10.〈秩序統制機関〉――バイト戦士
◎
「――要件は以上です、ご協力ありがとうございました」
「はい……」
「情報を精査した後、再度ご質問するかもしれません。その時もご協力お願いします」
消沈して机に突っ伏す俺にデッドリーは視線も遣らずに淡々と述べた。彼女は目下、ノート端末に指先で情報を入力している。
冗談ではない、こんな尋問染みたご協力を何度もして堪るか――。
呼び出された要件は〈名無し村〉の襲撃の情報提供なのだが、まるで尋問でもされている気分だった。質問の圧は勿論、神経質と断じれるほど細部まで訊かれ、記憶力が弱い俺としては辛いものがあった。
まるで本職の刑事だ。完全に被疑者に対する態度だった。
場所による精神的な萎縮もある。連れて来られた迷宮層の一室の背景が真っ白なのはデフォルトだとして、中央の机を挟んで向かい合うのは完全に取調室だ。
部屋の脇には壁に背中を預けるバスターもいたが、傍観に徹して援護してくれる、なんてことはなかった。彼女もまた俺に圧を与える、もしくは監視の役割を負っていたのだろう。
デッドリー――淡い紫髪のツーサイドアップで左右にきっちり纏められている。初対面の印象が悪かったからだろう、眉が常に吊り上がっていて非常に不快そうだ。敬語という口調もあり、ここで出会って来た誰よりも壁を感じる。
役職は参謀局情報部第一席――〈秩序統制機関〉の活動に関する情報を収集・精査・インデックスするのが主な役割とのこと。意味がわからない。
「では、私は仕事がありますので先に失礼します」
デッドリーはノート端末を胸に抱き、取調室を後にした。あなたは暇そうですね、と言外に言われた気分だった。
美少女相手なら何でも許せる、と考えていた時代が俺にもありました。そんなことはなかった。敵意は誰から貰っても辛い。
「お疲れ様。予想はしていたけど、予想通りの質問攻めだったわね」
他人事のように労って来たバスターは先程までデッドリーが座っていた席に腰を下ろした。
「私怨が多分に混じってたけど」
「それはそうでしょう。フィエリアと添い寝なんかしたから」
「嫉妬なのか?」
「嫉妬だろうね」
「嫉妬なんだ。だから、と言って可愛い奴だとは全然思えないけどさ。途中からどうやって鼻を明かしてやるか考えてたわ」
「落ち込んだり、反骨したり忙しない。ちなみにここの会話録音されているから」
「わぁ、デッドリーは良い奴やなぁ」
そんな漫才みたいなやり取りができるくらいには回復してきた。これで〈名無し村〉での事件も本当の意味で終結を迎えることとなる。精神的にまだまだ引き摺りそうだが、俺も肩の荷が下りた気分だ。
「――ところで、訊きたいことがあるんだが」
「何?」
「デッドリーに尋問されている途中には雰囲気的に訊くに訊けなかったことなんだけど――〈混沌魔獣〉ってのは何なんだ?」
デッドリーの説明を兼ねた質問の中で出てきた未知の単語の一つ――あの黒鬼のことを〈混沌魔獣〉と呼称していた。見るからに恐ろしそうな呼ばれ方をされている。
バスターは俺から視線を外しながら淡々と説明を始める。
「以前、この世界で大きな事件が起きたことは言ったこと、覚えてる?」
「一〇年前に起きたとか言っていた奴か。そのせいで魔物が増えた、って言う……まさかそれが?」
「そう、だけどもう少し補足する必要がある。その災禍によって魔物が溢れたのはその通り。その中に取り分け戦闘能力が高い化物が混じっていた。それが私達が〈混沌魔獣〉と呼ぶもの」
「混沌魔物じゃないんだな」
細かいところが気になってしまう、俺の悪い癖――ではないが統一されていないのは落ち着かない。
「様々な個体や種別が発見されているけど、そのどれもが人類へ対しての敵意――いえ、殺意ね。殺意を持っていた。本来持っているであろう生物的本能を差し置いて……と思われていたけど、これも正解ではなかった。本能こそが人類殺戮だったの。そんな滅茶苦茶な生態を揶揄して魔獣と付けられた」
「じゃあ、黒鬼は〈名無し村〉の住人に導かれて来たのか」
「そういうことになる」
「この世界はそんな化物がうようよしてるのかよ、弱者に厳し過ぎだろ」
「そのために私達はいるけど限度はある。間に合わないこともあるし、間に合ってもどうしようもない状況も少なくない。〈名無し村〉の場合は〈混沌魔獣〉の戦闘力は低かったから、早く到着できれば被害は抑えられた公算は高かった。今更詮無い話だけど」
