15.〈秩序統制機関〉――文化局遊戯部第一席
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――その日、目覚めると俺のベッドの周りを少女達が囲んでいた。この異様な光景も不思議と慣れていた。何だかデジャブだ。あの時はフィエリアと添い寝していて、恨みを買っていたが今回は監視だろうな。
口許を抑えながら欠伸を一つしてから、詰まらなさそうに腕を組んでいるバスターに言っておく。
「別に直前になったから、って逃げ出したりしない、って」
毎度お馴染みのバスターと最近知り合ったラストはわかるが、他二人は初対面だった。
真珠色の長髪をストレートに下ろした控え目そうな少女と、目がまんまるで快活そうなショートカットの少女。
「ここ数日、パルテン・オーダーをこそこそと這い回っている、と聞いている。小細工しているんじゃないかと思ってね」
「這い回ってないわ、嗅ぎ回ってるんだよ……にしても、俺の信用どん底なんだな」
「直前になって愚かなことは考えないように」
何だかんだあっという間にやって来た街への移住日。色々と策を弄したが一度決まった判断を覆すことはできなかった。施設内探索がてらお別れの挨拶は済ませておいたが、朝一から急かされるとは思いもしなかった。四人で出迎えんでも良かろう。
「……とりあえず、お二人とは初めましてですね。放浪者です、短い間だけどよろしく」
「はい、よろしくお願い致しますわ。今回、〈轟魔王国シャガンノ〉――〈城塞都市ケロン〉という街まであなたを見送りさせて頂きます、アイラです」
「アイラ――可愛らしい名前だこと」
「え、ありがとうございますわ」
アイラは橙色の混じった金髪に手櫛をしながら顔を紅くする。似非お嬢様みたいな喋り方をする純朴そうな娘だ。
彼女だけではない、〈秩序統制機関〉のメンバーは名前を褒めると喜ぶ傾向がある。明らかに偽名、っぽいが何かしらの拘りがあるのかもしれない。
次いで、もう一人のストレンジャーに視線を寄せると彼女は豪快に挙手をした。
「はいはーい、私はユニオンでーす! 戦闘部隊第五席でーす。道中の護衛みたいな感じのことするねー、よろしくー」
「わー、凄いノリが軽そうだー」
無邪気な子供のようなクレセントとは違う意味での元気さを持っている。今時の高校生のイメージとでも言えば良いのか。はっきり言って苦手なタイプだ。偏見とは言え、行動に意味を見出さないような印象を受けてしまう。
ユニオンはにまにま、とした笑みで俺に詰め寄って来る。
「私の名前はどう思う? ねぇ?」
「あ、あぁ……大変素敵な名前だと思うよ――ユニオン」
「でしょ? ありがと」
満足気に笑顔の花を咲かせる。でも、世のオタクはこういう女の子を好きになっちゃうんだ。
「……ラストも元気そうだな」
「おはよう、放浪者くん。ぼくも見送りして行くからね」
「あぁ……――」
もう覚悟は決まっていますよ。今更、泣き言も懇願もしませんから朝一番から囲まないでください。
一旦、四人を部屋から追い出し、着替えてから食堂へと向かった。ジェットが振る舞ってくれる最後の料理をよく味わう。
ない胸を張ってふんぞり返るジェットに尋ねる。
「心なしかいつもより豪華な気がするんだが?」
「あんたがウィンティに渡した情報の中にレシピがあったから、最後に出してやろうと思ったのよ。丁度、調査局が持ち込んだ食材もあったしね」
「道理で見覚えがある訳だ」
知らぬ材料、知らぬ調味料で作られているため初見では気づけなかった。箸が進むのも当然――って、箸が準備されているではないか。数ヶ月ご無沙汰だったというのに違和感なく使えるとは恐るべし。
アイラやラストも一緒に食し、ジェットをべた褒めしていた。騒がしい、けど、これからこの喧騒を味わえないと思うとどうしても後ろ髪は引かれた。
どうせ〈名無し村〉の時のようにすぐ忘れてしまうんだろうが。折角ならムーンとウィンティが淹れてくれる紅茶を最後に飲みたかったな。
そして――パルテン・オーダー、最下層の大扉の前にやって来た。気絶していたため記憶にはないが、〈名無し村〉から救助された時にも潜った以来になる。バスターが横のコンソールに掌を押し当てると多重構造の大扉が動き出す。
心地好い風が前髪を攫う。清々しいまでの快晴だ、俺の旅立ちを後押ししているかのように。
「車両を準備しますね」とアイラが外壁に掌を押し当てると壁が競り上がった。その奥に以前見たジープが締まってある。車庫になっているようだ。
