10章-(3)セイとの再会
あの濁流に飲まれたというのに、奇跡的にどこにも怪我は負っていないようだ。よかった……
安堵により胸の内が暖まり、全身に張り詰めた緊張が心地よく解けてゆく。
一度深呼吸をし、心を落ち着かせるが……それでも顔の筋肉が喜びに緩んでしまう。
――お前、よく無事で――
「……!」
俺が近づこうとすると、セイは急いで自分の左手にあるお椀のご飯をかき込み、両頬をハムスターのように膨らませながらお椀とスプーンを後ろ手に隠した。
……?
いや、おい待てコラ! 俺がお前のご飯を取り上げるとでも思ったのか!?
「……いいとこのお嬢ちゃんだと思ったのにな~……いつの間にこんな食に意地汚くなっちゃったんだろう?」
不思議そうに首をひねるマーリカ。
だが俺には心当たりがあった。
レジエントの街にいた辺りはまだまともな飯を食べられたが……あのゾンビの村を出た後の野宿で、マーリカ特製のサバイバル飯を見せつけられたせいだ……
『は~いおまちどお~!!』
携帯用の小型鍋から、皿代わりの葉っぱに装った料理に、俺とセイは衝撃のあまりフォークを落とす。
魚の出汁の粉末を使った炒め物。具に野草や木の実を入れているのはまだわかる。
わからないのは……カブトやらクワガタやらの幼虫がまるで『マカロニですが何か?』みてえな面で盛り付けられていることだ。
――おい……皿の中に虫が入ってるんだが……?
『へ? 入れたけどそれが?』
――虫を食べたいなんて一言もいってないんだが?
『え? じゃあどうやってタンパク質取るのよ? 今は夜だし、この辺で夜行性の動物っつったら肉食獣くらいよ? 肉食獣は食える部分少ない上に肉が超臭いから食べるのはマジでおすすめしないよ?』
――野草と木の実だけでいいわ。俺達。
傍らのセイが、ぶんぶんと猛烈な勢いで首を縦に振る。
『はあ!? タンパク取らないと傷の治りも遅くなるし筋肉もつかないしついでにお肌の調子も悪くなるよ!? 草とか木の実とか以上に重要でしょうがお肉は!?』
――肉じゃねえし虫だし。
『肉だっつの! 貴重なタンパクよ!? 獣と違って簡単にかつ安定して取れる大切なタンパク質よ!? ねえ!?』
『……そうだな。狩りに失敗した夜は、決まってルフン(カブトの幼虫のスープ)を飲む。私の村では……そうだった……』
シャムナさんは、在りし日の思い出を懐かしみながら、カブトやクワガタやらの幼虫を躊躇無くモグモグしていた。
――マジかよ……
『ぶっちゃけこの世界じゃ、虫食べられないあんたらの方が少数派よ? わかったらホラ、ソウジ! セイ! そろそろアンタ達も異文化交流っつーのをねえ』
――大丈夫かセイ。無理なら食わんでもいいぞ。
セイは青い顔をしながら、震える手で葉っぱの皿を俺に渡してきた。
――虫を全てどかしても食べられないか?
セイは、ふるふる、と首を横に振る。
……仕方ない。
俺は皿の虫を全てマーリカの皿に移動させ、セイの分も併せて平らげた。
『ちょっ……何で? なんでそんなに虫ダメなの? エビとかカニとかと同じじゃん……』
――気持ち悪いからな。お前と同じように。
『…………うん、今のちょっと、琴線にピッと来た。ソウジ、今の感じでもっかい言って? あのほら、ドブを見るような目でホラ……!』
ハアハアと興奮しながら息を荒らげるマーリカ。
あ、やばい。
そういえばこの人、ドマゾだったっけ。
――冗談だよ。マーリカは本当に可愛いよな。
『ぎ、ぎゃあああっ!! さ、さわやかスマイルで褒めんな気色悪うぅッ!?』
聖なる祈りで苦しむ醜悪な悪魔のように、マーリカは全身に現れたサブイボにのたうち回る。
『…………』
セイは料理に背を向け、悲しそうな顔でひたすら空腹に耐え続けるのみだった。
……とまあ、そんなことがあれば、久しぶりのまともな食べ物へ執着するのも無理はないだろう。
「やだなあ。そういう反応されると、あたし達がまともなご飯あげてなかったって思われるじゃん?」
マーリカが口を尖らせてセイを咎める。
いやまあ、俺達にとっちゃ、まともな飯ではなかったがな。
「おや、なんだい? もう食べちまったのかい? 良い子だねえ」
声は部屋の奥からだ。
しわくちゃの肌にかぎ鼻、真っ白な髪をいくつもの縦ロールにし、幅広の黒いケープを身にまとった老婆が、楽しそうに笑ってみせた。
……見た目は完全に魔女。しかも黒魔術とかバリバリに使いこなしそうなほどのビジュアルである。
「おかわりはたんとあるから、好きなだけお食べ! イ~ヒッヒ!」
紫色の煙が吹き出るヤバめの鍋をネルネル混ぜながら、ステレオタイプ魔女の高笑いをかますバアさん。
セイはそんなバアさんの鍋にひきつけられるように、空のお椀を持ってフラフラ鍋へ近づいていく。
……おい。依存性のあるワンダーなハーブとか入ってねえだろうな? それ?
「ババ様の料理はこの村でも一番だからね。クセは強いけど、悪い人じゃないから……」
リーリエが肩を落として笑う。
と、怪しい魔女――ババ様が、リーリエの姿を見て愕然とした。
「リーリエ……!?」
「…………ババ様……ごめんなさい」
「馬鹿もの……なぜ、戻ってきた……逃げなかった……!」
逃げる?
そういえば、リーリエはこの村に来てから、いつもどこか怯えたような顔をしていた。
あの山にいたのは……村から逃げている途中だった……?
その時。
「リーリエ。いるな?」
突如背後の仕切りから、屈強そうな村の男が顔を出した。
「あ……」
「長がお呼びだ。すぐに行け」
「…………はい」
悲痛な面持ちで、リーリエは頷いた。
まるで死刑宣告でも受けたような様子だったが……
「……旅のお方。あなた達とも話がしたいとのことです」
屈強な体格の男が一礼し、俺とマーリカへ鋭い視線を向ける。
「案内いたします。こちらへ……」
男に促され、俺達とリーリエは、共にこの村の長のいる部屋へと向かった。




