13話 セッション
火山都市ヴォルケーノの真昼間は、うだるような都市名のイメージとは裏腹に爽快であった。
とりわけ海からすぐの商業地区では、心地よい潮風が人混みの熱気と湿度を取り払い、ショッピングやオープンテラスでの食事を快適なものにしている。
そんな賑わう市場が、今日はいつもと違う種類のざわめきを見せていた。
呼び込みに精をだす商人に爆買いする観光客、騒音芸術を垂れ流すストリートミュージシャンと、普段は群像劇さながらの市場だが、今日に限っては『明確な主役』がいた。
その主役が、深也の目の前を歩いている。
彼女が歩を進める度に、劇場のカーテンのように人混みが割れる。
彼女がふと微笑めば、周囲に数秒の静寂が生まれる。
ちなみに彼女が怒ると、後ろを歩く深也に視線という名の槍が四方から飛んでくる。
深也は鬱陶しさ半分、そして何故か覚える優越感半分という、ひどく不思議な感覚に陥っていた。
不意に、彼女が振り返る。
「……聞いてますか?」
「ん、聞いてる……なんの話だっけ?」
「本当にもう……」
不思議な感覚を与えてくる張本人、フィオナ・ルーンテラーが、これ見よがしな溜息をついた。
もっと出来るはずの子供を見るような、どこか不満げなフィオナが首をかしげて深也を覗き込む。
その動きへ付き従って揺れた前髪が、彼女の目に黒い御簾をかけた。
絹糸のような黒髪の隙間から、蒼い瞳が深也をジッと捉える。
今日、何度も思わず息を呑みかけてきた深也の自己防衛は速い。
心の動きがバレないよう、適当に視線を外して誤魔化す。
バレたら負け、何の勝負なのかは分かっていないが。
ある程度動悸が落ち着くと、耐性獲得のために、あえて見つめ返す。
すると今度は、フィオナがふいと視線を外してしまう。
いつもの大人びた雰囲気と違う。
後ろで短く結われた黒髪も相まって、立ち振る舞いにどこか幼さを感じさせる。
(そういや、コイツのオフの服見るの初めてだな)
フィオナは髪型だけでなく、服装も洗練されていた。
裾の青から白へとグラデーションしていくブラウスの緩やかさと、シンプルな黒のジーンズの機能美。
そのコントラストは色彩的な美しさを演出するだけにとどまらない。
ゆったりとくつろげる場所、アクティブに遊び回る場所、どこへ連れ出されてもいいように誂えたような、オフにおける”少女の隙”を見事に演出している。
だが、当の『誘ってほしい』と考察できる人物は機嫌が悪いのかそっぽを向いたままだ。
ライセンス試験以降、深也と会うたびにこれである。
どこかそわそわした浮わついた雰囲気をまとっているくせに、少しでも深也が踏み込もうとすると逃げてしまう。
もっとも、それが深也の思い違いならそれまでの話だが。
「なぁ、この間からずっーと機嫌悪いの、いい加減直してくれ」
「なんの話ですか?」
「今度はお前がそれ言うのかよ……あの時言った見返りも、もう別に求めてない。 それでいいだろ、これ以上は何もノシつけられねぇよ」
「……もう?」
「もう、だろ。これといって俺は何も貰ってない」
呆れて物を言うことも馬鹿らしいと蔑んだ目で見てくるフィオナに対し、深也も必死に記憶を掘り起こしてみたが、まるで見当がつかなかった。
「……よし、話戻そうぜ」
「また後でしますから、早く思い出してくださいね」
「だから何をだよ」
「6回もしたのに……」
「した? 貰った? 本当に分からん」
「私にも尊厳があるので、教えてあげません」
(面倒くせぇ……いや……)
愚痴はもちろん、深也の心の中だけで処理された。
これ以上の面倒事は御免被る。
だが、そんなささやかな願いこそが次なる事態を呼び込むことになる。
「あ、いたいた! お二人さーん!」
空気を読む気が一切ない陽気な声に呼び止められた。
