6話 邂逅
「スペル・エンハンス!」
俺が短剣に手をかざし、呪文を口にすると。
……剣の腹に描かれた黒い文様が紅く光り輝きだす。
これが最近覚えた「文字継承」の1つである。腕力と速度を微ミョーにアップさせる。数値的にいうと、20ぐらい。……ごめん、嘘ついた。俺の今のステータスがそもそもよくわかんねーし。
「ふっ」
その剣を手に、俺はいつもの素振りをこなしてみる。
身体が動く!(気がする)
いつもより切れる!(手ごたえがある)
……自慢したい!
ちやほやされたい!
そう思った俺は、いそいそといつもの宿屋へと向かうのだった。
○
「燃えよ、スペルエンハンス!」
俺の声に応じて、短剣が紅く輝く。
宿屋の娘……カホは、それを見て、驚愕の声をあげた。
「勇者様、すごいです!
もう魔法も使えるんですか?」
「ふ……天才とはまさにこのこと。
自分の才能が怖い」
「私も、少しだけ使えるんですよ」
そういってカホは、。
遠くにあるグラスに「火の球」を飛ばして破壊してみせた。
「ね? ちょっとですけど。
お母様は店ごと壊せたらしいんだけどなあ。
ってどうしたんです、勇者様」
「……ちょっと自信喪失中」
がっかり。
「なあ、アイーシャはこの村の出身じゃないのか?」
俺は日頃から気になっていた疑問を、カホにぶつけてみる。
「あら、ご存知なかったんですか?
そうですよ。旅をしていつのまにか居着いた……流れ者、ですね。出身は王国のほうだとか聞いてますけど。本人に確認してみたらどうです」
「いや、いい」
深く立ち入らないのが俺の流儀だ。
「名のある騎士団の家系だとか。
でもそれが嫌で逃げてきたって」
「……ずいぶんと詳しいじゃないか」
「おばちゃんたちの噂話をなめちゃ困りますよ」
といって、カホは笑ってみせた。
○
「ねえねえ、アイーシャって金持ちなの?」
俺が家の話を切り出すと。
……素振りをしていたアイーシャの動きが、ピタリととまる。
「……何か聞きましたか?」
「いや、噂話程度にさ。雑談だよ。
うちは、平凡だったから」
「僕は剣の英才教育を受けてきて。
けど、それだけですよ。他は変わりありません。フツーです」
……。
ま、フツーの定義にもよるけどさ。
「僕は家から逃げてきました。ただの「アイーシャ」です。
勇者さまを巻き込むつもりもなければ、助けてもらおうとも思ってません。
ご心配なく」
そういってにっこりと微笑むアイーシャは。
……どこか、いつもと違って無理をしているように見えて。
どうぞ勝手に、というのは簡単だった。けどさ、ちょっとぐらい腹を割ってもいいんじゃないか? ……といっても、こいつともここ数日の付き合いだ。これから先、打ち解けることもあるだろう。べつだん人助けが好きなわけでも(得意なわけでも)ないが、お世話になったこいつぐらいには恩を返しておきたいからな。
「っとまあ、俺にできることがあったら相談のるぜ」
「そうですね。魔王を倒すころには、お話できるかと」
ってことはずっと話す気はないってことかい。
俺はため息をついて、アイーシャの素振りを眺めていた。
○
俺の「文字継承」の習得は順調だ!
なんせ自分で「速度強化」のスペルをご自慢のショートソードに書き込めたぐらいだからな。この調子で行けば、「腕力強化」「魔術弱化」など、違ったスペルにもチャレンジできるかもしれない。
……と思っていた矢先。
「不十分ですな」
クリフは俺のショートソードを見て、無情にも言い放った。
「ど、どうしてた。実際に効果は出たんだし、実感もあるんだぜ」
「ほう。睡眠学習が得意な勇者どのにしては、聞き落としがあるとは珍しい」
クリフはまずイヤミをいってから、
「前にも一度お話したはずです。「文字継承」の威力――、上昇率の大きさは、書いたスペルの「蜜度」と「量」によると。勇者どのの書いたスペルでは、せいぜい一割程度、能力が向上しただけです」
「いいじゃん。効果は出てるんだし」
「生兵法は怪我の元と申しましてな。
半端な知識はかえって寿命を縮めます。
「文字継承」の開祖スペルディアは何冊もの本に及ぶスペルを、当時の勇者の聖剣にほどこし――、そして勇者は常人ならざる身体能力を手に入れました。
それにこうした知識の積み重ねが、勇者どのの魔法耐性を底上げして――」
「薪に火をつける魔法はない?」
「……ありますが、教えません」
「なんで」
「ごほん。そもそも「文字継承」を選んだのは勇者どのでしょう。
1つのことができないからといって、投げ出して次に行こうという姿勢はあまり褒められたものではありませんな。それに、――」
後半、いつものお説教になったので、俺は睡眠モードに移行する。
あ、もちろん目は開けたままな。話が終わったら起きよう。それと薪に一発で火をつける魔法の話になったらな。
○
その晩俺は夢を見た。
といっても、寝てる時に見るやつである。
金髪の少女、髪は長すぎて地面に触れて広がっている。少女といったけれど、それは単に童顔なだけで、その表情はどこか疲れを――老いを感じさせる。
少女は真っ白なワンピースを着ていて、……そしてなぜかそれはずぶ濡れであり、身体のラインがくっきりと浮き出ている。けれど俺の視線など解さずに、
「勇者よ」
と、俺に呼びかけた。
蒼い瞳だ。青と言えば空。次いで海。空も海も、広く雄大で、吸い込まれそうなロマンがある。男は誰しもがでっかいものが好きだ。吸い寄せられるのだ。
だからだろうか。
俺は、その深い憂いを帯びた瞳に見入って、動けないでいた。
俺は。
この少女は。
何か、言葉を。
その思いが、音になる前に。
少女はすこし困った顔をして、その笑顔はたとえば、「犬に言葉が通じると思って話しかけたけど、やっぱりそんなことないよね。てへっ」というべき表情で。
ああ、そうか。
俺はすこしだけ理解する。
女が窮地に置かれているのだな、ということを。
そして、俺はそこにたどり着くことすらできない、次元が低い場所に居るんだな、とか。
少女はそれを理解しても尚。
「猫の手を借りたい」。
そんな思いで、俺に呼びかけているのだろう。
「助けて」
その悲痛な呼びかけで。
少女との不思議な邂逅は終わった。
青いのは海と空、それから彼女の瞳。
青が意味するのは、憂鬱と悲しみ。
だから俺は。
一人きりで、助けを求める少女のことが妙に印象に残ったのだった。




