14.〈秩序統制機関〉――調査局の帰還
無表情なのかと思えば恥ずかしがったり
◎
――ウィンティと知り合ってから、暇になると自然と足が図書室に向くようになっていた。高校生から続けていたせいか習い性になったのかもしれない。
あまりにも足を運ぶメリットが多過ぎる、というのもある。
「――こんにちは、ウィンティさん」
「こんにちは、放浪者さん。今日も来たんですね」
今すぐ実行できる目的や使命がない俺は知識の文字起こしを終えた後、この世界の文字を覚えるべく勉強を開始した。その講師がウィンティという訳である。
元々、勉強は嫌いな質だ。課題を出されれば致し方なくやるが、主体性を持って取り組んだことはほぼない。俺だけではない、多くの学生がこれに該当するんじゃなかろうか。
この図書室ではそんな退屈を紛らわすことができる。それすなわちウィンティの存在。
丁度疲れたタイミングで紅茶を出してくれる。一旦休憩して頭を休ませることで再度、勉学に務めることができた。そうでなくとも――ウィンティを机に座らせることで乗っかる胸を見ているだけで興奮して眠気が飛ぶ。
俺からは日本語を教えているが、一方的に貰っているように思えて悩ましい。
そんな訳で何だかんだ楽しく日々を過ごしていた、のだが――。
「――ところで放浪者さん」
ウィンティの声に文字の模写をしていた手を止め、顔を上げる。
「今日、ここから最も近い都市に赴いていた部隊が戻って来ます」
「は、はぁ……わからん」
「そうですね、ではまず前提の説明を。この船のクルーにはそれぞれ適性に合った役職が課せられています。エースなら戦闘局、私やデッドリーは参謀局という役職ですね。そのような一つに調査局というものがあります。主な役目は周辺地理の調査をする、というものです」
聞いた限りの印象だと、斥候や先遣隊みたいなものか。
その部隊がここから近くの都市を調査しに向かっていたらしい。
「それが帰って来る訳か。都市か――異世界の街並みは興味はあるな……それで?」
「何を呑気なことを言っているんですか。報告次第ではありますが、あなたは恐らくその街に送られます」
「そういうことね! それは立ち回りを考えないとな!」
〈名無し村〉の時と同じ展開だとすれば大体の流れはわかる。このタイミングで街に降ろされるのは非常に困る。俺はまだフィエリアに魔法を教えて貰っていない。どこにいるかわからないからなかなか会えず、教えを請うことができなかったのだ。捜索と勉強を鑑みて、二週間の猶予は欲しい。
「即日ということはないでしょうけど、ほぼ確実だと私は考えます」
「……俺の知識で交渉する、って案は?」
「私達の活動に直接的に貢献するものは少なかった、という判断が下されると思います」
「この世界では革新的なもののはずなのに……」
「努力が必ずしも結果に直結する訳ではないので」
ウィンティが現実を突き付けてくる。
法律とかIT関係の用語の説明だけしても実益は出ない。少なくとも同等の技術、文化レベルに達しなければ無用な知識だ。
もしかしてよくあるライトノベルみたいにボードゲームが売れるかも、と思って色々書いたのにそれも没かよ。そりゃそうだ、ここは呑気な世界ではない。
「……どうすれば俺はここに残れる? ウィンティ」
俺には上でどんなやり取りがされているかわからない。どんな条件を満たすことで駐在が認められるのか、関係者に訊くのが一番手っ取り早い。
顎を手を遣って考えるウィンティ。うぅん、と唸っている。
「成果を上げる、というのが手っ取り早いですが放浪者さんにできることはたかが知れていますからね」
「つまり、ほぼ不可能と……」
「できること……挨拶回りくらいでしょうか?」
「完全に諦めてるな」
調査局到着の妨害しようにも俺には外に出るための権利がない。無力感に苛まれながら漫然と審判の日を待つしかないのか。
「もう少し、年を取っていたら話は違って来たと思いますが……私達と同じくらいの若さですからね」
「ん? それは一体どういう――」
「――あ、たった今到着したようです」
「絶妙なタイミングだこと!」
「私は迎えに行きます。放浪者さんは大人しくしていてくださいね。初対面相手だとトラブルに成りかねませんから」
颯爽と去って行くウィンティを手を振って見送った。
この分だと、ここに戻って来るのも相当先と見える。大人しく自分の部屋に戻るとしよう。勝手知ったる、とばかりにエレベーターに乗り込んだ。
道中、ふ、と気になって展望デッキに出てみた。もしかすればここなら調査局とやらを拝むことができるかもしれない。力強く吹き込む風、ツーリング日和だ。前髪を抑えながら柵に身体を寄せて下を覗き込む。
「あれは……車? いや、四輪車、って感じなのか……」
ジープのような後部座席の後ろに荷台があるタイプの車。それが、ここにあるのは不自然という他ない。
俺ではない誰かが現代世界の知識を齎した――それ以外には考えられない。
走って来たであろう道の草が潰れていることから、近くにあるという街の大体の方角がわかる。
耳を済ませれば辛うじて人の声が聞こえて来た。縁ギリギリに薄紫色という非人間的な髪を携えた女性が見える。
――その女性は不自然に顔を上げた。何故か目が合った。
「っ、見ていただけで気取られたのか……!? そんなことが――」
あり得ない、とは言えない。どんな事象も魔法で説明づけられる世界だから。
表情までは見えないのに、薄く笑んでいるような気がする。女性は俺に手を振って来た。反射的に手を振り返す。〈秩序統制機関〉にはとんでもない奴らばかりだ――。
