13話 マッドフォージ
意識を失って動かないヤンを足蹴にしながらシャックは辺りを見回す。
シャックはいまだ臨戦態勢を解けずにいた。といってもヤンとの戦闘のようなワンサイドゲーム中もたいして肩の力などは入っていない。
(さてさて、刑務担当者でも呼んで後始末を任せたいところだけど……)
会議場から水が引かない。敵の魔導士が魔導を解除する気配がない。ヤンの身柄と特専であるリモートテック回収の隙を探っている。
どのタイミングで仕掛けてくるか
姿を見せない敵との駆け引き、それによる静寂は束の間で終わった。リボルビングクロスボウを持つシャックの腕が振るわれる速度によりかき消える。
次元の裂け目は開く際に音など発生していないが元よりシャックはそんなものを追っていない。
パターンを把握しているモグラ叩きでもするようにシャックは次元の裂け目が開かれた瞬間に”当たり”の裂け目へと矢を撃ちこんでいた。
ブラフのために数十個同時に裂け目は展開されているが炎熱の魔導を有するシャックは、そこから出てくるであろう腕から発せられる体温を追跡すればいい。
そして敵もそこまでは読み切っていた。「この男は必ず正確に補足してくる」という天才を相手取る前提での対策。
ある意味で絶対的な信頼により先手が打たれた。
シャックが放った矢は射線上に展開された”入口”に飲み込まれ、彼の左こめかみ付近に展開された”出口”へと弾速はそのままに転移する。
このよほど高い評価を受けていなければ実現しないであろう対抗手段にシャックは内心で苦笑いした。
それが伝わってしまう程に完璧なタイミングのカウンターだったのだ。
だが当たらない。
シャックは上体を逸らすだけで難なく矢を回避する。
そうしてそれにより発生したラグは次手の用意に十二分な間であった。
「深海の蒼詩 【その波高は巨人の如く】」
溜め池のように注がれただけで動きがなかった会議場の水が通常では発生しえない捻じ曲がった水流により形を成していく。
「狙いも含めて色々と雑だな……」
この呟きをグレイブ辺りが聞いていればシャックと比較する意味の無さに呆れかえっているだろう。
それほど練りこまれている魔力量は多く、魔導の構築スピードも速い。
同一の源詩の魔導保有者のフィオナも決して弱くはないが、これと比べるなら遥かに可愛いもの、と言えるほどに熟達した魔導。
魔導で操作した水流による”形成”が終わる。
会議場の机や椅子の下などに残っていた少量の空気も巻き上げられ、それが水に巨大な腕のような輪郭を帯びさせていく。水の剛腕によるラリアットが振るわれた。
会議場の設置物を飲み込みながら水流の腕がシャックに迫る。
だが接触している壁や床にはヒビ1つ入っていない
見た目は豪快ながら、やはり水、その硬度は知れている。
つまりこれはダメージを狙ったものではない、これは──
「リングアウト狙い……そういうのがあるところで戦ってきたのかな?」
ただ、シャックを広範囲の激流で押し流すためのもの、”水のない”会議場の外まで。
見え透いた力技だがここまで広範囲となれば狙いが分かっていようとも躱せない。
広い会議場といってもスペースは限られている。
たとえシャックだろうとこれは躱せない。
もはや迎え撃つ他ないが、さして難しい話ではなかった。
「炎天の血詩 【換装錬金術】【型式:玖拾壱・改】」
シャックにとって魔導とは設計図のようなもの。
海馬に焼き付けられた図面の中から引っ張り出されたのは、いくつかの型式がもつ特化仕様であった。
シャックの手に装備されたリボルビングクロスボウがその体積を増す。
直径30センチは優に超える口径を持つ長大な砲身が赤光の中から姿を現した。
錬成された火力特化型の巨砲はシャックの肩までが装備と一体となっている。
持つというより腕そのものに纏わせたような出で立ち。
対人用の回転弾倉式弩弓から城塞攻略型超弩弓への換装。
