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12.〈秩序統制機関〉――できること、知っていること

 

 ◎


「――あまり良い寝起きではなかったみたいですね。何か気に障ることでもありましたか?」

「……まぁ、あったけどさ」


 朗らかな態度で語り掛けた来た色素の薄い少女――。

 鬱屈に塗れながら無為を過ごす、という傷心チルタイムを邪魔された腹いせに嫌味の一つでも言おうとした。

 ところがどっこい、文句を言う間もなくおもてなしをされてしまった。瞬く間に出された紅茶を頂くと、ついさっきまで感じていた虚無感がだんだんと薄れてくるではないか。

 実は図書室ではなくカウンセリングルームかな?


「これは……ジャスミンティーかな?」

「過分にして聞かない名前ですね。これはブルーコーラルという紅茶です、香りが特徴的でリラックスの作用があるんですよ」

「道理で精神が落ち着いてきている訳だ。おかわり頂けますか?」

「文句ではありませんが、もっと味わって飲んで欲しいものです」

「それは失敬」


 そんな文句を言いつつも、ティーポットを傾けてカップに茶を注いでくれる。図書室でお茶を飲む、という行為が不適かそうでないかの議論もしたいところだが、それより先に訊いておきたいことがあった。正面で優雅に紅茶を嗜む少女に問う。


「君はどうやら俺の名前を知っているみたいだけど、俺はあなたの名前を知らないから教えてくれないかな」

「それは失礼しました。では、自己紹介させて頂きますね。ウィンティ――と申します、所属は参謀局情報部第二席です。よろしくお願いします」


 ウィンティ――どこか、春風のような清々しさと温かみを感じさせる良い名前だ。

 彼女の所属先である参謀局情報部という名をどこかで聞いた覚えがあるな。情報部、情報部……何か嫌な思い出が蘇るような――。


「――あ、デッドリーが所属しているところか」

「そうです。あなたのことはデッドリーから聞いて知りました。随分と嫌われているみたいですね、何をしたんですか?」

「嬉しそうに訊くようなことではないだろ」

「あそこまで敵愾心を剥き出しのする姿は珍しいですから興味はあったんです。聞いた印象とはだいぶ違いましたけど」

「邪知暴虐の魔王とでも聞いていたのか? 実際と比べてどうだったんだ?」

「話で聞いたよりもへにょへにょしていて、情けないです」

「んがああああああああああああああああああああ――」


 男としてプライド、というか人間としてのプライドがズタズタにされた気分だ。

 デッドリーから嫌われているのはともかく、この優しそうな人にまで駄目人間扱いされると泣きたくなる。今はメンタルブレイク中だ、特にダメージが大きい。ここはお世辞を言って欲しかった。


「そう落ち込まないでください。そんな顔で紅茶を飲むのは勿体ないですよ」

「君のせいなんだけどな。紅茶は美味いけどさ」

「それは良かったです」


 本当は紅茶の美味さなんて微塵もわからないが、喜んで貰えたのならお世辞を言った甲斐もある。

 このウィンティという娘――〈秩序統制機関〉の中では珍しい、クレセント、エクスに次ぐ俺に対して敵意や警戒がない人物。


 絵になる清楚な振る舞いも印象的だ。お淑やか、と言う意味ではムーンも該当するが隠し持っているナイフが鋭利過ぎた。

 だが、そんな個性よりも明らかにシンボリックなものがあり――。


「――どうしたんですか」

「いやぁ……?」


 ウィンティは机の上で指を組んでいる。机に乗っているのは腕だけではない――どーん、という効果音がなりそうな胸もだ。この世界に来てから、エースのようなナイスバディな女性も見てきたが、こいつはまあ圧倒的である。


「ウィンティ」

「はい?」


 名前を呼び、人差し指を右方向を指す。ウィンティが目で追って来るタイミングで逆方向に転換する。

 ふるん、と――揺れた。とても揺れた。え、服越しなのにこんな揺れることあります?


