さんは私のこと好き?」
「え、いきなりなんですか」
ませた餓鬼が、唐突になんてことを聞いてやがる。
子供の欲求を満たすくらい別になんてことはないが、甘やかし過ぎると碌な大人にならない。
そういうタイプの子供には見えないけど、将来はわからない。ここで隙を見せるのは逆に良くない。ここは心を鬼にして掛からねば。
「好き……ではないな、まだ、うん……」
駄目だ、俺のこころの弱さでは拒絶し切れなかった。これではフィエリアが悪女になってしまう。
「現時点では一〇年後に期待、って感じだな」
「好きじゃないの?」
「うーん、はい」
「じゃあ、死んじゃうね」
「何故に!?」
唐突に死を予言された。
デッド・オア・ラブ――何やそれ、フィクションの世界やん。フィエリアはこの世界の神か何かなのか?
「バレないように気をつけてね」
「は? 誰にだよ? 可愛いは正義、ってことなのか? それなら共鳴できないこともないが……」
こんな組織にいて俺はこれからどうなるのだろう。
大袈裟に驚いて見せたが――子供の言うことだ、話半分に聞いておくのが妥当。
それから、他愛のない雑談をしている内にあれやこれやと俺にあてがわれていた部屋に辿り着いた。
「ありがとうな、今度会った時はまた面白いことを教えよう」
「うん、わかった。またね」
「またね……」
なんか小学生くらいの幼女と仲良くなった。
異世界にでも来てなければこんなことあり得ない。元の世界だと小学校に近づいただけで不審者扱いされてしまうからな。
なかなか面白い展開じゃないか、異世界よ。
壁面に掌を押し付けると変形して入口が現れた。
「とりあえず、エースとムーンに助けられることなく戻れて良かった良かった。これで良い年して怒られずに済む」
「――エースとムーンが何?」
「っ!?」
独り言に返事があった、こんなに恐ろしいことがあるか。
闖入者は俺が数時間前まで寝転がっていたベッドに腰掛けていた。エースでもムーンでもない。その点は安心したところだが――。
「えっと、誰ですか? あなた」
「――バスター」
「バスター……良い名前ですね」
「どうもありがとう」
気持ちばかりのお礼だ、お世辞だと思われたな。
あり得んくらい発色している青髪のウルフカット、但し後ろ側には背中まで伸びる一束。
出で立ちがモデルか、ってくらいに恰好良い。
落ち着いた低めの声も相まって、女子にモテる女子の典型例。
「それで君は何者?」
「放浪者です」
「名前を聞いているつもりだったんだけど」
「放浪者です」
「…………」
「…………」
「――ムーンに手が離せない用事があるから食事は食堂で済ますから、着いて来て」
俺の名前を華麗にスルーしたバスターはベッドから跳ね下り、颯爽と横を通り抜けた。フィエリアの次はバスターの後ろを追う。
廊下は何度見ても同じ道に見える。目印がある様子もない、どうやって覚えているのやら。
やがて、バスターが立ち止まり、壁に掌を押し当てると回路の発光と共に壁が内側に収まる。人二人が両手を伸ばした程度の空間に繋がっていた。
「これはエレベーターか、ますます近未来だな」
「下に行く」
端的に述べ、バスターは壁際のパネルを人差し指で押す。扉が閉まり、箱は無音のまま高度を下げた。振動も意識を傾けていないと気づけないレベルにまで抑えられている、現代日本でもそうそう見ない技術だ。
扉が開き、視界が一気に広がる。下階は迷宮とは異なり、どこか生活感のある空間だった。
一見はオフィスの食堂。テーブルや椅子が並べられ、その奥にあるカウンターの向こう側が調理室に繋がっている。
適当な席に案内されたので、おずおずと着席した。
「そこで待ってて。その内届くから」
「何も注文してませんけど」
「いつも何かしら作ってるから」
調理室に視線を遣ると細長い影が縦横無尽に蠢いていた。
巨大蛸を捌いているようには見えない。
とんでもないものを見てしまったのではなかろうか。
「蛸の魔物が料理を作ってるんですか?」
「は? そんな訳ないでしょ……」
バスターに普通に引かれた。
何当たり前のこと言ってんの、と顔を書いてある。
俺だってそんなこと信じてねぇよ。
だとしたら、俺が見た影は何だろう。今も影が荒振り、耳心地の好い蒸発の音がこちらまで届いている。
「これが異世界の日常なのか、恐ろしい……」
「あなた、ここに来て二日目なんでしょ?」
ふと、バスターが問うてきた。
遺跡でエースに回収されて一日、それから一晩眠って起きたので二日目。
「そうなるな」
「ここに連れて来られる人はたまにいるけど、こんに冷静な人は初めて」
「なるほどな。でも、表には出してないけど驚いてはいるよ」
現代やこの世界においても、近未来テクノロジーは一般的なものではないようだ。
