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11話

 夜が明けた。……朝が来るってのは、こんなに素晴らしいものなんだな。これで誰か助けを呼べる。

 女性というのは……魔術師というのは、怖いものだ。



 ナタリーは目を覚まし……椅子に縛られ、あまつさえ口には猿轡をされているという状況を認識して、暴れだす。


「声を出すな」

 俺の声で、びくりと身体を震わせる。


 ……おっと、思ったよりも低い声が出たな。

 知らずのうちに昨日の怒りが溜まっていたのかもしれないな。



「いや、危害は加えない。暴れたりその……部屋を燃やしたりしないでもらいたい」


 俺の言葉に、ナタリーは部屋を見回して……がっくりとうなだれた。



「昨日、君はこの部屋にきた。酔いつぶれてだ。

 ま、それはいい。俺も似たようなもんだからな。すると君は、不満が爆発したみたいで、火球魔術を連発し始めて――」



 そこからは地獄だった。


 机の上の物、壊れる。

 花瓶は割れる。

 テーブルは焦げる。

 ベッドをひっくり返してバリケードを作ると、ベッドごと燃えてあわや大惨事になるところだった。


 俺は必死の思いで女を縛り上げ、椅子に拘束。

 ……けれど魔術師というのは厄介なもので。

 口が動ければ魔法が使えるらしい。視界に入った俺を「敵」あるいは「自分を怒らせたやつ」、つまり「ちょうどいいサンドバッグ」と認識して、火球魔術を連発した。顔面に飛んできた時はさすがに焦った



「死ぬかと思ったぜ。ったく」

「ごめんなさい……」


 俺が事情を説明すると、ナタリーは殊勝に頭をさげた。

「私、いつもやりすぎちゃうの。怒ってます?」

「怒ってる。けど昨日のス」


 おっと、ストリップのくだりを言う必要はないな。

 ……。

 ま、怒ってる。怒ってるけど。

 怒りきれない部分もある。

 ……。

 朝日に照らされた顔は、うん、まあ、悪くない顔だし。

 二つの膨らみの衝撃も、いまだ薄れていない。

 まあ。

 9割がた、こちらの勝利といったところだろうか?


「スリッパで殴られたときは、どうしようかと思ったけど」

「スリッパ?」

「履物だ」


 ナタリーが履いているのは、黒いブーツだった。


「……よく分からないけど、迷惑をかけたことだけは理解できたわ」


 ま、それで十分か。

 俺はナタリーの拘束をほどいてやる。

 心の中の邪神が「今がチャンスだ!」と叫んだ。

 ……。

 いや、違うだろ勇者よ。そんな心の触れ合いのないおっぱいになど、意味なんて……いや、あるかもしれないけど……。


 そんな逡巡をしているうちに、ナタリーは椅子から立ち上がり、背伸びをしてみせた。……その勢いで俺がかけたマントがずりおち、白い丘が現れる。

 そして一瞬で真っ赤にそまった。


 俺の視界がな。



「俺のせいじゃないでしょ?」

「……ふん。どうだか。大方作り話で、部屋の被害は自作自演だって可能性もあるわ」

 朝食を取りながら、ナタリーはずっとこの調子である。

「だったら最後まで」

「……何する気だったのよ」

 じろりと睨まれ、目をそらす俺。


 美人の冷たい視線には、めっぽう免疫のない俺である。


「それより、あんたが勇者だってのは本当なの?」

「あ? ……あ、ああ。たぶん本当だ」

 証明できるものもないし、俺自身もさほど信じることができないで居るが。

「そう! それじゃ私と組まない?

 そしたら全部ちゃらにしてあげる!」

 そのセリフはそっくりそのまま俺の言葉だったが。

 言い返せない、ヘタレな俺である。


「あ、ああ。助かる、よ」

「なによ。何か不満なの」

「仲間になったら、その」

「条件つき? いいわよ。

 私、そんじょそこらの冒険者になんか負けないんだから。

 レベルの制限だって、ギルドのランクだって問題ないはずよ」

「揉ませてくれないか」




 おっとぉ。

 燃やされると思ったが、右ストレートでくると思わなかったな。


「俺が思うに」

「なによ」

 俺とナタリーは、川を上って、人気のない場所――ではなく、この村の埋葬地を目指していた。

「……もしかして、周りに人が居なければなんとかなるって思ってない?」

 ナタリーは自分の身体を隠しながら、俺の3メートルぐらい後ろをついてくる。

「……思ってねえよ。信頼しろよ。俺は勇者だぜ」

「勇者らしいこと何もしてないじゃない!」


 いや、したろ?