換装前と同様に弦と撃鉄が備えられているが大きさのみならず全くもって火力が違う。
同じく爪と牙があるからといって山猫と獅子を同列に語る者はいない。
個人が運用できる許容範囲を明らかに逸脱した重火器は砲身に備えられた固定用のツルハシのような杭とデュアルコアを搭載するアビスフレームの超出力でのみ支えられる。
獰猛なる銃声と共に射出された巨大な太矢、その射線上にまたも次元の裂け目が開く。
(二度も見せるなよ……)
そうしてくるのは織り込み済み。この男に二度も見せた時点で策として陳腐であった。対魔導における正攻法で破れてしまうならば尚更。
「さっきより”込めて”撃ったよ」
打ち出された太矢は次元の裂け目を薄ガラスのように粉砕し、そのまま後ろの巨大な水の腕にも大穴を開けた。転移と形成の魔導は履行されることなく砕け散る。
そもそも魔導の効果、その履行は絶対ではない。いくつかの条件がある。
まず、微細な魔力の漂う環境、つまりは海中での使用は発動が前提条件。
次に、事象を起こすために必要な魔力が込められているかどうか、そして込めた魔力が形成する力場によって事象の支える構造の強度が担保される。
つまり、求める事象に必要な魔力量が届かなければ不発。
今回のように魔導同士がぶつかれば込められた魔力の多い魔導が力場の支配権を握り、押し負けた側は力場が崩壊し不発。
もしくはこの2つの要素を総合して不発となる。
シャックは代償と力場の押し合い、両方のケースで相手の魔導を圧倒するものを放った。
堅牢なる城門を濡れた紙切れのように貫く運動エネルギーと質量を持った太矢、そこには迸るほどの魔力が込められている。
これほどの代物を転移させる、ないし押し流す、そんなことを想定して構築されていない魔導が秒と体裁を保っていられるはずもない。
魔力でコントロールされていた水流が乱れ、水の腕が弾け飛ぶ。魔導のみで形を保つ流動体を媒体とする形成魔導は非常に脆い。
(やっぱり脆い、けど……)
【換装錬金術】のように固体を媒体として形成する魔導には実体があるため、たとえ撃ち負けてもこういった事態には、まずならない。
そもそもが高い技能を必要とされ、実戦レベルで運用するとなればスピードすら要求されるので狂気じみた修練を積むことにはなるが。
つまるところ、どういうことなのか。
シャックのような理外例外的存在が行う魔導を除いて流動体と固体これら2種類の媒体における形成魔導どちらかの”優劣などない”ということ。
流動体を媒体とする形成魔導は必要魔力量が少ない。
それは流動体が定まった形を持たない故。
また同じ理由で完成までの速度に優れている。魔導崩壊後の”リカバリーすら”恐ろしく速い。
「深海の蒼詩【潮騒の鋭き抱擁】【六花の戦化粧】」
(けど、それぐらいはやってくるか)
弾け飛んだ水が鋭さをそのままに無数の槍へと変貌する。
それだけではかなりの速度を与えなければアビスフレームは貫けない。
だが、魔導が水の凝固点を無視して水流の槍に氷という鋭利と重量をともなった装飾を纏わせる。
スピードに優れる流動体で型をとり、そこから固体である氷への変質。
水を統べる源詩の魔導、【深海の蒼詩】にのみ許された変質魔導により完成した氷槍の包囲網からは殺意しか感じられない。
もはや回収から処理に切り替えたことは明白だった。
しかし、シャック相手にその気で挑むつもりなら見通しが甘いと言わざるを得ない。
「さっき似たようなことやって結果どうなったのか忘れたのか。それとも物量が増えれば、この雑魚庇いながらだと俺が捌ききれないとでも?」
今の位置でシャックへ向けて攻撃すれば足元にいるヤンにも当たる。
無論シャック自身は躱すなどわけないが、そうなるとその場に残されたヤンは絶命、どれだけよくても瀕死だろう。
抱えて躱すことも可能だろうが、この物量だと少し際どい。
ならば、全て撃ち落とすまで。