フィクションに出てくる典型的な異世界人が自動扉を見て引っ繰り返るみたいな演出――秩序統制機関はその舞台、って訳か。
「魔物とか初めてだったし、髪の毛の色は皆サイケデリックだし」
「平和なところで生きていたのね」
「そうだな……少なくとも俺の周りに魔物に殺された人はいなかったよ。事故に遭った人も、戦争も巻き込まれた人も、飢餓に喘ぐ人も周りにはいなかった」
俺の目の届く範囲においては間違いなく。
わかっていながら目を逸らして、退屈に満ちた日常を言い訳にして知らない振りをした。
元の世界なら、そのまま何事もなく死んで行くはずだった。
だから、心の底から死に対して恐怖を感じたのは昨日が初めてだった。
奇妙な影が鳴りを潜めて一〇秒程、調理室から銀髪ツインテールの少女がトレイ片手に現れる。この娘が料理を作っていたみたいだ。
「あんたが例の放浪者ね」
「あ、はい。そうです」
偉そうな口調だが、エプロン姿ということもあり、余り威圧感はない。
ドン、とテーブルに置かれた深皿には紫色の料理だった。まるでフィクションに出てくる料理下手なキャラが作ったようなあれ。
別に悪臭はとかはしないけど、色覚的に食欲は唆られない。
「…………」
「文句でもありそうな顔ね」
「ダイエット料理みたいな奴ですか?」
「滋養強壮に良い食材を多く使った料理よ、感謝しながら食べなさい」
「はぁ……」
お礼はするつもりだったが、恩着せがましいな。思わず感謝が薄れそうになる。
改めて器を覗いてみれば、紫色なのは肉なのがわかった。魔物の肉ではないだろうな。
不可解点には目を瞑って〈頂きます〉と手を合わせて食事を開始する。スプーンを器に差し込み、人思いに掻き込んだ。
「美味いじゃねぇか」
「何で不味い前提だったのよ! 失礼な奴ね」
「それは申し訳ない。でも、びっくりするくらい美味しい。これは素人には作れないな」
「当然よ、なんたって私は栄養学部第一席だもの!」
このチョロさ、この娘は褒めれば調子に乗るタイプらしい。
そして、エースの肩書である戦闘局とはまた新たな役職が登場した。栄養学部というものが何か知れないが、シェフであるこの少女にはマッチしている。
「是非共、素晴らしいシェフのお名前を聞かせてくださいませんか」
「良いわ、教えて上げる。私は文化局栄養学部第一席のジェット、〈パルテン・オーダー〉の食事全部を管理しているわ」
「パルテン・オーダー?」
「この船の名前よ――って、あ……」
ジェットというプラチナブロンドの娘はやべっ、という顔で口を抑えた。その視線は俺の隣のバスターに向いている。
この研究所のような施設は船だったのか。
どうやら言ってはならなかったことだし、聞いてはならなかったことのようだ。
「え、えと……船、船、ふね――骨、そう骨! この建物の骨組みの名前よ!」
聞いているこちらが恥ずかしくなる言い訳だ。
ジェットはバスターの険しい視線にビビっていた。あたふた苦しい後付けをしているのがあまりにも見苦しかったのか、バスターはため息を吐いた。
「名前くらいなら構わないと思う。これが船だ、ってこともこの人に知られても大して問題にならないだろうし」
「え、そうなの? ふわぁ、良かったぁあああああ……」
さっきまでの威勢は何処へやら、情けない吐息を漏らしてジェットはその場に座り込んだ。
自信家でポンコツとは――素晴らしい属性持ちだこと。実際目にして思う、あんまり見たくなかったわ。
バスターの視線は次いでこちらに向いた。
「そういうことだけど、他言しないことを進める。それであなたがどんな目に遭ってもこちらは関知しない」
「……怖い脅し文句だ。肝に銘じて置くよ」
冗談を言うような性格には見えない。言葉通りに受け取って然るべきだろう。
安堵感によるふらふら、とした足取りでジェットは厨房へ戻って行く。
バスターはそんな覚束ない後ろ姿を無表情に見詰めた。
「私はあなたのことは何を考えているかわからないけど無害な人だと思ってた」
「過去形か……こちらとしてはその評価に誤りはない、と自覚してるけど」
「でも、ジェットの性格を瞬時に見抜いて自分に都合が良くなるように仕向けたわよね」
「はぁ……何のことだ?」
「自覚しているのか無自覚なのかは知らないけど、案外強かなのね」
「…………」
褒められていないことはまず確実だ。
明らかに警戒されている。警戒を匂わすことで俺に牽制している、といったところか。そうなってくると食堂まで案内してくれたことも素行調査・監視が目的なのかもしれない。
「何であれ敵対するつもりはないから。それだけは伝えておく」
「その手の心配は無用、と言っておく。だって――あなたが私達〈秩序統制機関〉に関わることはもうないだろうから」