見やると、スーツ型のアビスフレームに身を包んだ金髪の優男が、犬の尻尾のように片手を振りながら近づいてくる。
この街のギルド、炎熱の支柱でタスク管理部門に勤めているシャックだった。
「やっほ、デートかい?」
「そう見えます?」
「ただの荷物持ちだよ。 お前こそどうした、事務方がそんな物々しいもん着て」
事務員であるシャックが業務で海に入ることは滅多にない。
いつものごとく少年のような笑顔で、糸のように細めた目から真紅の瞳が見え隠れしている。
(どっから来るんだろうな、この胡散臭さは……)
同性だから評価が厳しいというわけではない。
が、スーツ姿のシャックは、いつも以上に深也の中での信用度が低かった。
顔、良し。
身長、体格、ともに良し。
故に、しっかりと着こなされているスーツタイプのアビスフレームだが、シャックの軽薄さが一層際立っていた。
良く言えばホスト、悪く言えば詐欺師のような出で立ちである。
「どうしたってシン君、知らないにしても、街とか市場の様子で察しつかない?」
「私もさっきからそれが気になっていて、なんだかいつもと違う感じが……ここに来たばかりの私が言うのも変ですけど」
「いや、そりゃあ……」
――お前がいるからだろ?
考えなしに喉元まで上がってきた言葉を叩き返し、深也は改めて市場を見渡した。
旅行客が異様に多い、市場は元々そういう場所ではあるが、フィオナが原因のざわめきを除いても、確かに、いつもと熱気の種類が違う。
どこか緊張感のようなものを感じる。
「あー……あっ、そうか。今日だったか」
「うん」
「なんです?」
「各海域のギルドの首領が集まる『定例会』があるんだよ。今回はここ、ヴォルケーノが会場ってわけだ」
「そうそう。それでギルドの職員は全員、見栄えするこの正装なわけ」
「なるほど……ところで、私たちに何の用が……」
「いやさ、ウチが管理している海底遺跡あるでしょ?定例会で、ついに選抜制で限定解放をしようぜって話になってさ」
(ようやくかよ……何が進行フラグになってたんだ?)
このゲームにおける最終目的は、海底ダンジョンの踏破。
深也の目的もそ当然そこにある。
ダラダラとプレイしてはいるが、未だダンジョンに立ち入ることすらできていない原因は、深也の怠惰ではない。
原因は、ダンジョンに眠る先史文明の遺産にある。
ただの価値ある骨董品で終わるはずのないものがダイバー個人の手に渡ることを危惧したギルドたちが、判明しているダンジョンへの立ち入りを厳しく制限してきたのだ。
「どうせ後から広まるだろうに、わざわざそれを言いに来たのか、ヒマかよ」
「もちろん、ヒマな要件じゃないから来たんだよ。膨大な旅行客を捌くのに人員とられたのと、限定解放に向けての警備体制の改訂で忙しくしてたところを狙われてさ」
「オイ待て、その先聞きたくないぞ」
深也相手に遠慮を知らないシャックは、当然待たない。
口を塞ごうと伸びてきた深也の手も軽く躱した。
「ダンジョンの内の1つが海神の三叉槍に占拠されちゃって」
あちゃー、とシャックは天を仰いだ。
面倒くさげに睨む深也とは対照的に、コミカルで大げさな仕草で言葉を紡ぐ。
「そういうわけで、腕の立つダイバーたちに招集をかけてるのさ、強制力ありきで。まぁ『最奥の財宝が盗られる前に奪りませんか』って言ったら、みんな喜んでたよ」
「言いやがったよ……どのみち取るもん取ったら皆失せるだろ、俺はそのあとでも別にいいさ」
「財宝に興味ないの?」
「あるに決まってんだろ」
苛立ちで頭を掻きながらも即答する深也を見て、シャックがケラケラと笑った。
◆◆◆◆◆
-3H
ギルド、炎熱の支柱の首領室
(……あっつ)
いまいち物足りない冷房を誤魔化すため、シャックは手うちわに勤しんでいた。
他には何もしていない、ただ突っ立っているだけ。