「これはどんな趣向ですか?」

「いや……特盛だな、って思っただけだよ。気にしないでくれ」

「あ、どこ見ているんですか」


 ウィンティが腕を使って胸元を隠そうとするが、なんてことだ、全く隠し切れていない。むしろ、目が離せなくなってしまった。


「どこ、ってそりゃ……ねぇ? 言わぬが花、と言いますか」

「男の人、っていつもそうですよね。気してるんですからやめてください」

「う、それは申し訳ありません……」


 女性にとって男の視線がどれほど不愉快か、TSしない限り知ることは叶わない。

 肩に尋常ではない負荷が掛かる、と聞いたこともある。それが原因で不健康になって日には嫌悪感も抱くのも致し方ない。

 自分ではどうしようもないコンプレックス――俺はそれを邪な目で見たのだ。配慮に欠けた行動だったのは否めない。

 ウィンティの寂し気な表情に心が痛む。


「――なーんて、全然気にしてませんけどね」


 一転――ウィンティは思い切り破顔した。にこにこ、と唇が弧を描いている。


「……もしかして、俺のことからかってる?」

「有り体に言えば、はい」

「マジで……嘘か冗談かわからないのは質が悪い、って」

「余りにも熱心に見ていたもので悪戯心が芽生えてしまいまして」


 ――余りにも熱心に見ていたよ。見るだろ、特盛は。

 一分の漏れなく、瞼の裏に焼き付いている。


「チラチラ見る方が逆に失礼かと思ってな」

「どんな言い訳ですか。そんなに見たいなら堂々と見ても良いですよ」


 ウィンティは妖艶な笑みを湛え、自分の胸元を指差した。捉えよう次第では誘っているようにも見える。何にせよ、本人が良い、と言うのなら堂々と見させて貰おうではないか――。


「――なんてな。そっちから見せてくるのは違うんだよなぁ……背徳感というのも大事な要素だから」

「何ですかそこの拘りは?」

「童貞の誇りだよ。まぁ、ともかく――改めておもてなし感謝するよ、ウィンティ」

「お構いなく。差し支えなければどうして落ち込んでいたかお話して下さいませんか? 勿論、嫌なら断ってくれても構いませんので」

「そんな言い方されたら断り辛いな」

「そんな言い方してますからね」


 恥ずかしい失敗かもしれなかったが、隠すようなことでもない。俺の名前を知られていたんだ、遅かれ早かれ報告されるだろうしな。強いて問題点を挙げるなら、人様に話すようなことではない、ということだけ。こんな下らないことも聞いてくれるのなら思ったままに説明しようではないか。

 ウィンティに今日の出来事を自分でも思い出しながら語る……――。


「要約すればジェットの胸を触って怒られて、ムーンに折檻されたというだけか」

「ジェットの胸を触って……それはムーンに折檻されても仕方ないと思いますが……」

「違う、端折り過ぎた。ジェットのは事故でムーンには普通にリテイクを食らっただけだ」


 話すなら俺がどうしてバイトを始めようと思ったのか、から始めなくてはならない。記憶に新しい苦い思い出を訥々と語る……――起こった最初は出来事をありのままに伝えていたはずだった。何故か途中から酔っ払いみたいに自分の情けさなを吐露するだけになってしまった。

 フィエリアの時と同じだ。こんなこと言っても無駄なのに、大嫌いなのに――抑えられなくなった。


「――わかってたつもりだった。ジェットもムーンも俺を必要としていないことを……それでも、少しくらい俺ができることもある、ってバイト気分だったんだよ。本当に甘ったれだったと思う。俺が人暮らしで得たスキルなんてプロ相手に通用するはずないのにな、耄碌していたよ。世界に? いや、自分に」


 二人共、自分に課せられた仕事に真摯に取り組んでいる。一人暮らしだから仕方なく始めた、なんてモチベーションで手に入るスキルで勝負すること自体が烏滸がましかったのだ。やるなら本気で――命を、居場所を、所有している全てを賭けて取り組まなければならなかった。


「スタートラインにすら立っていなかった。だって、何もして来なかったから。自分から努力していなかったから。能力を手に入れた気になって増長していたタダの餓鬼。この失敗も、二人にあんな態度取られたのも必然だよな。本当に情けない。同年代の娘ができていることができなかった自分も、そんなことにも気づけなかった自分も……」


 考えればわかることだった。失ってから気づくなんて遅過ぎる。想像力を膨らませればどんな難題にもある程度の解答を得ることができる。調子に乗って、驕って、怠ってなければ――誠実さを忘れていなければ二人は認めてくれたかもしれないのに。