俺は斜に構える青髪の少女の前に移動する。彼女から口火を切った。
「私はここまでだから」
「あぁ……ここにいる間は何だかんだ一番世話になったと思う。ありがとう、バスター」
「今度こそさようなら、ね」
「二度と会えないみたいな空気しといて二度の出戻りは恥ずかし過ぎるからな。新天地が安全であることを気持ち程度に期待しているよ」
バスターとは長い付き合いになったが、最後の最後まで心開いてくれる様子はなかった。監視対象としてしか見られなかった、と思う。〈秩序統制機関〉のクルーとしての仕事を全うした、ということだ。それ自体は尊敬に値する態度である。
「そう言えば、船を歩き回ってもエースとクレセントが見つからなかったんだが元気なのか?」
「二人は任務で魔獣討伐に向かっている。滅多なことがない限り大丈夫だと思う」
「そうか。二人には挨拶できなかったから宜しく伝えておいてくれ」
「……わかった、それくらいなら構わない」
――遺跡で発見されてから三か月以上が経った、忘れられない思い出がこれでもかと刻みつけられた。こんなに濃厚な日々を生きている、ということに我ながら戦慄する。あっと言う間に過ぎるということは充実している、ということでもあるのだから。
安全に生きるため、という目的でも専心して物事に取り組んだ、という事実は俺に一種の自尊心を与えてくれたんだと思う。
だから、不安もありつつも、できることもある、と信じられる――まだ挑戦するチャンスは残っている、そう言われたから。それに場所は関係ない。
「――どうやら間に合ったようですね。お見送りに来ました」
「もう行っちゃうんだね、放浪者さん。寂しいな」
「この私がわざわざ来てやったわよ、感謝しなさい」
ウィンティ、エクス、ジェットが見送りに来てくれた。最後の奴は偉そうだから帰って貰っても構わない、なんてな。
ここに合計七人の少女が集まった。俺がここを後にする、という理由で集まってくれたのだ。今までの俺では考えられない数だ。一体何の因果か全員が全員が美しき少女だと言う。こればっかりは異世界召喚特典と説明する他ない。
ただ、特別な関係になる余地なんて微塵もなく、厄介払いされて送り出される辺り、世知辛い世の中である。彼女らのヒーローは俺ではなかったらしい。勿論、提督でもマスターでも先生でも。
アイラが正面に車を移動させた。ラストとユニオンが後方の荷台に荷物を固定している。
近くで見れば見る程精巧に作られた車だ。タイヤはゴムでできるように見えるし、運転席の作りも俺が知っている自動車のものとそう変わらない。相違点はサイドブレーキがない、など気づけば恐ろしいものもある。
皆がお見送りに来てくれて良かった、思い残すことはもない、と言いたいところだが――フィエリアの姿はやはりなかった。
「……バスター、もう一つ伝言良いか?」
「何?」
「フィエリアに……――」
――何と言おうか、あの時みたいに約束を守れなくてごめん、とでも? それもあるが、ただただ純粋に俺が伝えたいことは――。
言葉をバスターへ伝える寸前、ぴょこん、とパルテン・オーダーから飛び出して来た幼女がいた。謀ったようにタイムリー、フィエリアが姿を現す。
最早、俺の中ではツチノコと同じくらいの希少度になっている姫は迷いのない足取りで俺の下へ歩み寄った。
「……久し振りだな、フィエリア」
「うん、お兄さん、久し振り。どこか行くの?」
「ここを卒業することになって近くの街に住むことになるんだ」
「え」
相変わらずの仏頂面かと思われたが、意外にもフィエリアは悲しそうな表情を見せた。自然と右腕が彼女の頭に伸びていた。川の清流のように綺麗な金髪を触れているだけで幸せに気分になる。フィエリアにはそういう力がある、と言われても信じられる。
「また行っちゃうの?」
「そうだな。もう帰って来ないと思うけど」
「…………」
俯いてしまった。
どうしよう、助けを求めてバスターを見ると思い切り逸らされた。次いで他メンバーにも視線を遣るが気まずそうにそっぽ向く。こいつら――俺が悪者みたいになるじゃないか。
ならもうフィエリアも一緒に連れて行けば良いんじゃね、とも思ったが口にした瞬間に彼女らに八つ裂きにされる予感がする。
どうしようもないことだ――それでも、絶望を煽るようなことはしたくない。八つ裂きにされても、希望があるなら縋っても良いだろう?
