10章-(4)クルルド村長
「ご足労頂き感謝いたす。私の名はクルルド。このジエの村の長だ」
この村の貴賓室のような部屋に通された後、俺達は上等な紫の敷物に座る村長に歓待された。
しかし、その村長の姿に俺はしばし呆気にとられた。
村長の顔は――銀色の毛皮に覆われた、狐そのものだったからだ。
「……そうか。私の姿が気になるか? 転生者殿?」
――すみません。
気を悪くしたかと思い謝ると、狐の容姿をしたクルルド村長は「カカカ」と笑い、右手に持っていたキセルを美味そうに吸う。
「いやこちらこそすまぬ。少し新鮮でな。そうよな。この村の外から来た者なれば、稚児のごとき目を瞠るのも無理はない」
その時、俺は隣のマーリカがプルプル震えているのに気が付いた。
――おい、どうし――
俺が声を掛けるより早く、マーリカは村長さんに対し無礼千万なことをほざいた。
「えっ待ってカワイイ! モフモフじゃん!!」
厳めしい空気を完全に台無しにする、あまりにギャルギャルしい反応であった。
「「か……かわ……??」」
リーリエと、俺達を案内してくれた屈強な男が愕然とする。
「うむ……無理はないのだろう……そのような反応も……う、むう……」
クルルド村長は全身を厚い毛皮に覆われた状態だったが、それにもかかわらず動揺する様子が手に取るようにわかった。
「……外の人間、それも我々のような……“魔人”……以外の者と話すのは私も初めての体験だ。うむ、文化の違いもあろうと心構えをしてきたが……私もまだまだといったところか……」
威厳と平静さを取り戻すクルルド村長。
だが彼の背中では、セイが毛皮のモフモフを全身で堪能するべくさっきからずっとへばりついていた。
「♪」
――その辺にしとけセイ。困ってるぞ村長が。
「!」
ふるふると首を横に振り、断固としてモフモフから離れようとしないセイ。
「よいよい。童のすること。気にもせぬ」
余裕の態度を見せるクルルド村長。
……さっきから耳やら口元やら引っ張られまくってるが、本当に大丈夫だろうか?
「うむ……そ、それでだな、転生者殿」
――はい。大丈夫ですか?
「ど、どうということはない……それでだな……」
目尻をセイに思いっきり引っ張られながら、クルルド村長は厳めしく咳払いを一つ。
「私のこの姿だが、やはり気になるか?」
――それは、まあ……
「……この地まで来たのなら、他の部落にも寄ったのだろう? 彼らはどんな姿をしていた? 皆、一様に主ら純人類と同じ背格好をしとっただろう?」
――純人類……確かに、あなたのような姿の人は見かけませんでしたが。
「であろうとも。我々は村の中でも本来の獣の姿を隠して生活している。理由は二つ。一つは突然異端狩りの連中が来たとしても、即座に純人類の村人のフリができるように。
そしてもう一つは、どのような感情を抱いたとて決して姿を変えぬようにするためだ」
――感情?
「うむ」
煙草盆へ灰を落としながら、クルルド村長は肩を落とす。
「我々は感情が昂るとこのような姿へと変貌する……いや、それでは語弊があるな。我々は元々生まれた時からこの姿だった。年を経ると、純人類のような姿へ“変化”する術を身につけることができる。
だが激情に身を任せ、冷静さを欠くと、このような元々の姿をさらすことがある。我々がこの純人類の姿を取るのは、異端狩りの連中から身を守るだけではない。純人類の街や村と交易を行うためでもある。
動揺するたび獣の姿を取るのであれば、ビジネスの場でも致命的であろう? 故に我々は純人類の姿を真似る。己が生きるため、そして純人類達と生きるためにな……」
純人類と。魔人以外の人々と、生きるため。
ふと、あの吸血鬼達の村に捕らえられていた、ザルク派の人々の姿が脳裏をよぎった。
……ある意味で、彼らなりのこの世へ反逆するための行動なのかもしれない。
魔人は人類を脅かすモンスター。そんな歪んだ常識に対する声なき抗議……
「早ければ6歳。遅くとも10歳ごろになれば誰でも純人類の姿のまま生活できるようになる……しかしだ。60を越えると、どうやらその力も衰えてくるようでな。齢80を過ぎればこの通り。もはや純人類の姿をとることもままならぬよ」
くく、と狐の容姿をしたクルルド村長は、少しだけ寂しげに笑った。
なるほど。魔人としてあんな姿をしているのは何かの権威付けのようなものではなく、年齢による変化のようなものなのか。
「さて……なぜ私が君達をここへ呼んだのか、だが……」
「あの……村長……さま……」
おずおずと問いかけるリーリエに、クルルド村長は感嘆するような息を漏らす。
「リーリエ……! 嬉しいぞ。感謝してもしきれん。よく戻ってきてくれた」
「…………」
沈黙するリーリエに、クルルド村長は言葉を掛ける。
思わず耳を疑う、一言を。
「村のための贄となる覚悟ができたか。その気高き精神に、村の長として最大限の敬意を払おう」




