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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
九章「巣喰い亡き者ども」
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9章-(16)暗中懐抱

 午後22時。

 簡易(かんい)な皮のテントから出てきたマーリカに、俺は尋ねる。


 ――落ち着いたか?


 マーリカは首を横に振り、口を開く。


「眠ったよ。ほとんど泣き疲れた感じでね」


 ――そうか。


 あの後俺達は村を離れ、再びエレンの元へ戻った。

 シャムナさんをレジエントに連れてってやれないか相談したが、『あの街で魔人が住むのは難しい』と断られた。


 そこで(うつ)ろな表情をするシャムナさんから、近くにもう一つ魔人の集落があることを知らされた。エレンと別れ、俺達はシャムナさんを送るため、その魔人の集落へ向かう。

 その道中日が落ちたため、今夜は森の中で野宿をしているわけだ。


 ――マーリカ。


「なに?」


 ――ああいうのは、時間が解決してくれるとなんかの本で読んだ。どれくらいで立ち直れるんだろうな?


「……時間ごときで解決しないよ。この世で一番愛していた相手が死んだんだからさ。一生残る傷になるよ、あれは」


 …………


「責任感じてんの? 言っとくけど、あの場に残っていたのがあたしでもああしたし、もしセイに力があればあの子もああいう選択をしたと思う……

 やるだけの事をアンタはやった。それを正当化しろとまでは言わないけど……どれだけ()やんでも過去は過去でしかない。過去を悩んでも現実は変わらない。過去を悔やんでも現実は変わらない。悔やむだけ無駄なのよ、そういうのさ」


 ――過去は忘れろ、ってのか?


「それは違う。決して忘れては駄目。でも、過去を悔やんでも悩んでも苦しんでも誰も幸せにならないし誰も得しない。

 ……起きてしまったことをありのまま受け止めなさい。今どうするべきかを考える。変えられない過去よりも、変えられる今を、未来を考えるしかない」


 ――今も、未来も……俺は見えない……


 暗闇の中、鮮やかに燃えるたき火を見つめ、深くため息を吐く。


『ありがとう……君のおかげで、きっとヒュールは……人のまま死ねた。彼も感謝してると思う。私も助けられたから……』


 シャムナさんは一瞬口をつぐみ、(ふる)える声で、言葉を(しぼ)り出す。


『……すまない。これ以上君と話をすると、きっと私は君を一番傷つける事を言ってしまうと思う……ごめんなさい……もう、寝るから……』


 シャムナさんは、一度も俺の顔を直視しなかった。


 直視すると、俺への憎しみのまま襲いかかってしまうから。そしてそれはヒューリックさんが一番悲しむと知っているから……


 ……きっとシャムナさんは、今どうするべきかを考え、最善の行動をしてみせたのだろう。

であれば、俺もそうするのが……スジだ。

 考えるべきなのだろう。今どうするか。未来をどうするか。


 彼に報いるために、俺は何をするべきなのだろう?


 いや…………


 俺が手に掛けてきた人々。間接的にその死に関わった人々。

 あの城で果てたオグン。シパイドの市民。列車強盗団の連中。転生者のケイシ。集落の吸血鬼達。

 ここに来る前に殺した……ミズキを犯そうとしたあの男……

 俺が関わったことで犠牲になった人々。


 彼らの死に、俺はどう(むく)いるべきだろうか……


 殺すべきと判断した外道もいる。しかし中には殺すことが必ずしも正しかったか、今でも疑問が残る者達も……いる。


 殺人衝動(しょうどう)を抑えるため、スジの通った殺しはするべき。そう俺は判断した。


 けれど……それでも、命はいたずらに失われて良いものではない……きっと。


 命を失った彼らに報いなければならない。

 これからの俺の行動で……報いる必要がある。

 失われた命に報いるため、俺はこの世界で何かを成し遂げなければならないのだろう。


 今を、未来を変える。

 それが変えられない過去へ贖う唯一の方法なのだ……


 パチパチ、とたき火が音を立て、炎は闇夜に妖しく躍る。


 ……成り行きで〈ナイトオブナインズ〉の一員となったが。

 ここまでやってきた事を、ただの成り行きで済ませていいはずがない。


〈ナイトオブナインズ〉の一員として、破壊という形でこの世界の変革(へんかく)に加わるべきか。

 あるいは、他の“七罰”連中のように己の意思を貫き、その上でこの世界と向き合うべきか。


 ……決意するべき時が来ているのかもしれない。


 地面に視線を落とす、と。


 目の(はし)に、誰かの細い足先。


 顔を上げると――セイが、じっと俺へまっすぐな視線を向けていた。


 ――よう。まだ寝てなかったのか。どうした?


「!」


 セイは背中に背負っていた剣を抜き、俺に向かって(かま)えて見せた。


 ――おい、一体……


「……っ!」


 剣を構えたまま、何か俺へ要望でもあるのかのような、そんな表情を浮かべる。 


 反逆(はんぎゃく)の意思を示したわけではない。

 俺の行動を(とが)めているわけでもない。


 ……もしかして、剣を……剣術を教えて欲しいのか……?


 俺がそう尋ねると、セイはパッと明るい表情を浮かべ、何度も首を縦に振る。


 ……ようやくこの子とまともに意思疎通(いしそつう)できた気がした。胸の奥に詰まった(なま)のような重苦しい気持ちが、一瞬で軽くなる……


 ――俺も教えてもらっていた身だ。だからお前に与えられることは限られているが……それでも教えて欲しいか?