「【型式:……!」
シャックに向けて射出された氷槍が次元の裂け目へと呑み込まれていく。
撃ち落とすために必要な軌道が空間ごと消し飛ばす、干渉不能な絶無軌道。
シャックの思考が周囲を根こそぎ薙ぎ払うことへシフトする前に敵の狙いは明らかになった。
氷槍はシャックではなくヤンでもなく、リモートテックが搭載された【スコルピアーロンズ】の残骸に叩き込まれ、完全に修復不能となるよう粉々にしていく。
「……ッ!やられたな……そりゃ特専の隠滅が最重要か」
手数と当初の攻撃方向は完全なブラフ、シャックがその場に釘付けになるよう迎撃へと意識を集中させるためのもの。
転移魔導という不意打ちに最適なカードをふんだんに使って最後までリモートテックへ意識が回らぬよう徹底もしていた。
(退いたか。いや、予定を終わらせて帰った、だな)
会議場の外へ一気に水が漏れだしていく。
そしてもう2つの腕も、スコルピアーロンズの残骸も次元の裂け目と共に引っ込んでしまっていた。
(どうせ回収するならわざわざ破壊し尽くす必要はないだろうに……取りこぼした時のための予防策か。嫌味なくらいマジメだな)
すでに敵の気配は完全に消失している。今どれだけ距離を隔てた場所にいるかも分からない。
敵に見せたものに対して得られた戦果の少なさにシャックは思わずこめかみへ指を当てた。
ただでさえ分かっていないことが多い源詩の魔導、しかも2人。
この結果ではコストパフォーマンスが悪すぎる。
(体温からして水使いの方は女か? わざわざ手を抜いても、さして引き出せなかったな。見れてよかったのは……せいぜい最後の連携くらいか)
あの時、転移魔導を打ち消さないよう氷の槍は”わざと”込める魔力量が抑えられていた。
そうして力場が押し負けても氷になっていることで形成魔導は転移後も体裁を留める。
お互いの技能を把握し、即座に意図を読み取って動いたことよる結晶、生半可ではない。
(これだけの連携が出来ているとなると……どっちかは仕留めたかった……)
欲張りなことばかりだがシャックと敵の魔導師との実力には歴然の差がある。シャックからすれば2人の魔導士とヤンにそう大差はない。
だが、この襲撃の青写真を描いた者は底知れない。
これだけスムーズかつ周到だと事前の筋書き通りに動かされた可能性が高い。
そうなると襲撃の狙いも指揮系統の混乱による時間稼ぎなどという分かりやすいものではないかもしれない。
(……まぁ、”ここまでは”読み切られていないと思うけど……どのみち相当手強い相手だな)
【換装錬金術】を解除するシャック。
分解されていく城塞攻略型超弩弓の弾倉から無傷のスコルピアーロンズが一基ころがり落ちた。
「雑魚と特専のサンプルが1つか、しょっぱいな……」
指し手同士の読みは嚙み合っていた。抜け目なく一手出し抜いてみせたのはシャックの方であった。
だがしかし、これはあくまでも過程における趨勢、現状判明している範囲での判定である。
◆◆◆◆
鉄と炎が弾ける音が反響する工房に咀嚼音が響く。
耳障りな粘性のある音、何かを飴玉のように転がしながら嚙み砕く音だ。
鉄と炎の主張に混じってなお消えない生々しさ極まった咀嚼音は嫌でも職人たちの耳に入り、思わず作業の手を止めさせていた。
何人かは音の出どころだけ確認したのち、すぐさま作業に戻っていく。
それぞれの背中には「何も見ていない」「聞くな、”それは”ほっておけ」と周囲に無言の警告が飛ばされていた。
彼らから腫れ物扱いされている音の発生源であるロレンツォ・ド・サドはまたもや自身の奥歯を嚙み砕いた。
その震える手には粉々になったリモートテックを搭載したアビスフレーム、【スコルピアーロンズ】がある。
ジグソーパズルでもくみ上げるようにロレンツォは残骸を可能な限り元の姿へと戻そうとしていく。
当然、元に戻りなどしない。