――調査局帰還に関して音沙汰があったのは翌日だった。目覚めた瞬間に部屋に何者かがいることを直観する。忍び込むような真似をするとしたらクレセントやムーンくらいだ。
落ち着きのなさ加減がクレセントではないし、落ち着き過ぎさ加減がムーンではない。ということは初対面。起き抜け一番、ベッドの脇に座っている金髪の少女へ挨拶を試みる。
「……おはようございます」
「うん、おはよー」
気さくに挨拶を返された。癖がないだけで何だか安心してしまう。
何を考えているかわからない表情。相反してはっきりとした顔の造形、金髪は左右の団子に纏められている。
「えっと……どうしてここに?」
「黒髪の男の子が滞在してる、って聞いたから気になって来てみた」
「なるほど」
理由は単純明快、ご満足頂けたのでしょうか。
「俺は放浪者とかいう馬鹿みたいな名前してるんだけど、君は?」
「ラストだよ」
「ラスト――か、良い名前だな。もしかして、昨日戻って来たとか言う調査局所属?」
「うん、調査局の開拓部第二席だよ」
「ほぉ、新天地の開拓か。そりゃ大変そうだな、お疲れ様」
「あ、ありがとう」
「……何だ?」
「初めて会った人に労われるとは思ってなかったから。名前も褒めてくれたし。もしかして、ちゃんとした人?」
「何故かちゃんとしてない人、という情報が公然のものとなっているんだよ俺は」
「じゃあ、セクハラしてくるとかも嘘なの?」
「――そういうことだ」
自分からしようとした訳ではないから嘘と言っても差し支えない、はずだ。
信じたのか信じていないのかラストは〈ふぅん〉と相槌を打った。仏頂面かと思いきやわかりやすく恥ずかしがったり。表情の温度差が大きい、という感じか。
「ま、挨拶はこれくらいにしておいて……本当に顔を見に来た訳でもないだろ? 純粋に仲良くなりたい、って言うなら仲良しするけど」
「何でバレてんの!? 顔に出さないようにしてたのに!」
「いや……何となくだけど。そろそろ俺を街に送り込もうとしている、って辺りかな」
「ぼく、もしかして心読まれてる?」
「――カッ」
え、今何と? ぼく、って自称しましたか? え?
――ぼくっ娘……が世界には存在するとは。ここは残酷な世界かと思われたが、救いはあった。もう、これで終わっても良い。心からそう思ってしまった。
「え、どうして泣いてるの!?」
「君の何気ない言葉に胸を打たれただけだよ。この世界にある言葉かわからないけど、推しになろうと思った」
「そ、そうなんだ……とにかく、ぼくはきみに説明することがあって来たの」
要件は俺が予想していたものと完全に一致するものだった。大草原に鎮座するパルテン・オーダーから最も近くに位置する市街地――〈ケロン〉に俺を置いて行くという話だ。〈名無し村〉の時のように既に受け入れ先に当たりが付いているようで、準備さえ整えばいつでもお払い箱とのこと。
ウィンティに提案された挨拶回りが冗談でなくなってしまいそうだ。
「マジかよ……」
「そんなにここが気に入ったの? 危ない目に遭うかもしれないのに?」
「それは重々承知だよ、もう二回死に掛けた。それでも、後一回くらいは挑戦しようと思ってさ。それにずっとここに居座るつもりはなくて目的を達したらここを出て行くのも考えていた」
「――挑戦……逃げるのは駄目なの? 怖いものから逃げちゃ駄目なの?」
少し、ほんの少しだけラストの声音が下がった。
ずっと現実から逃げて来た俺からすれば当然の選択肢の一つなのだが、どこの世界も社会的悪と判断されているようだ。大学を出てなくたって、結婚しなくたって個人の自由だ。
風潮なんか糞喰らえ。時代遅れは滅却されたし。
「信念を貫く限り逃げられなくなる時が来るかもしれないだろ、その時のためだよ。ラストにも大切なものの一つくらいあるだろ、守るためなら何だってするくらいの何か」
「……あるよ、ぼく達はずっとそのために戦っているから」
「いつもいつも逃げられるとは思うな、ってこと。そんな時のために色々やってたんだけど、思ったより事態の進行が早かったな」
俺にも早くマジカルさせてくれよ、フィエリア。君は一体どこにいるんだ?
ラストが立ち上がり、俺の頭に手を伸ばして来た。ぽんぽん、と俺の頭を撫でて来る。急に何ですか?
「偉いね、放浪者くんは」
「前にもこういうことがあったような。流行ってるのか?」
「こうすると安らぐんでしょ? 嬉しいんでしょ? お姉ちゃんが教えてくれたよ」
お姉ちゃんとやらは知らないが、年頃の女の子が合法的になでなでしてくれるのなら感謝せねばなるまい。羞恥心などとっくの昔に捨てている。
こんな生活も後少しで終わりだと思うと――……何だろう、惜しいのだろうか? 惜しいはずもないか、死のうとしていたんだから。
あちらでは確定していることなのかもしれないが、出来る限りは足掻くつもりだ。あえてウィンティに伝えなかったこともある、最後の最後の餌として使えるかも確かめておこう。それと同時にフィエリアの捜索も続行だ。
「短い間になるかもしれないけど、よろしく。気安く話し掛けて欲しい」
「うん、こちらこそ仲良くしてね。私、男の子の友達いなかったから嬉しいな」
「…………」
そういうことは思っていても心の中に留めるものだろう、普通は。こんなこと言われたら世の男子は心乱されてしまうではないか。一般にこのようなことをする女子をあざとい、と言う。そういう前提で先程までの行動を鑑みるとまんまそれだ。気安く頭を撫でるなんて普通ではない。ボディタッチ多めの部類だ。
意識か、無意識か――何にせよ最高ではないか。
「マジで面白い奴らばっかりだな……やっぱり惜しいかもしれない」
――そして、審判の日が訪れる。すなわち、卒業式。