「!」


 こくこく、と素直に(うなず)くセイ。

 もしかすると、これまでの経験から彼女なりに戦い方を教わる必要があると感じたのかもしれない。


“何かを学びたい”とわざわざ自分から申し出てくれたんだ。こたえざるを得ないな。


 ――まずは立ち方、剣の構え方からだな。両足を肩幅(かたはば)くらいに開け。重心を安定させることから身につけるんだ。


「っ!」


 嬉しそうな表情で俺の言ったことへ従うセイ。


 なんとなく、城での特訓中ダンウォードがやたら楽しそうだった気持ちがわかった気がした。まあ、俺の場合セイのように従順(じゅうじゅん)ではなかったが。


 ……ていうか、この子はいつになったらまともに話すようになるんだろうな……


 そんな俺達の様子を見ていたマーリカが、独り言のように呟く。


「変なのー。なーんで剣習いたいなんて殊勝(しゅしょう)なこと……あ」


 ピン、と何かを閃き、次の瞬間マーリカは意地の悪い笑顔でセイに問う。


「もしかして、あたしやマオとかいう転生者にジェラシーとか?」


「っっ!?」


 セイは突然集中力を散らし、愕然(がくぜん)とした顔でマーリカを見た。


 何やら図星を突かれた感じだが……


 そんなセイの様子を見て、マーリカは素早く行動に移す。

 稲妻のようなスピードで動き、次の瞬間。


 ……セイに抱きつき、ワンコやニャンコにやる感じでグリグリ頭を撫でまわす。


 「か~わ~い~い!! なに、肝心な時に(そば)にいるあたしにジェラシー? んで、少しでもソウジの近くにいたいからみたいな? なにその一途(いちず)さめっちゃ可愛いんですけど~!?」


 話はよくわからんが、マーリカに抑えつけられているセイがジタバタしててとても嫌そうだったので、とりあえずたしなめる。


 ――そのくらいにしろよ。あんまりいじめるな。


「可愛がってるだけだってば! ねえ?」

「……!」


 ――めっちゃ首横に振ってるぞ?


「親の心子知らず的なやつ?」


 ――お前親じゃないけどな。


 ふう、とため息を吐き、俺はふと頭に浮かんだ問いをマーリカへ尋ねた。

 異端審問(いたんしんもん)旅団(りょだん)……あのヴェルグ達を動かしていた“国”について。


「ここはジレド公国の領内(りょうない)よ? ならあのゾンビを運用していたのは間違いなくジレドでしょうよ」


 ――異端狩り。魔人達を自分たちの街から排斥するだけじゃ飽き足らず、自分たちから積極的に狩ってるとはな……


「ぶっちゃけ異端狩りはどこの国でもやってるから珍しくもないんだけどね。

 あのシパイドみたいに、冒険者連中に捕らえさせて生贄(いけにえ)にすることもある。他には定期的に魔人達の村を襲って戦力や反抗心を(くじ)くため、あるいは人口が増えて居住地を開拓(かいたく)するため、森や山の魔人を駆除するためってのもあるかな」


 ――どこまでも自分本位だな。交渉すら無しか。


「やつらにとっちゃ魔人は“モンスター”だもの。化物と言葉を交わす舌なんかない。これがこの国の――6大国の常識ってことよ」


 …………


「“ブッ潰してやりたい”って顔してるわね? だーいじょうぶだよソウジ。心配しなくても、そのうちこの国はあたし達の手で残らず灰になるからさあ」


 ――スジは、通っているのか……?


「あったりまえじゃない。魔人達の命をチリ紙同然に扱ってきたツケを払う。それだけの話よ。あんたもそう思わない? セイ?」


 マーリカに肩を抱かれたセイは、不安げな顔で俺を見た。


 ……俺が、瑞希に認められるようなまともな人間となるためには、正しい事を()さねばならない。


 何よりも人の命を優先する――それが最も正しいことだ。


 しかし、あの国の連中の命を救えば、異端狩りは継続(けいぞく)され、魔人達の命が奪われるだろう。


 ……〈ナインズ〉に所属し続ければ、この国の人々の命を奪い続けることとなる。

 だがこの国の連中を放置すれば、いずれ俺の世界の人々が犠牲となる……


“七罰”のキョウコやレンはどちらにも付かない道を選ぼうとしている。けれど俺には連中のような絶大な力はなく、さらにリントの件もあり奴らとは決別した形となった。


 ……力を持たずに中立の道を歩もうとすれば待つのは自滅。


 ……俺の最大の目的は、元の世界へ帰ること。

 そして、この世界の連中の野望を叩き潰すこと……


 だが、その目的を叶える最も現実的な方法は、〈ナインズ〉に所属することに他ならない。


 ナインズとしてこの世界と対立し、命令のままに人々へこの斧を振い……


 ……まともな人間といえるのだろうか?


 幾多(いくた)の人の血を浴び、帰ってきた俺を……瑞希は、許してくれるのか……?


 セイの顔を見ると、あの子は悲しそうな顔で俺を見ていた。


 言葉に出していなくても、俺の考えている事を察したようだ。


 ……きっとあの子は人の痛みや辛さを誰より繊細に感じられるのだろう。レジエントの転生者、ジュンと心を交わしたように。


 あの子の瞳に耐えられず、俺は顔を背ける。


 たき火はパチパチと弾け、目の前を明るく温める。

 だがすぐそばの森は――ゾッとするほど冷たく、暗く、そびえる闇のように心臓を“ざわり”とさせる。


 目指すべき場所など、未来など……どこにも見えない。

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