炎の刃に焼き切られ、氷の槍に打ち砕かれたアビスフレームは不揃いな石炭のような見てくれとなっており、もはや生みの親であるロレンツォにしか判別できない。
そんな我が作品の惨状にロレンツォの唇は怒りに震え、舌まで麻痺していた。
溢れかえらんとする心情の吐露は言葉にならない。
「耐熱性が足りなかった?……ッ違うぅ! これ質量のある攻撃だ、ああ痛かっただおおうなぁ…ぼくが熱線のことばかり考えて耐衝の想定が甘かったのか? けどこの断面、これじゃっ…あああああああああああああああああ! ぶった切られると分かりってて盾にしやがったのか??! ヤンの野郎!!! クソ無能ゴミが!! テメェふざけんなよぉおおお!!!! せめてこの子たちと死体で帰ってくんのが礼儀だろうがア!!」
嚙み砕いた奥歯の破片はロレンツォの口内をズタズタにしており、彼が声を上げるたびに周囲に血と歯が飛び散ってしまう。
そんなことは気にもとめずロレンツォはヤンとシャックへの呪詛を吐きながら次々と残骸のパズルを完成させていく。
自身の言葉の持つ凶悪さに引っ張られることなく、その手つきはひどく優しい。アビスフレームの傷口もとい断面を労るように丁寧に丁寧に、これ以上辱めないように。
そうして全てを並び終える前にロレンツォはある事に気がつき、思わず手を止めた。
受け取った際、全ての残骸を回収したとの報告をロレンツォは受けている。
もちろん微細な破片などの取り逃しはあるだろう。
しかし、それは明確な量であった。
並べ終わった分、まだ済んでいない分を見比べただけだが、彼らの親たるロレンツォが気づくのには十分な情報量だった。
「ひとりいない」
怒りを通り越して信じられないものを見たかのように、どこか抜けた表情をしたのは一瞬だけ。
ちぎれてしまうほど力強く下唇を噛み締めてロレンツォは走り出した。
口内に奥歯の破片をためこみながら下唇を血がにじむほど強く嚙んだまま全力疾走するロレンツォ。
その狂気を孕んだ恐ろしい形相に周囲全員が自然と道を開けていく。
(どうする? ダレニタノム??)
ロレンツォには自分が戦士ではないという自覚がある。
この復讐を自分の手で果たすことは到底不可能であることも理解している。
ならば代行者をたてるしかない。
せめてせめて、とびきりの者を。
酒や賭け事に興じるダイバー達の憩いのたまり場であるプレイルームのドアをぶち破り、ロレンツォはその者の名をありったけの大声で呼ぶ。
「ケインさァァん!!」
中にいたダイバー達、ロレンツォの形相に固まる彼らを弱々しくも何とか跳ね除けながらロレンツォはいつもその男がいる定位置へと向かいながら叫び続ける。
カウンター席で数人と酒を飲んでいた壮年の褐色の肌をした男が名前に反応して振り返ると、叫んだために放出されたロレンツォの血と歯の破片が男の視界に広がっていた。
誰しも酒を飲んでそれなりに良い気分でいたところに、こんなものを浴びせられたくはない。
ケインと呼ばれた男は無言で近くで飲んでいた自身の仲間以外の男の首を鷲掴みにして持ち上げ、壁として前に張ることで歯と血の雨をやり過ごす。
「ちょっ、おい!!」
「あのナァ……てめェの酒クセぇ息を浴びたら意味ねぇだろうが」
それに抗議の声を上げかけた男の頭をケインはもう片方の手に持っていた大ジョッキで思い切り殴打して物理的に黙らせた。
衝撃に耐えきれずジョッキのグラス部分は砕け散って取っ手部分だけが残る。
アルコールが十分に回っていたところへ入っていいダメージではなかったのか倒れこんだ男は泡を吹き小さく痙攣していた。
静まり返る周囲から非難の声が上がる様子はない。
そんなことをすれば圧倒的なケインの暴威に立ち向かうことになることは明白だから。
この場に彼を知らぬ者はいないため普段から剛力という形容で済ませされているが明らかに人の枠に収まっていない。
