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DIVE / DIVA  作者: 葉六
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14話 ハンドレッド

 海神の三叉槍(トライデント)が擁する大工房では、今回の作戦に向けて様々なアビスフレームの最終調整が急ピッチで進められていた。

 忙しく動き回る技術士たちを横目に、出撃を控えたダイバーたちは手の空いた時間を思い思いに楽しんでいる。

 だが、中には例外もいた。

 ダンジョンの占拠とは別の任務を言い渡されていたヤン・シェイもその一人で、自身の目でも仕上がりの確認がしたいと調整作業に立ち会っていた。


「別動ですよね。良かったじゃないですか」

「いや、あくまで保険だ、本隊による占領後の損害の多寡によって動く」

「そんな見えない意図を汲み取りだしたらキリないですよ。兎にも角にも、大役抜擢おめでとうございます」


 手元の端末でシステムの数値調整を行いながら、技術士のロレンツォが無邪気に祝う。

 単独突入など、なんとも華のあること。

 その任務に使用されるアビスフレームの調整を任されたことは、彼にとっても非常に光栄であった。

 しかし、そんな本心から出た祝福を、ヤンは期待はずれだと溜息で返した。


「会議場にはギンジ・ギアーズもいるんだぞ……」

「彼は丸腰を義務付けられていますし、他所で戦闘行為を行うだけで開戦まで行きかねない外交問題ですよ。ただでさえ、過去のやらかしをマッチポンプだのなんだのと吹っ掛けられ続けてきた氷河の社(ヒムロ)の国内情勢は穏やかじゃない。動けやしませんよ」

「じゃあ、対象ほんめいを捕らえられる見込みは?」

「……炎天の血詩(ヒートブラッド)は……まぁ、源詩の魔導(オリジン)の中でなら、一番のねらい目だと思いますよ」


 ヤンの問いに、ロレンツォが率直な見解を口にする。

 彼自身も、勝ち目のない戦いに自らの作品こどもを送り出す気は毛頭ない。


「中では……つまり、相対的に見て、か」

「そんな懸念持たせるような言い方でしたか? 海中でしか魔導が使えないのに、よりによって炎熱を操るなんて、尚更ねらい目でしょう」


 魔導の力学において『求める事象の規模や精密さ』と『消費魔力』が比例関係にあることは、研究で明らかになっていた。

さらに、周囲の環境や本人のコンディションの如何で事象発現の難易度が変わり、魔力消費量も増減すると分かっている。

その観点から言えば、炎熱を操る魔導は海中で運用するには、あまりに非効率的であった。


 本来発生しづらい水中で炎熱を生み出し続けるなど、どれほどの魔力消費量になるのか。

ましてや殺傷能力まで求めるとなると、もう熱線くらいしか選択肢は残されていないだろう。

熱線――収束させた熱エネルギーによる一点突破、速度も相まって優秀な攻撃手段と言える。

だが、それも海凶を相手にするのであればという話。


「一定以上のランクのダイバーで、あんな直線的な攻撃に当たる人はいないって、戦闘レポートでも証明されてます。ヤンさん、熱線系のエアソリッドシステムが躱せない人だったりします?」

「しないな。だが、一気に複数射、もしくは熱線を薙ぎ払ってきたらどうする」


網のように敷き詰めた水の刃で広範囲を薙ぎ払う、そんな魔導があるという噂を、ヤンは耳にしたことがあった。


「薙ぎ払いに関しては、照射時間と威力を減らすだけの行為で、複数射マルチバーストも正面に立たなければいいだけでしょ。立体機動が出来る水中なら難しくも何ともない……ていうか、今ぼくが何の調整しているか分かってます? ヤンさんの装備なんですけど」


 まるで我が子を愛でるように、ロレンツォは小型のアビスフレームを撫でた。

完璧な仕上がりである。

耐熱性を高めつつ性能は一切落とさずに調整を終えた。もはや質量の伴わない熱線など問題にならない。


「万が一にも、この子らが熱線なんて通しません。そうなると、向こうは直接触れて焼きに来るしかないわけですが……近づかれる前に、中距離で完封ダルマにしてやればいいんですよ。捕獲任務ってことは、要は『生きてればいい』んでしょう」