「あれで、弱い――?」
あの、五メートルはある巨体にも関わらず目にも止まらぬスピードを叩き出した化物が? これで弱いなんて言われたら一般人はミジンコみたいなものではないか。
但し――バスターの語気を強めの接続詞が続く。
「それは〈混沌魔獣〉の中で最弱クラスだった、ってだけ。それですら私達は撤退を余儀なくされた。とても人類が戦って敵う相手ではない」
「……撤退したのか?」
「えぇ、何度四肢を斬り落としても再生する治癒力を攻略することができなかった。移動不能に陥らせている間に退却したわ」
俺は遺跡でエースがソードビットで鎧そのもののような魔物をバラバラにする瞬間を目撃したことがある。鬼の腕を切断できても不思議ではない。
それでもなお、倒せない相手があの黒鬼――埓外過ぎて俺のセンサーではどちらの戦闘力も測定できそうになかった。
「〈秩序統制機関〉はあなたが思う程強い組織ではない。そうね――目算では、七割以上の戦闘に撤退もしくは敗北している。その上でここで生活することのリスク、努々忘れずに」
「……了解」
なんだか寝起きに冷や水を掛けられた気分だ。
俺はまだまだこの世界のこと知らない。〈秩序統制機関〉のこともだ。元の世界に戻れる宛もない以上は適応するしか選択肢はない。
目下の課題はフィエリアから魔法について教えてもらうこと。但し、どれ程の時間が掛かるかは不明。俺が、いつまでこの船――〈パルテン・オーダー〉に居られるかわからない以上は漫然と時を過ごしていられる余裕はない。
俺だって必死なんだ、君達の境遇には同情するが、優先は自分の願望。この船に長く匿われるため、俺は俺のために君達に貢献しよう。
――翌日から目的達成のため、俺は小賢しい言い訳を考えた。
「ここで一ヶ月程お世話になったから恩返ししたいな。何か知らないか? 何でも良いからできることを言って欲しい」
あくまでも真摯さを全面に出したつけ込むような台詞を、顔を見に来たエースとエクスへ伝えた。顔を見合わせた二人は渋々、という風にではあったがオーケーサインを出してくれた。
晴れてバイト戦士になった俺が派遣されたのは厨房。
元の世界では一人暮らしをしていて、家事全般はできる。凝ったものは作れないが毎日自炊はしていたので技量は申し分ない、と思いたい。
「――ふぅん」と、厨房の主であるジェットが値踏みするように目でエプロン姿の俺を見る。「別にお手伝いとか必要ないんだけど?」
「ずっと気になっていたんだがその髪型料理する時困らないのか?」
銀色のツインテールは視覚的に楽める髪型で俺としては構わないが、料理の最中に左右に気が散るだろう。それじゃあ三角巾付けている意味ねぇやん。それとも、縁起とか一種の儀式のようなものなのか。何にせよ強要するつもりはなく、単純な疑問である。
「これくらい問題ないわ。手は幾らでもあるから」
「そ、そうか……」
「ここで何をするかは自由だけど、くれぐれも私の邪魔はしないように!」
突然テリトリーを侵されたんだ、邪魔者扱いされるのも当然されるし、邪険にされることは想定していた。
この程度の圧には屈しない。まずは俺がこのキッチンですべきことを見つけよう。
まず、第二階層の中央を陣取る厨房はホテルのキッチンかと見紛う広さを有している。台や棚など、全面銀色というのはイメ―ジ時通りだとしても、数人が厨房に立つことが想定された範囲をジェット一人で扱うのは些か効率が悪いように見えた。
これでは機能のほとんどを扱え切れずに持て余すことになる。
中央に鎮座する中州のような台に調味料らしき硝子瓶がずらずら、と並べられている。棚には見覚えのあるものから、使い方を予想もできない調理器具が置かれていた。コンロは直火で、換気扇が天井に張り巡らされている。厨房の角に置かれた観音開きの冷蔵庫は硝子張りでどんな食材が入っているか一目瞭然。冷凍庫も同様。
片面はカウンター席と繋がっており、俺も何度かお世話になった食堂を見渡すことができる。
所々、ギャップはあるものの――文明と効率化の終着点は同じようで、想像を大きく超えるようなものはなかった。これなら意外と早く慣れそうだ。
「よっおおおし――!」
唐突にジェットが雄々しく叫ぶ。気合いはチアガールではなく応援団のそれだ。
「コードネーム〈ジェット〉――固有武装〈神之一手〉」