 ……してないか?

 ……してないかも。

 ただ、人としてただしいことはしたと思うぞ。


「言っとくけど、この距離ならあんたが近づくより早く、ぶっぱなせるんだからね」


 ぶっぱなすって何をだよ。

 その先はつっこみたくないので、俺はそれをスルーして。


「この村に流行ってる病ってのが気になっててな。

 俺が思うに細菌感染しているんだと思う」


 昨日見て歩いた限りでは、どの医療施設にも十分な滅菌器具がなかった。

 てことはつまり、医者の身体を媒介して、病気が広がっている可能性すらある。


「流行り病と言ったが、感染していない村人も居る。どちらかというと女子供に多くて、成人男性には少ない。ま、これは単に体力の問題だと片付けることもできるけどね。

 俺は酒場をはしごして、1つの共通見解を得た。それは酒場のマスターは、誰ひとりとして感染してないってことだ」

 それはアルコールが病に遅効性の薬効をもたらしている、という可能性も示唆する。

 示唆するが。

 俺の見解は違う。

 おそらく、飲み水だろう。

 最初の発症者は偶然だ。その遺体を土葬した時に家族と、医者が感染した。家族から別の人間へ。……しかし、まったく違う場所からも発症者が出た。川の流れ、飲み水の組む場所が関係しているのだろう。

 酒場のマスターは、おそらく飲用水を井戸から汲んでいる。その店独自の酒を作り出すための工夫として。



「ついたぞ」


 川をのぼりきり、視界が開けるころには。

 ……無数の墓標がそびえたつ、草原に立っていた。


「……中々考えるのね」

「ん? 何を?」

「なんでもない」

 ナタリーと視線が合いーー今度は、珍しく彼女が先に視線を逸らした。どういう意味だろう。


「火魔法が得意なのは、都合がよかった。

 この辺一帯を焼き払ってくれ」

「……わかったわ」


 気取るでもなく。

 気負うでもなく。


 ナタリーは粛々と詠唱を始めた。




 魔法というのは凄まじい。

 この世界にきて、こんなに驚いたのは始めてだった。

 たしかに、「土の中まで念入りに」と頼んだのは俺だった。彼女はこともなげにその要求に答えてみせた。……およそ体育館ほどの広さがあるスペースを、一瞬で焼け野原にして見せたのだ。

「足りなかったかな?」

 困惑顔でこちらを見つめてくるから、

「いや、十分だよ」

 十分すぎるというか。


 俺はなんといえば分からず、頬をポリポリとかいた。



「役にたてた?」

「助かった、すごく。

 ナタリーが居なかったら、俺がちょっとずつ火をつけるつもりだった。

 下手したら俺自身が感染しちゃう可能性もあったし。

 そういった意味でも、助かったし、手間がはぶけた」

「へへ」


 そういってナタリーは、頭に手をやった。





 それですべてが終わり。


 ……のはずだった。



 揺れているのは、俺か。

 それとも地面か。


 一瞬前までほころんでいたナタリーの顔は、すでに引き締まっている。

 敵だ。それも、近くに。

 俺は周囲を伺いーー。


「危ない!」


 ナタリーに突き倒される。


「フレイムテイル!」


 ナタリーは俺を襲いかかった相手……肉と皮ははげ、いたるところがむき出しになっているアンデッドと対峙していた。


「こいつらはすぐに復活するわ! 