「……ふはっ、いいなぁ、それ。そうだな、生きてさえいればいいって条件を楽しまねぇとな。泣いて『捕まえてください』と命乞いするまで、せいぜい削ってやるか」

 

 ロレンツォの過剰なまでの自信がヤンに伝染し、歪な狂喜を呼び起こした。

警戒心の裏に隠れていた嗜虐趣味。

そもそもがこういう男、安心感をくすぐられて化けの皮が剥がれたとも言える。


 ◆◆◆◆◆


「(ウアー……)」


 襲撃者のアビスフレームに装飾された2つ並んだ渦の紋様、それが見えただけでシャックの中のやる気は一気に失せてしまった。

 雑魚は雑魚でもロクでもない雑魚だった。


 相手は海神の三叉槍(トライデント)の中の日陰者。

 シャック自身、欲を言えばキリがないのは分かっているが、せめて防波の盾(ガーディアンズ)がよかった。もし残す1つが出て来ていたなら小躍りくらい披露してやってもいい。

 しかし、ここはやってきたもので取り敢えず満足すべき。

 重要なのは、こんな雑魚を海に還すのはやめておくとしてどう扱うかというところ。


「ハァ……こうなってくると、どうするのがいいのか正直迷うよ。お前みたいな雑魚の処理」

「俺が雑魚?」

「その趣味の悪いエンブレム、潜入やら裏工作だのを専門にしてる【渦の目(ウォッチャー)】だろ? ……こうまで見え透いた捨て駒だと拾いにいくのも躊躇うねー」


 目の前の雑魚が聞かされているかどうかはともかく、狙いは自分シャックの捕獲、ではなく指揮系統の混乱だろう。

 おそらくダンジョンをまだ占領しきれていないのだ。

 常駐の衛兵の処理に手間取っているのか、もしくは損害により、こちらの増援が来た場合に奪還される可能性が出て来ている。


(つまり欲しいのは時間か……)


 ともあれ混乱自体は起きた。

 もうその狙いは完遂されてしまっている。

 ここから先は敵にとってすでにプラスアルファの領域、この捨て駒じみた雑魚も先程の転移魔導があれば回収できなくはない。


「捨てても痛くない単騎での小手調べ、まぁ常套だな」


 シャックが軽く首を鳴らし体をほぐす、もう品定めは済んだとばかりに。

 ここからは自分の気が乗れば遊ぶし、乗ってこなければ口だけ残して壊す。

 そう決めた、と空間を隔てた顔も名も知らぬ同族へ伝わるように魔力を集中させていく。


「単騎? 単騎なぁ……そう見えるか」


 襲撃者ヤンの背後にまたもや次元の裂け目が出現し、そこからワンドを構えた手が伸びる。

 シャックとしては増員を期待したが、どうやら違うらしい。

 やはり、アテにしているのは魔導士ウィザードのサポートということか。


「うーん、お前とその手じゃ比べるまでもないな。もちろん手が上」


(距離か内容物か、1日に何人も”送れる”わけじゃないのか?)