どこからか飛来した微光がジェットの背中に集約すると、少女漫画脳全開な桃色のリボンが現れた。可愛らしい蝶々を基点として数十の腕が生えてくる――シルエットはまさに千手観音のそれ。もしくは蛸の魔物か。
固有武装なんて言うから兵器が出る、と考えていたが平和的な見た目をしている。
「――さっき、〈手は幾らでもある〉とか言っていたけどまさか物理的だとは……これは前言撤回だな。この厨房はジェットのために作られたようなもんだ」
各々の腕が別の生き物のように蠢く――いや、蠢きどころではない。その指先が織り成す目的意識を持った作業は人にしかできない繊細なもの。
ある腕は冷蔵庫から食材を取り出し、ある腕はまな板を準備し、ある腕は包丁を構える。それぞれの腕が調理工程を同時並行して進めているのだ。
その基点であるジェットは腕を組んで偉そうに仁王立ちしていた。
「……本体の意図を汲み取って自動で動くのか?」
素人に毛が生えた程度とは言え、俺も多少料理をして来た。その身から言わせてもらえば今目の前で起こっているのは調理という概念を覆すものだ。
人は包丁で食材を切りながら、フライパンを振るうことはできない――そんな当たり前をぶち壊す、次世代の調理風景が広がっている。
この効率を多人数でできるかと言われればそうではない。人が沢山いてもその間のコミュニケーションというラグがある以上、思考と行動に大きな遅延が生まれる。だが、この手はジェットの思考のみが介在している。統一された意思と、あり得るはずのない手数により世界最速の調理が現実に行われているのだ。
余りにも高速で作業が進むため、傍から見れば触手が蠢いているようにしか見えない。
その内の一本がヒュン――と、俺の鼻先を掠めた。
「あ?」
摩擦熱に鼻の天辺が熱くなる。一体何が起きたのか、初めは訳が分からなかった。しばらくしてから攻撃されたのではなく、俺の後ろにある調理器具を取って行ったことに気づく。
文字通りの目にも止まらぬ速さだ、直撃すれば金属バッドで殴られるくらいには痛そうだ。
ビュン――と、再び腕が俺目掛けて伸ばされた。心構えは済んでいる。身体を半身にして危な気なく避回避。マジックハンドは果物ナイフを掴むと同じ道を通って戻って行く。
「ナイフは流石にヤバい、って……――」
――しかし、それは序章に過ぎない、と数秒後に俺は思い知ることになる。
次の瞬間、数多の腕が一斉に迫って来たのだ。その手には使用済みの調理道具が握られている。狙いは背後に設置されている水道横の食洗器だろう。
「待て待て待て待て! 使用した直後、ってことはこのフライパンは高熱だよなっ!?」
俺のことを殴らんばかりに振り下ろされるフライパンを何とか回避した先に、胸を突きささんばかりの殺意が籠った包丁が待機していた。気合で身を捩り、回避したことで喉奥から嗚咽が鳴る。無理な体勢になった時点で次の回避はほぼ不可能だった――足下を掬われた。
前歩につんのめりながら反射的に伸ばされている腕を掴み、崩れたバランスを辛うじて整える。
「――とッ、マジで危ないな……!?」
「へ――」
俺ではない口から驚き混じりの情けない声が聞こえた。
腕を引っ張った、ということは繋がりを辿った先をも引っ張ることでもある。俺がその場で踏ん張ろうと腕を引くことでジェットとの距離が縮まるどころか激突した。俺達は声を上げる暇もなく、揉みくちゃになって倒れた。
「痛っ……――って、何だこの感触……」
「――っ」
まず感じたのは倒れ込む中で後頭部を何かにぶつけた痛みだった。頭をさすろうとして――掌に走る妙な感覚に動きを止める。頭も手もとても柔らかく、暖かい何かに包み込まれていた。どのような状況なのか確かめる前から嫌な予感が脳裏を過って仕方ない。
だが、このまま何もしない訳にもいかなかった。俺はジェットを押し倒すように倒れている。太腿に頭から突っ込み、偶然にも右手が慎ましやかな胸に触れているではないか――いやはや、これは驚いた。
これが現実は小説よりも奇なり、って奴か。
ひっくり返ったのは俺やジェットだけではない。腕が運んでいた調理器具、途中まで作られていた料理までもが床に散乱していた。考え得る最悪の惨状である。
ジェットは今にも爆発しそうな紅い顔で口を引き結ぶ――決壊まで秒読み。
「――ッ、ここからとっとと出て行けぇえええええ!」
「この度は大変申し訳ございませんでした――!」
最後に見たジェットの眼の端には僅かに涙が溜まっていた。