「フィエリアに調子乗った発言した癖にこの体たらく。何も変わっていない、高校生になっても図書室に籠っていた、異世界に来てもこうやって現実から目を逸らそうとしている。本当に自分、って奴が嫌になる――本当に良い加減にして欲しい」


 死、という選択肢を選ぶのは当分先にする、と決めたばかりだから人生からは逃げない。だから、生きなくてはならない。成功体験がない人間の人生は悲惨だ。世界を、何よりも自分を信じられなくなってしまうから。


「なのにこうやって……本当は理解している、って他人に宣言しなくちゃ耐えられない承認欲を持っている。余りにも罪深い、誰かがそ、っと終わらせてくれれば良いのに」

「放浪者さん……」

「まぁ、そんなことを思っていただけだよ。明日からどうっすかな……」


 俺が〈秩序統制機関〉に貢献することはできない。今まで何もして来なかったツケ。終わった後にもっと勉強しておけば良かった、と言う受験生そのもの。

 ここを追い出されたらもう野垂れ死ぬしかなさそうだ。せめてそれまでにフィエリアから魔法を教えて貰いたい。


「どうだ? 満足したか?」

「いえ、人にはそれぞれに事情がある、と改めて考えさせられました。私達から見たあなたと、あなたから私達は当然違う、ということを忘れていたんだと思います」

「そりゃ環境が違えば、思考の方法も変わるだろうけどさ……」

「その上で、言わせて欲しいことはあります」

「説教は好きじゃないんだけどな……でも、聞いた貰ったんだ、こちらも聞かないとフェアじゃない」


 ありがとうございます、とウィンティは何でもないことに感謝を述べる。

 正面からの視線を感じつつ、すっかり冷めてしまったカップを触りながら俺は言葉を待った。


「――この世界には魔獣といった災禍が多く存在します。〈秩序統制機関〉のように十分な武力を有しできなければ一方的に蹂躙されます。〈名無し村〉のことは聞きました。あなたの外に対しての懸念は的を射ています。今日の一連の行動も安全な場所から追い出されることを危惧したものなのでしょう。そのような背景を知った上であなたの行動を客観的に観て――私はあなたの行動が間違っている、とは思いませんでした。理性的で合理的、私好みの答えです」

「――……」


 こんな俺を肯定しくれるなんて……――不覚にも込み上げるものがあった。


「残念ながら結果は伴わなかったみたいですが、挑戦しないことに比べれば幾分かマシでしょう。取り返しがつかなくなった訳ではないですから」

「それはどうだろうな。ムーンにもジェットにも愛想尽かされているだろうし、挽回できないラインまで来てるだろ」

「私に言わせればその思考はナンセンスの塊です。むしろ絶望の塊です」

「絶望の塊!? そこまでではないだろ!」

「たった一度の失敗で諦めることの何が希望だと言うんですか。物事には順序があります。いきなりしたいことができるようにはなりません。そもそも失敗せずに済ませよう、という考えから間違っています。取り返しがつくなら幾らでも失敗すれば良い。最後の最後に成功すれば良いんですから……――あなたには一回くらいやり直すだけの時間があるのでしょう?」

「――一回……」

「これを好機と捉えるか、危機と捉えるかはあなた次第ですけど」


 ウィンティが言っているのは全部綺麗事。失敗の上にしか成功は存在しない――言いたいことはわかるし、納得もできる。

 だが、前提条件を忘れてはならない。失敗は取返しがつく必要があり、正しくなければならない。努力の方向性を間違えてしまえば結果は遠ざかる。


「適材適所に当てはまらない人物だっているだろ。必要とされない才能があっても意味がない」

「何も行動を起こしていないのに何を言っているんですか? ――と、言いたいところですが一理あります。得意なことと性格が合っていない、ということもあるでしょう。ですが、あなたは違うでしょう?」

「……何が……?」

「私はあなたにしかできないこと、知らないことがあると確信しています」


 ウィンティは慈愛の満ちた色素薄めの瞳で俺を優しく包み込む。

 その希望に縋れば、俺は俺を諦めずに済むのか――?


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