 シャックは自分の嘲りの言葉により男が怒りで肩を僅かに震わせているのを見逃していない。

 源詩の魔導(オリジン)は分かっていないことの方が多い。

 怒りで何か手の内を見せてくれるなら儲けものである。


「まぁ無策じゃないならさ、さっさと見せろよ。見た感じ面白ければ遊んでやるから」

「長引かせてもそれはそれで面倒、と思っていたんだが。やはり捕獲は死なない程度に嬲った後だ。……地獄を見せてやるよ、魔導士ウィザード

魔導士ウィザード、ね」


 お前は自分が何者と向かい合っているのか自覚があったのか、と驚いてみせるシャック。

 そんな余裕の態度を全く変えないシャックによって灯されたヤンの怒りの咆哮と共にワンドが振るわれ、次元の裂け目がその数を増やした。

 多い、十数個、さらに増える。

 人が通れるほどの大きさはないがシャックを包囲するように展開されていく。

 裂け目の中から短槍と思わしき形状の小型アビスフレームが次々と投下された。


「エアソリッド”遠隔起動”! 【スコルピアーロンズ】!!」


 起動したエアソリッドシステムにより投下された槍型のアビスフレームから背ビレと尾ビレという機動機構が生えていく。

 よく観察すれば背ビレは弓、尾が弦の役割も果たしていることが分かる。

 自走型のクロスボウ20数機による完全包囲。

 水中における絶対的なアドバンテージが瞬時に形成された。


「装備者不要、深理アストラの【リモートテック】……そりゃまぁ持ってて当然か」

「ふはっ、これから自分がどうなるか分かるか、シャック・ロックスクリーム」

「さぁ? お前をノした後だろ。とりあえず始末書でも書かされるんじゃないか」


 状況が見えていないトボけ方ではない。

 満を持して出てきたのがシャックの期待を大きく下回る代物だったため始まる前から飽きたという反応だ。

 ヤンの中で何かが切れた。


「その減らず口を残さないといけないのは業腹だが……」


 まるで銃を撃つようにヤンはシャックに向けて人差し指と中指を突きつけた。

 これは引き金にもう指がかかっていることを示すジェスチャー。

 弦が軋む音が一斉に木霊する。


 それでも尚、侮蔑と失望の軽口を絶やさずシャックは自身の足元、床の硬度を確かめるようにつま先で小突いた。


「まったく、よくそこまで期待を下回ってくれるなぁ。もうすこし面白みがあれば同じ土俵で張り合ってやっても良かったんだが……がっかりだよ」


 小突かれた床が寄木細工だったかのように組み替えられていき1つの立方体が出来上がった。

 取っ手がある、ヤンには真っ黒なアタッシュケースかのように見えた。

 つま先を器用に取っ手に引っかけてケースを蹴り上げてキャッチするシャック。


「魅せるってのはな、こうやるんだよ雑魚。 炎天の血詩(ヒートブラッド) 【換装錬金術コンヴァート・アルケミー】【型式:肆拾玖(№49)】【型式:伍拾伍(№55)】」


 漆黒のアタッシュケースに赤光が走る。

 熱線が均一な立方体へとアタッシュケースを分解した。

 その立方体が原型を留めることはない。熱が形を歪め、瞬く間に別物へと再構築していく。

 ヤンは直感的に理解した、炎熱が圧縮に圧縮を重ねた特殊な金属を溶かし、そうしたところで魔導を”解除している”。

 魔導によって成立していた超高温は、解除された瞬間に幻と化し、物理法則への帳尻合わせとして急速な冷却が始まる。

 溶解された金属が一気に硬質と鋭利を纏った。

 たったそれだけのことだが膨大な技能が、この”鍛冶”の背景にある。

 たしかに炎天の血詩(ヒートブラッド)は、炎熱を操ることしか出来ない魔導、シャック自身も異論ない。

 その延長線上に録なものがないということにも、異論ない。

 ならば捨てよう、ただ闇雲にではなく如何に捨てるべきか。

 単なる破棄ではダメだ、雑に削ぐでもダメだ、研磨して練磨しなければ。

 己が天賦ほのおの臨界点を知り、それを認めなくてはいけない絶望も糧に捨て去ることすら突き詰めた狂気の神業。


 焼きしめ、形成し、急冷して鍛え上げる。

 どの部位をどれほど焼き溶かすのか、どのタイミングで魔導を解除し、どのタイミングで再発動させるのか。

 彫刻のように徐々に削り出していく作業工程とは次元が違う。

 全方位からなる一斉形成であり、もはや創造に近い魔導による鍛造。

 それが寸分の狂いもなく”神速で”行われる。


「弾け飛べ!!」


 ヤンは実戦経験者、敵の技巧に見とれて硬直するなどあり得ない。

 しかし彼の視覚はシャックの鍛錬をしっかりと脳に認識させていた。

 確信する、これは死の間際にだけ与えられる極限の冴えだ。

 視界が焼けつき、音が遅れ、時間が引き延ばされていく。

 ここで殺せれば生き残れると叫ぶ生存本能で命中精度が底上げされた【スコルピアーロンズ】による一斉射。


(外れた!?)