だが、断じてサボリではない。
目の前の老人に比べれば、自分はかなり勤勉かつ功労な青年であると胸を張れる。
手うちわと耳掃除では比べるまでもない。
「耳クソがとれん」
「会議の前に耳毛と耳クソ気にしてるの、ボスくらいですよ」
「いやお前シャックな、大事なことだぞ? それと会議の前じゃない、とっくに始まってる」
「そういやそうでした……むしろそっちのが重要でしたね」
「わははははは! まぁ、耳クソはこの辺にしておいてやるか、オシ!行くぞ!!」
耳に突っ込んでいた小指を引き抜き、付着した皮脂をフッと吹き飛ばしながら、炎熱の支柱の首領グレイブ・リヒターは立ち上がった。
思わず見上げるほどの偉丈夫である。
70才という、ギルドの首領の中では圧倒的最年長の男は、ギルドのメインカラーである赤と黒の制服を身に纏い、年齢を一切感じさせない歩幅とスピードで会議場の扉の前まで到達していた。
扉を開ける直前、グレイブがついてきたシャックの方へと振り向く。
「で、だ。このタイミングで悪いが最終確認だ。本当に紡ぎ手だったのか?」
「はい、都合よく心肺停止したので、ちゃんと見てました。 泣くぐらい焦ってたフィオナちゃんは気づいてませんでしたけど、消えかけてました」
「よーしよし、あいつら納得させるのには、その確信が重要だからな」
シャックが『どうする気か』と尋ねる前に、グレイブが会議場の扉を弾き飛ばすかのように開け放った。
突然の騒音、しかし、中にいた者たちは誰もグレイブを見ない。
この男は、いつもこうだからだ。
驚くのも面倒だと思われているのである。
「”全員”いるなぁ」
グレイブを含めてたった5人、空席が1つ。
たった5人だが、各海域を統べる王と言っても過言ではないギルドの首領達。
【夜鳥】 オリヴィア・ハサウェイ
【氷河の社 】ギンジ・ギアーズ
【海樹宝鐘】 バーンズ・スタッグ
【真砂に綴る】 ヴァン・クリード
入室したグレイブを見もせず、ヴァン・クリードが毒づく。
「おせぇよ、ジジイ」
怒りを隠すためか、彼の口元から鼻筋にかけては、金の刺繍が施された紫のバンダナで覆われていた。
むしろ分かり易すくなった不機嫌と嫌悪、それでコントロールできる相手なら良かったが、生憎の事グレイブはご多分に漏れる。
悪戯を思いついた子供のような剝き出しの笑顔で、ヴァンの悪態を迎え撃った。
「いやぁ、ダイバーランクの中央値だの報酬金の捻出だの、そんな些末な報告とか面倒なんでな。現状ウチはどっちも困ってない。もうそういうの、済んだよな?」
むしろお前たちが俺を待たせていたんだが? と言外に匂わせるグレイブ。
誰の反論もなく、ただヴァン・クリードがテーブルの上で思い切り拳を捻りこむように握りしめ――結果、テーブルが破砕した。
突然の事態に沈黙が落ちたのは一瞬、まず、バーンズ・スタッグが吹き出した。
黙っている時には切り出した彫刻のように鋭い印象を受ける銀髪に四角メガネの男が、腹を抱えて大笑いする。
「ぶはははっは! また口喧嘩で負けて!! よせばいいのに、なんで仕掛けるかね、君は!」
「うるせーぞ! バーンズ!!」
「負けた自覚あり! わっははーい!、いやぁ面白かった! これを見込んで遅れてきたのですか、ご老公?」
「なわけねぇだろぉ……本題をまとめてたんだよ」
「耳毛抜いてましたよ?」
「シャックー?」
野郎同士のじゃれ合いという、ひとしきりの茶番を終え、グレイブがようやく席に着いた。
「とにかく本題、本題だよ」
「あら、さっき自分で言ってたじゃない、定例会の本題は貴方抜きでとっくに終わったけど?」
「そう言うなよ、オリヴィア。とっておきだぜ」
グレイブは指を5本立てて見せた。
まがりにもギルドの首領まで上り詰めた者たち、それだけで察する。
