9章-(15)響応
その時。
勝った……と思った、その瞬間。
マオの足下に緑色の魔方陣が展開!
複合収束させた超音波と逆位相の音波をぶつけて相殺させるつもりか!?
俺の放つ音波と奴の音波がぶつかり、重なり合う。
その、刹那。
――これは……!?
バラバラのリズムを刻む複数のメトロノームが徐々に同じリズムを刻むかの如く。
振動が。
音が。
俺とマオの心臓の音までもが共振するように、その一瞬、同じリズムを刻んだ。
その、一瞬。
見えた。
それは連続性のない、バラバラに砕けた記憶のピース。
――軽音楽部に所属する気の合う仲間。頼れる先輩。
――ぐしゃぐしゃに潰され、ゴミ箱に捨てられた、俺を中傷する手紙。
――親友のネイカが涙を浮かべ、呪いの言葉と共に屋上から地面へ跳ぶ瞬間。
――燃える建物。俺を糾弾するミユ。ギターケースに詰められた菊の花。
――血まみれの部室。まだ息のあるそいつの脳天目掛け、絶叫と共にへし折れたベースを振り上げた――
……ッッ!?
なんだ?
何だ今の記憶は……?
一瞬……俺の知らない記憶が見えた……?
「いまの……なに?」
俺と同じく、呆然とマオがこちらを見据える。
「ネイカ……? ミユ……? 誰……? 工事現場……ミズキ……? 誰、だれ……!?」
……どうやらマオは俺と同じ記憶だけでなく、俺の記憶の一部も見たようだ。
であればあの謎の記憶、マオの失われた記憶の断片か?
「記憶……あなたと戦えば……思い出せる……?」
マオの瞳に、失った記憶への渇望を伴った、危険な光が宿る。
――チッ!
俺は体勢を整え、奴の次の動きに備えて斧を構え直した。
その時。
「ソウジッ!」
背後からマーリカの声。
気が緩み、一瞬マーリカの方へ視線を向けた。
……油断。それが取り返しの付かないミスに繋がった。
俺が気づき、マオに向き直った時――彼女の姿はどこにもなかった。
まずい……ここで逃がしては……ここで奴を仕留めねば……!
焦る俺の耳に、バンッ! と何か木材をへし折る音が届く。
急いでその方角へ目を向けると――マオがいた。
しかも。
小柄な彼女には不釣り合いなほど、大型のネイキッドタイプのバイクに跨がって……!
――逃がすか!
渾身の力で斧を投げつける。
だがマオはドリフト気味にバイクを急旋回させ、投げつけた斧を器用に回避。
斧が返ってくる前に俺へ近づき、すれ違いざまに言った。
「ソウジ……覚えた……またね、ソウジ」
――クソッ!
あのバイクに時間魔法を掛けようとした。
だがマオはマーリカの放つ氷の槍をノーブレーキで次々回避し続けており、動きが定まらない。うまく魔法を与えられん……!
そうこうしているうちに、彼女はもはや豆粒以下の大きさになるまで遠ざかってしまった。
……逃げられた。完全に……
「何逃げられてんのよソウジ! さっきちょろっと戦ってるとこ見たけど、あの子とんでもない化物よ!? アンタやあたしどころか、潜在能力をフルに開花させたら七罰にすら匹敵しかねないかも……!」
――俺のせいか?
「あたしが来たせいで逃げられたっていいたいわけ? 言っとくけど、あたしが加勢にこなきゃどの道あんた死んでたわよ? 言い訳だって自分でもわかってるでしょ?」
――ああそうだよ。俺のせいですよ。チクショウ。
ため息を吐き、今さら戻ってきた斧を掴むと――緊張感が解けたのか、どっと疲れが押し寄せてきた。
……あいつ。ただのバーサーカー野郎かと思いきや、マーリカが駆けつけてきた瞬間即座に離脱してみせた。ある程度の冷静さも兼ね備えてやがるか……本当に厄介だな。
あの女は急速に成長する。次に会う時は、命がけの戦いとなるか。あるいは全く歯が立たずに殺されることとなるのか……
死刑宣告を受けた囚人はこんな気分だろうか? 次にあの女が顔を見せた時が俺の最後となるかもしれん。
……次は仕留める。次こそ確実に……殺さねば……!
「あのヘンテコな乗り物、あんたの世界のやつ? あんなもん隠してたのねー」
――ヒューリックさんがチラッと言ってたな。あいつは奇妙な乗り物に乗ってきたとか。あいつの元々の持ち物じゃなさそうだ。旅してる途中で拾ったもんなんだろうさ。
「しっかし厄介なのに目えつけられたわねえ。ケインあたりに話して対策練るべきかなあ」
――心から戦い楽しんでいる。お前みたいな奴だった……
「何言ってんのよ? むしろ女版のアンタみたいな子だったわよ?」
は……?
唖然とすると、マーリカはニヤリと笑う。
「表情こそ冷静な感じだけど、目に見えない心の底では激烈な怒りがいつも煮えたぎってる感じ? ……もしその怒りが表に出たらどうなんだろってゾクゾクしちゃう」
やや興奮気味に語るマーリカに、俺は鼻を鳴らし、背を向ける。
遠くで手を振るセイ。傍らにはヒューリックさんの亡骸に寄り添うシャムナさん。
……やる事は多い。今は奴の、マオの事は考えないようにしよう……