 それをシャックは笑って搔い潜った、おそらくは。

 距離と時間を無視して目の前に現れたシャックの姿、ヤンはその結果から起こったであろうことを逆算したのだ。極致にあるヤンの知覚でさえ認識できたのは笑い声のみだった。

 ヤンの腹部に貫くような激震が走る。

 音が後から聞こえた、”すでに”撃ち終わったシャックの腕部には放熱を行う拳撃用の加速機構と命中時に更なる追撃を図るための銛をかたどったパイルバンカー。ヤンは距離を離そうとするがまたも走った痛みがその動きを止めてしまう。


「(痛みすら遅れて…いつ撃たれた!)……ッ!!!」

「まだ貫けない、ヒビだけか。すごいの着てるなぁ、溶かさないとダメか」


 文字通り言葉にならないほどの吐血と痛みに悶えるヤン。気を失うことはなかった。むしろあまりの激痛が彼に意識を保たせていた。


「もう足はいらないよな」


 またしてもヤンの目は撃ち終わりしか捉えることが出来ない。

 赤熱化した刃を伴ったシャックの脛部がヤンの両足を切り飛ばしていた。

 腕部同様に脹脛に錬成された加速機構による速度、脛に錬成された刃の鋭さと炎熱で以ってヤンの両足を薙ぎ払ったのだろう。瞬時に焼き切られた足からは血が流れ出ない。痛みらしい痛みもなかった。


 恐ろしい


 恐怖が嗚咽を伴ってヤンの胸にせり上がってくる。このままでは気づかぬままに、自覚せぬ内に殺される。

 シャックのしたことは炎による武装の錬成。

 常軌を逸したパワーとスピードは魔力とエアの混合がなせる業だろう。

 フレイムピラーの特専ユニークである【デュアルコア】によるアビスフレーム本体の超出力と、シャック自身の絶大な魔力を動力源とする装備、掛け合わせて産み出される基本数値スペックは桁が壊れている。

 そこまで考えてヤンは恐怖と思考を捨てた。考える意味のない単純な話で、シャックと自分では格が全く違う。

 魔導士ウィザードの転移により距離をとるのと同時に散っていた【スコルピアーロンズ】も転移で前面に展開した。動かれては負ける、初動を抑えて火力と手数で押し切るしかなかった。それしかなかったが、愚策であった。


「リモートテックは多面と数で押せるのが強みだろ。俺の火線上に密集させてどうする……【型式:陸拾陸(№66)】」


 当然のように”後から動いた”シャックの方が速い。

 両腕部のパイルバンカーが巨大な刃をもつヨーヨーとなる。

 放たれるヨーヨー、巻き付いていたチェインが一気に巻き上げられて回転速度を増し、刃が赤熱を帯びる。2つの大型ヨーヨーは戯れに舞いながら【スコルピアーロンズ】を微塵に変えた。


「【型式:玖拾壱(№91)】」


 シャックの手元に戻ったヨーヨーがハンドクロスボウと回転弾倉マガジンへと変形する。シャック自身の早撃ちと連射、リボルビングクロスボウの持つ銃の火力と弦の張力が可能にした弾速はヤンに2発撃ちこまれて両腕が消し飛んだ事実を認識することを許さなかった。


「磔にするつもりが口径くいがデカすぎたな……こういうのって”ダルマ”っていうんだっけ?」


 ヤンが気づいた時にはまるで最初からなかったかのように肘から先は消え失せていた。


「……化け物」

「動く口は残せたようだし、まぁいいか」


 自分が作戦前に思い描いていた画と真逆の結果に絶望したヤンに出来るのは、ただ意識を手離すことだけだった。



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