壁として使い、今しがた黙らせた男もダイバーでそれなりに鍛え上げられている。身長は2メートル以上、体重は100キロを越えるだろう。
それを椅子から立ち上がることなく片腕の力だけで小さな棒切れのように持ち上げ、道具を使ったとはいえ一度の殴打で気絶させる膂力は尋常ではない。
「ケイン・スカーレットハンド、さん」
「お前も喋るなよ、うっとおしい」
椅子から腰を上げるケイン。背丈も筋肉の量も先ほど殴りつけた男より一回り小さいが弱々しさはまるで感じられない。
気だるげに椅子から立ち上がった今の動作だけでも、しなやかで無駄がなく、力強い。
短く切り揃えた黒髪、そして黒が強い褐色の肌が同じ色の体毛を持つネコ科の大型肉食獣を見る者たちに連想させた。
「貴方にお願いがあります!!」
「耳がいらねェのか、それとも頭の問題か?」
ロレンツォの左片耳を引きちぎりながらも引き寄せ、グラス部分が砕けてさながらブラスナックルのようになったジョッキの取っ手部分を持ったままの拳でケインはロレンツォの顎をかちあげた。
肉がひしゃげ、顎の骨の砕ける鈍い音が響く。
黙る気がないなら黙らせる、事前通告は済ませた、程度の認識でやっていい凶行ではない。
ただ、まだロレンツォの狂気は治まらなかった。
顎の骨が砕けてなお、舌がズタボロになってなお、復讐への渇望は消えない。
「お願いです。僕の作品を辱めたクソを殺してください!!」
「あ? ……子供? ……あのヤンとかいう奴の装備のことか? まさか本気であのシャック・ロックスクリームに勝って戻ってくると思ってたのかよ」
そんな状態で何を言い出すのかと思えばと、ケインは呆れかえっていた。
あまりに浅はか、天井知らずのおめでたさ。
それはそうとまだ喋れるようなのでケインはロレンツォの胸倉をつかんで吊し上げながら殴打を続ける。
ぶつける相手があの炎天の血詩である時点でヤンが捨て駒なのは最初から分かりきっている。
そんな捨て駒に、わざわざ特専を持たせたのも計算づく。
向こうの危機感のレベルを引き上げるためだ。
いつでも”頭”を狙いに行けると思わせてシャック・ロックスクリームの動きを制限するのが今回の狙いの1つだと聞いている。
そしてその認識は十分植え付けられただろう。
同じ手を打つ必要は全く無く、これ以上は無駄な駒損になりえる。
そんな悪手をあの雇い主が打つはずがない。
つまり、この要請はロレンツォの独りよがりでしかなく、ケインどころか他の者にすら聞く義理も義務もない。
「そいつがダメなら親類でも仲間でも何でもいいですよ!! 子供たちが安らかに眠るためには墓に供える死体が足りない!!!」
「知るかよ」
「貴方”雇われの海賊”でしょうが! 嫌でも働いてもらいます!!」
「雇い主はお前じゃねぇよ気狂いが」
ケインはロレンツォの掴んでいる胸倉を千切れるほど捻じり上げた。
殴っても黙らないなら殺したほうが早い。
絞殺なら静かでいいだろう。
首を折ったほうが手早いが砕けた骨が肉を破って飛び出てきてしまう。
仕事以外で血を浴びる気はない。
ただ、ここまでもされてもロレンツォは止まらない、息絶え絶えでも舌を動かし復讐のために言葉を紡ぐ。
「仕ッ事ォです。上へのしんぜいは後からだします」
「2日前に仕事はもう済ませてある。氷河の社ンとこの糞サムライどもと一戦やってきた。【アガタ】を奪う為にな。ギンジ・ギアーズとも戦うことになるなんて聞いてなかったぜ、こっちは」
「ぞう、貴方がぃたから損害を免れッたァ」
「おかげで”シンゲン”がダメになるとこだったけどなァ……せめてこっちの商売道具を直してから頼めよ」
ケインは無理難題を言ったつもりだった。
この短時間で直せるはずのないものを槍玉にあげて断りにかかった。
物理的に黙らせる彼にしては珍しく温い手段をとったのだ。
「あああああああああああああああああ、言質ィ、とっだぁ!!」
それがロレンツォの執念に付け入る隙を与えることになった。




