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間話1

間話


 双竜の騎士。


 標高数千メートルを越えるその山脈には、「古竜マグレーディ」が住む聖地とされている。もっともその姿を誰も見たことがない。……というよりも、道険しく竜住まうその地にたどり着けるものが、そもそも居ない。


 聖竜騎士団という一派がある。始祖ドラブロが起こした「聖竜剣」を武器に、神都ミーナを主に、各国の守護を一手に引き受ける傭兵集団である。そんな聖竜騎士団に入るには、たった一つの簡単な――それでいて過酷な入団試験があった。

 それは入団と同時に竜住まうゴリアテ山脈で3年間暮らさねばならない、という試験だった。始祖ドラブロはゴリアテ山脈にて竜の子供として育てられ、兄弟竜とともに育ち、そして現在の技術を作り上げたと言われている。その始祖に敬意を払い、騎士団に入るものはすべからくみなゴリアテ山脈での生活を余儀なくされた。


 ある者は徒党を組み、気性荒い竜に対抗した。

 ある者は己が技術を極限まで極め――正面から竜と渡り合った。

 しかしある者は金にものを言わせ腕の立つ冒険者を雇い、息子を守らせ。

 そしてある者は不要となった自分の子供を捨てた。

 獣に食われ、竜の吐息で焼かれれば死体どころか骨も残らないためだった。



 短い銀髪の男――トワライト・シューデルヒは、馬上で顔をしかめた。まるで変なものを見つけた、とでもいうように。今日は一年に一度の巡回の日で、生き残ったものを「聖竜騎士団」に連れて帰る約束の日だった。

 同僚は彼の顔をみて「鉄面のトワライトも、渋面を作ることがあるのだな」と茶化した。トワライトはそれに――舌打ちで応える。彼は団長ではなかったが、今回のリーダーはトワライトなのだ。ここで起きた出来事のすべての責任は、トワライトが取ることになる。誰を活かし、誰を連れて帰るのか。もし下手な輩を入団させてしまえば、「見る目なし」と首を切られるのはむしろ彼のほうだった。だから彼は、他力で生き残ったものには、難題を言いつけ、体よく帰らせていた。


 けれど。


 彼の視線の先には、二人の少年、が居た。

 おそらく双子なのだろう。一人は地面にうずくまり、泣いているように見えた。そしてもうひとりは気丈にも短剣を構え――こちらをにらみつけてきた。いい度胸だ。誰かを殺したのか? こっちの実力がわからないほど、無能でも幼くもなさそうだが。


「名前は?」


 トワライトの問いに、言葉はない。

 剣を構えていた少年は、だまって首を横に振る。


 ……捨て子か。おそらく娼婦か、奴隷の。身ごもって生んだはいいが、責任を取れなくなり、この山に捨てたのだろう。

 その実行犯らしい男が、少年の隣で息絶えている。


「お前が殺したのか?」

「僕じゃない」


 少年の声は、震えていた。


「そいつがやったんだな。

 ならば、」


 トワライトは連れて帰ろうと結論づけていた。

 強いか弱いか。

 そんなことは関係ない。

 ここにいるのは、運がよかったからだ。

 たまたま彼の巡回の日に。

 たまたま捨てられ。

 そして「たまたま」男を殺すことができた。

 偶然は3つも重ならない。もしすべてが偶然だとするならば、それは運命だ。それがトワライトの考え方だった。こいつは、ここで生きながらえる運命なのだと。


「剣を寄越せ。俺に害意はない。

 着いてこい」

「ぼ、僕は……」

 名前のない少年。

 彼は震える声で。

 震える手で。

 小さな身体を、必死にトワライトの前に立ちふさがってみせて。


「いかせない。彼のことは僕が護るんだ」

「男を殺したのはそいつだろう。

 お前がなにをした?」

「……」

「そいつを殺すつもりはない。ゴリアテの神は強きものを祝福する。

 ただ、弱きものは淘汰されるべきだ。……でなければ逃げ回り、自分のプライドと人生に責任を取れなくなる。つねに身体にまとわりつく罪悪感と敗北感に悩みながら、負け犬としての余生を送ることになる」

 それはトワライトの経験則だった。

 夢、大望、野望を抱き、入団した同期たち。

 けれど彼らは過酷な訓練の中で、多くが挫折していった。

 ある者は命を落とし。

 ある者は精神を病み。

 ……ある者は発狂して、トワライトに襲いかかった。


 弱きものは、入るべきではないのだ。

 でなければ、みんなが不幸になる。



「僕は、こいつを護るんだ」


 けれど少年は、同じ言葉を繰り返した。


「聞こえなかったのか?

 ……それとも、聞く気がないのか」


 トワライトは腰から剣を抜いた。

 ならば殺してやろう。

 ……せめて苦しむものが増える前に。

 それは、彼なりの優しさだった。



「僕らは二人で一つだ。1つのパンを二人で分け合って、どんな希望も絶望も分け合って生きると決めた。

こいつが殺した時、僕は震えていた。逃げ出そうとしても、止めなかった。……追いつかれ、殺されるとわかっていたからだ。僕は勝てないと思い……けど、震えることしかできなかった!

今度こいつが震えているときは、僕が守ると決めた。

でなければ、こいつは、僕は――」



 そう。

 初めから勝てるとなど、思っていないのだ。

 意地だった。

 プライドだった。

 男としての。



 「必要なのは、腕っ節じゃない」

 言ったのはトワライトの上司、「聖竜騎士団団長」である。


「俺はいつも言っている。ただ生き残ればいいわけじゃない」

「どうして生き残ったか」

「……これから、どうやって生き残るか」

「絶望を口にするやつは切り捨てろ」

「野望を口にしたやつは引き入れろ」

「……甘ったれた戯言を口にしたやつは、」


 そして冗談めかして。


「見込みがある。俺のところへ連れてこい」



そんな団長の言葉を本気にしたわけではなかったが。

トワライトは剣を収め、代わりににらみつける少年の頭に、手を乗せた。

  少年は目を見開き、目の前にたつ男を見つめた。


「行くぞ。そうだな、名前をやろう」



 それは「担ぎの女神イリス」をもじり、二つに分けた名前。

 双子の彼らにはぴったりだ、とトワライトは思った。




 それからしばらくして。

 「ゴリアテ山脈」に双竜が現れた、という話題がのぼったのは、そう時間はかからなかった。



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