「これは提案なんだが……フィエリアも一緒に――」
「――もっとお兄さんと遊びたい」
俺の勇気の提案は平然とフィエリアに被せられた。
何なんだ? 俺のターンのはずなのにエクストラターンを取られていた。
今の今まで我関せずと空を地面を見ていた少女達の視線が一斉にフィエリアに殺到する。バスターもアイラもラストもユニオンもウィンティもジェットもエクスも、異様な程フィエリアの一挙手一投足に注視した。
フィエリアがまるで自分の全てかのような異常な光景――最初から疑問だった、〈秩序統制機関〉におけるフィエリアの立場。その片鱗が見えた。
異様な空気の中で声を発したのはアイラだった。
「フィエリア、放浪者さんと遊びたいんですの?」
「うん……まだ話したいこと沢山あるから……行っちゃうのは嫌」
拗ねた子供にような態度はいじらしく可愛い。だけどその分、心が痛くなる。子供だけしかできないだろう、思うがままに感情を吐露するのは。
〈秩序統制機関〉にとってフィエリアの発言にどんな意味があるのか、俺には計り知れない。この先どうなるか、本質的に無関係な俺には息を呑んで待つ他ない。
風に吹かれた草葉の揺れる音がよく聞こえた。
「――帰りましょう、パルテン・オーダーに」
バスターがぽつり、と風よりも小さな声で呟いた。
「そうですわね」「うん、わかった」「そうしよっかー」
口々に他のメンバーも頷いた。荷台に括り付けた荷物を外し、アイラは車を壁の中に格納する。バスターや、見送りに来たウィンティ達も基地の中に戻ろうとしている。
状況に付いて行けず一言も発することなく突っ立っていると、フィエリアに袖を引かれた。彼女も船に戻ろうとしていた。
「お兄さん、戻ろうよ」
「な、なぁ……これリスケじゃないよな? もしかして、一連の流れ全部なかったことになってるのか?」
「うん」
「…………」
目的が達成できて喜ばしいはずなのに、懸念していた出戻りで気まずいのに――それ以上に無知に対して恐怖を覚えた。
フィエリアがした発言と、それに全面的に従う〈秩序統制機関〉――俺はこの組織を知った気になっていた。
でも、まだ見えていない。
見えているのはほんの表層だけ、彼女らしか知らない何かがある。
部外者には立ち入ることのできない領域の境界を初めて垣間見た。
だが、そんな恐怖を押し退けてでもしなくてはいけないことがある。言いたかったことはこれだから。
「――フィエリア、ありがとな」
「うん」
鶴の一声とはああいうことを言うのだ。
俺も話したいことが沢山できたよ。だから、改めて感謝する。こんなに小さな女の子に気を遣われて、救われたのだ。
唐突に目的を失った一団は自然と食堂へ向いていた。ここなら九人が集まっても狭くないからだろう。
四人掛けのボックス席二つに八人が座り、ジェットは定位置とばかりに外側で仁王立ち。俺の隣はやはり、と言うべきかフィエリアが陣取る。
俺の街への移送――有耶無耶になってしまったがよく話し合わないといけないことだ。口火を切るのは当然、リーダー資質抜群のバスターである。
「放浪者さん」
「はい、何でしょうか」
「言いたいことも、尋ねたいことも沢山あると思う。それでもまず決めておくことがある」
「決めておくこと……?」
「あなたを――文化局遊戯部第一席に任命する」
「は?」
いや、そんなことよりもっと話し合わなくてはならないことがあるだろう?
そんな訳で、俺はこの船〈パルテン・オーダー〉に滞在する権利どころか〈秩序統制機関〉のメンバーになってしまった。男子禁制かと思ったがそんなこともないらしい。