「今、かなりの数が手中にあんだよ。源詩の魔導が2つだ、あと4つ。把握できている海胤が3つ、あと3つ」
「それまだ信じてたのね……」
ぽつりとオリヴィア・ハサウェイが零し、指先で淑やかに失笑する口許を隠した。
喪服のような黒衣を全身にまとう妙齢な美女がするその仕草は、本人の意図とは関係なくひどく艶やかだった。
ちなみに内包された彼女の意図は『馬鹿馬鹿しくて欠伸が出る』である。
グレイブが言っているのは、伝説にある7つ目の海へ”挑むための”鍵の数だ。
そんな寝物語よりも、源素の魔導が2つも傘下にあることの方が重大ではないのかというのが、その場にいる大半の者の率直なところだった。
「まぁ、数が揃うこと自体は過去にもあったからな。さしずめ、鍵はあるが開ける扉がないマヌケな状態が続いてきたわけだ」
「リヒターさん、それで?」
少し身を乗り出し、ギンジ・ギアーズが話の先を促す。
軽く七三に分けられた黒髪と、病的に白い肌が持つ誠実さと清潔さを湛えた青年なのだが、寝不足続きが見て取れる濃いクマが添えられた紫の瞳が、その印象を打ち消すほどの剣呑さを放っていた。
「俺のところに紡ぎ手がいる」
予想はしていたが、まさか本当にその単語が出てくるとは思っていなかった。
首領たちが驚愕の表情を浮かべる中、特にギンジが頭を抱える。
「最後の否定材料だった"扉"も、もう有ると見て備えるべきだ。生き証人が現れたんだよ、7つ目の海の。海魔石なんぞに左右されない、資源に溢れる穏やかな海と、そこで育った文明と世界がな」
”こちら”と”あちら”がある。
降って湧いた「魔力のない世界」の存在を、紡ぎ手が証明してしまった。
それは逆説的に、こちら側が魔力の存在する世界――すなわち「魔界」であることの証明でもある。
会議場の空気が一気に血生臭いものへと変わっていく。
『まだ見ぬ海がある』たったそれだけの理由で、ダイバー達は未踏を制し、世界を切り拓いてきた。
先住民や海凶と殺し合いをしながら。
例外はただの1つとてして無い。
ではこの異世界に対しても、そう出るのか。
これまでとは違う、異界の海との接合は、ダイバーたちが作ってきた時代の終焉を意味している。
海魔石という資源がなくとも回る世界への扉が開かれたが最後、権力基盤は崩れ、ライフラインが丸ごと変わる、文明の根っこが引き抜かれることになるだろう。
異界からすれば海魔石という見知らぬリソースが加わるだけの話で、更なる発展に繋がるかもしれない。
しかし、こちらの世界は目も当てられないことになるだろう。力関係は明白だ。
そうならないための防衛策か、あるいは単なる支配欲からか、先史文明は扉を開けるための鍵の蒐集に『褒賞』を持たせた。
魔海の王という、海の魔力と海凶を統率する力を。
確定事項のように、グレイブが宣言する。
「異世界との接合は、”絶対に”阻止する」
少なくともグレイブに、既得権益を守りたいという意識や、これ以上の支配海域の拡大思想はない。
ただ、地図にない土地と未知の文明、これらとロクな出会いになった試しがないと歴史が証明しているだけのこと。
それが世界規模ともなれば、流れる血の量は計り知れない。
為政者として、そんな事態は避けなければならない。
その点について、この場に同席している者も異論はないだろうとグレイブは考えていた。
「個人的には、生殺しがいいと思ってる。見つけ次第、源詩の魔導は保護・監視だ。嫌われちゃかなわん。総数の分からん海胤は厳重保管か、破壊か……もしくは、身内から装備者を見繕ってもいいだろう。戦力増強にもなる。最悪、そいつと一緒に処理もできる。ダンジョンで苦労して手に入れた直後のところを狙えばいい「ちょっと待ってくれない?」」
このまま畳みかけてしまいたかったグレイブだが、案の定『待った』をかけられる。