 弱点は頭しかないの」


 言われて俺は、腰から剣を抜いた。

 呼気を整え、相手からの戦意がないと見て取るや、その頭部に斬りかかる。

 ぐにゃり、と柔らかい感触。

 そして俺の前にいたゾンビは倒れた。


 けれど。

 ぼこぼこと。

 まるでモグラのゲームのように、そこかしこからゾンビが湧き出てくる。……これ、病気で死んだ村人全部のゾンビか? そいつらを延々と倒さなきゃならないってのか。


 と思っている間に、先ほど俺が倒したと思わしきゾンビも、再生をはじめ、手足が動き始めている。


「ナタリー! なんとかできないのか!」

 ずしゃ、と目の前のゾンビが倒れる。

 けれどすぐ右から、違うゾンビに襲いかかられる。

「時間を稼いで!」

「わかった!」


 言われて俺は。

 頭の中に「」と「」を思い浮かべる。可能性と未来。つまり選択。俺の中にできること。神さまにもらった。



 アイーシャのかつての動きを思い出し。

 俺はショートソードを振りかぶり、すこし前方を目指して振り下ろす。そして叫んだ。


「『踊れ、妖精の剣』!」


 俺の声、剣擊に呼応するかのように、「見えない斬撃」は俺の視界に入っているゾンビたちをずたずたに切りさいていく!


 その後に残っているのはもはや数体。俺はそいつらを手早く倒してーー。


 くそっ、それでもゾンビの再生のほうが早い!



「我は影。我は闇。我は彷徨える異界の亡者。

亡者は慈母イリーナに乞い願う。

 御身のご加護にて振り払う、

 御身のお力にて切り開くーー。

 汝の加護とともに、汝の怒りを以て!」



「シャイニング!」





 空から大量に降り注がれる隕石。

 それが俺の印象だった。

 光の1つ1つはそう、大きくない。拳くらい。それが空から大量にーー流星のように降り注いでくる。おそらくアンデッドを想定した魔法なのだろう。生きている人間には効果がないようだった。




 すべてが終わって。

 俺とナタリーは、村へと引き返す。


「……すごいんだな、お前」


 それは俺の、正直な感想である。

「へ?」

 いっしゅん自分が褒められたことに気づかず……、すこししてナタリーは真っ赤になってそれを否定した。

「ぜ、ぜんぜん!

 私は「閃熱のナタリー」。

 閃「光」と「熱」魔法が得意なだけなの!

 あとはからっきし! 

 今回はたまたまうまくいっただけよ」


 そうは言うが。


 ……もしあの場に俺とアイーシャがいて、クリフがいて。

 なんとかなっただろうか?

 いや、なんとかはなるかもしれない。

 しかし、もっと苦戦を強いられただろう。


 そう思うと、今回のMVPはナタリーになるのだが。


「話は戻るけど、仲間にならないか?

 魔術師が欲しいと思ってたんだ」

「うーん、名残惜しいけど」

 ナタリーはペロリと舌を出してみせた。

「今ある契約を反故にすることもできないしね。

 冒険者にとって信頼ってのは、命よりも大事だから」


 ……その意味は分かる。

 たしかに、信頼できないやつに背中をあずけたいやつなんか居ないだろう。



「ま、次の機会ってことで」



 惜しい。

 非常に惜しい。

 戦力的にも。

 ……ビジュアル的にも。


「俺らは魔王を目指して西へ向かう。

 もしフリーになったら、また会おうぜ」

「そうね。あなたの周りに居たら、退屈しなくて済みそう。

 ……それに、酒代も払ってくれるしね」

「酒は自腹だ」

「意地悪」

 べーっとしたをだして、ナタリーは微笑んでみせた。

「それじゃまた」

「じゃあね、小さな勇者さん」



 そういって俺らは1つ、約束をして。

 夕暮れの中で、背を向ける。





 余談。


 村に帰った俺はアイーシャとクリフにこっぴどく叱られた。

 なんでも、郊外で起きた大火事を見て、「俺がはやまって森に火を放った」と勘違いしたらしい。……失礼なやつらだ。

 村についた瞬間に自警団と思わしき連中にずらりと囲まれたのは、すこしばかり驚いたぜ。



 ……てかさ、自分のとこで担ぎ上げた勇者を。


 まあ、いいか。


 アイーシャたちはあいつらなりに病に効果のある薬を探し回っていたらしい。

 だから村の中では症状が悪化するものは居なくなったみたいだった。

 俺が原因を排除したから、これから感染が増えることもないだろう。


 ま、今回はうまくできた……という形にしてしめくくろう。





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