10章-(5)村の生贄
――贄、だと……?
「そうか。まだ村の者達から聞いておらんのか……村の前に広がるあの湖。あれには恐ろしき化物が住み着いておってな」
――ん? 湖?
「あれ、もしかしてソウジ、あの湖を海と勘違いしてた? あれがっつり淡水の湖よ?」
……海のような波があったので海だと思っていたが、マーリカの話ではデカイ湖だと波の満ち引きも普通に起こるのだとか。今思えば、海特有の磯臭さは感じなかったな……
「あの湖に住む化物は、1年に1人、人の生贄を欲する。もしも生贄を差し出さなんだら、この村ごと滅ぼされるだろう……村の存続のため、心苦しいが、リーリエを人柱とせねばならぬ……」
深刻そうな顔で、クルルド村長は目を伏せる。
マジか?
彼は、彼らは……こいつらは、その化物とやらのお目こぼしをもらうため、自分らの村の者を生贄にしようってのか?
……馬鹿馬鹿しい。前時代的だ。
そう思った。
だがここは異世界。文化どころか倫理観すら中世時代を地で行くこの世界の者達にとって、これは村が滅びるか否かの瀬戸際での判断なのだろう。
断腸の思いでの判断なのだろう。
だが納得はできない……スジは、通っていない……
「リーリエ。今一度聞こう。人柱となる覚悟は……できているのだな?」
クルルド村長に問われ、リーリエは一瞬戸惑ったが……やがて、肩を小さく震わせながら、小さく、小さく頷いた。
「――うむ。その気高き精神に敬意を表す。これでぬしの兄の不名誉は晴れ、トーバ家の安泰は保証されるであろう」
――気高い精神、だと……?
「……なにやら気が立っているようだな? 転生者殿? では彼女の名誉のために語ろう。一年前、生贄に選ばれた彼女の兄は――己の命惜しさに、この村から脱走した」
……当然だろう。誰だって命は惜しい。
「生贄としての任を逃れる……それはこの村を売ったのと同じことだ。奴が逃げた夜、湖から化物が現れ、村を襲い、22人の村人が犠牲となった」
…………
「当然村人達から彼女の家、トーバ家の者達は疎んじられ、村八分のような状態に置かれた……そんな時に声を上げたのが彼女だ。自らが兄の代わりの生贄になると志願してくれた。我々の村のために、その命を投げ出さんとする尊き精神。私は彼女を村の誇りであると、そう思っている」
――くだらねえな。
「なに……?」
俺はため息を吐いた後、怒りのまま、クルルド村長へこれまでの話の矛盾をぶつけてみせる。
――気高い精神だ? 村の誇りだ? マッチポンプもいいとこだ。テメエらが勝手に生贄に選び、そいつが逃げたら今度はそいつの家族を囲んで追い込んだ。全部テメエらのやったことだろうが……!
リーリエの家を追い詰め、そしてリーリエに生贄になるように遠回しに働きかけた……村の誇りだ? 自分たちでそうなる状況に彼女を追い詰めておいて、よく言えるな……
「…………なんとでも言え。部外者」
クルルド村長はキセルを吸い、紫煙を吐いた。
「お前には理解できんだろう。チート能力とやらでどんな問題も解決できるお前と違い、我々の状況はシビアだ。生贄として一人を差し出すか、それとも村人全員を犠牲にするか……そんな選択を迫られて、より犠牲の少ない方を選ぶことはそれほど悪い事かね?」
――簡単にその化物のいいなりになってんのが理解できねえって言ってんだよ……
「それこそ転生者の奢りだ。我々がお前達の如き強力な能力を持っていると思うか? 力で解決できるならとうにやっている。叶わぬからこその次善策だ」
――倒せば、生贄はもう必要ないんだよな?
「ほう? つまり?」
「ちょ、ちょっと……ソウジ……?」
――その化物は俺達が倒す。それなら生贄はもう必要ないよな?
俺がそう言うと、クルルド村長は「待ってました」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
「流石は転生者殿! そう言ってくれると思っていた! ゲイリン、村の者達を呼べ! 宴を開くぞ!」
「承知いたしました」
後ろに控えていた屈強な男は一礼し、村の人々を呼びにいった。
……ちっ。まんまと乗せられたってことか。
なんて事を考えていると。
「アホなのアンタ!? 何勝手なこと約束してんのよ! こんな連中助ける理由なんて一ミクロンもないっつのっ!!」
マーリカが案の定ブチ切れてきた。
――仕方ねえだろ。ムカついたんだから。
「ん~仕方なくないヨー!? 仕方ない事なんて全然なくなくないヨー!? アンタが我慢してればあたしまで厄介ごとに巻き込まれないで済むんだヨー!?」
――俺一人で倒せばいいんだろ?
「ん~想像力ないネ~! 湖の中に潜んでる奴相手にどうやって戦うんだろうネ~! 半端な時間操作と斧一本でどう戦うんだろうネ~!!」
ムカつくなあ、この語尾。
しかしそんな感情は表に出さず、俺はマーリカを説得してみた。
―ー名前を広めることも俺達の目的なんだろ? 化物退治なんてのは丁度いいんじゃないか?
「……こんな片田舎を越えたド秘境で手柄立てても名前広がんないでしょ? うまみないからやりたくないっつってんのよさっきから」
――悪かったよ。でもよ……
俺はちらりと視線を移動させる。
いつの間にか周囲には、広い貴賓室の半分を埋めるほど村人が集まっていた。手際よく簡素なチャブ台を設置すると、次々に大皿に乗った料理を運んでくる。
「我々のため、あの化物を倒すと宣言された勇者殿に惜しみなき尊敬と謝意を! さあ、ささやかながら君達をもてなす宴を用意した! 存分に楽しまれよ!」
上機嫌でクルルド村長が宣言し、村人達は歓声を上げて俺達を祝福しだした。
――今さら“嘘ぴょ~ん”とかいったら殺されかねねえぞこれ……
「そうね。アンタが招いたことなんだけどね」
――すまん。ごめんなさい。
村人達は俺達の目の前に食事を盛り、キラキラした貝やら石の装飾品を俺達の服につけた後、酒を酌み交わしながら頼んでもない歌やら踊りを披露しだした。
俺とマーリカはげんなりした顔を見合わせ、セイですら村長のモフモフから下りてお通夜モードだ。
けれど。いいさ。これで人の命がーーリーリエが助かるってんなら。
そう考え直し、離れた場所に座る彼女の顔を見た。
だが。
生贄にならずに済んだというのに……リーリエの顔は沈んだままだった。
しかし瞳はどこか……思い詰めたような、決意を込めた眼差し……
何か、危険だ。
とんでもない事をしでかす気じゃないのか……?
そんな俺の予感は、嬉しくないことに的中する。
その日の深夜1時。
リーリエは一人で船に乗り込み、化物の住む夜の湖へ、漕ぎ出して行ってしまった……