割って入ってみせたのはオリヴィアだった。
「それに、どこの誰が協力するの?」
「今、俺はお前らに向けて喋ってるつもりだが?」
「言葉を言葉通りに取らないでよ、わざとなの? はぐらかしてるつもり?『誰が身を切るのか』って話よ」
「そりゃ、手前のとこに所属しているダイバー達になるだろうがよ」
「金やモノと違って、人的資源は替えが効かない場合があると言ってるの」
「……なんなら、ウチから派遣してもいいぞ」
「グレイブ、ちなみに今の貴方の発言はね、土足で上がり込んできて私のところの財産に手垢を付けるってことなんだけど」
「世界規模の話してる時に、縄張り意識の強い女だなぁ……どうすりゃ信用してくれるんだ? まず俺たちから身を切ってみせろってことなら、とっくに用意してあるぜ。手始めにだな」
ダンジョンの限定解放を行う、そう言いかけた矢先だった。
「会議中、失礼します!」
フレイムピラーの男性職員が一人、血相を変えて会議場へ駆け込んできた。
足取りが早い、会議中にもかかわらず伝えに来るとは、よほど火急の要件か。
「すみません、ボス、会議中に」
「どうした?」
「それが「限定解放予定だったダンジョンが占拠されました」」
部下からの報告に、別の男の声が割って入った。
薄ら笑いの混じる、軽薄な若い男の声が。
誰も声のした方向を見ない、ワンアクションで殺すと決めているからだ。
空席だった残す1つのギルド、【深理】の席に男が腰掛けた。
ギシリと椅子の軋む音が、それを告げる。
――それは”ない”だろう
目を丸くしているシャックと頭を抱えたままのギンジ、報告に来た職員以外の全員が、護身用に装備を認められていた小型の武器に手を伸ばす。
だが、ナイフの柄、もしくは撃鉄に指がかかる速度を”魔導”が上回った。
前触れもなく、何もない空間から杖を持った手が2本現れる。
「虚空の灰詩 【ディメンション・フィールド】」
「深海の蒼詩 【ハイウェーブ】」
次元の裂け目としか形容できない空間の亀裂から、膨大な量の水が室内へと流れ込んだ。
怒涛の勢いで流れ込んだ水だが、しかしドアの隙間から排出されない。
まるでこの室内だけが、世界から切り離されているかのように。
(ここを海中にする気か!?)
敵の狙いに気づくと同時に、グレイブはアビスフレームを装備していないことを悔やんだ。
だが、陸上ではすぐ大気に散ってしまうエアの性質上、エアソリッドシステムは使えない。
通常駆動に関しても、鎧としての機能すら果たさない。
そんなものを着込む必要性がなかった。
水位は1分と経たず、すでに肩まで達しようとしていた。
「シャッーク!」
「はい?」
「なんとかならんのか!?」
「この魔導、多分『水を部屋の外へ漏らさないこと』にリソース割いてるんで、人は脱出できますよ?」
「早く言え!!」
グレイブを含めた首領たちと報告に来た職員が、水をかき分けて会議場から飛び出す。
唯一、アビスフレームを制服代わりに着ていたシャックだけが、沈みゆく部屋に残った。
「……展開【紅蓮】」
水位が口元まで上がる前に、シャックはアビスフレームを展開した。
姿を現した赤と黒をメインカラーとする甲冑には、何の装備もない。
既にアビスフレームを展開していた襲撃者が尋ねる。
「お前は逃げなくてよかったのか?」
「”俺は”出られないようにしてるんだろ?」
鎧越しでも透けて見えるような愉悦を伴った敵の問いかけに、シャックがそれを上回る嗜虐を込めて応えた。
普段の、周囲に感染するほどの脱力感は、とうに消え失せている。
「炎天の血詩 シャック・ロックスクリーム、お前を捕獲する」
「中々活きのいい雑魚だな」
シャックから溢れ出した魔力により、周囲の水がまるで陽炎のように揺らめいた。




