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10話

「もう、ギブ、してもいいよね」

 ここで俺が倒れこむ。……すると、上空から天使が現れて、俺を異世界へと連れてってくれるという寸法だ。

「何してるんですか、ちゃんと歩いてくださいよ」

 アイーシャは苦笑して、俺の身体を持ち上げる。アイーシャの細い身体に、もたれかかるようにして、歩を前にすすめる。


 ……。

 こいつ、思ったより力あるゾ。


「……筋トレとかしてる?」

「え? 特にトレーニングはしてませんよ」

「懸垂何回ぐらいできる? こう、身長よりも高いところの棒をつかんで、腕の力だけで身体を持ち上げる運動なんだけど」

「うーん、試したことはないけど、日が暮れるまではできるんじゃないですか?」

「馬鹿、俺は回数を聞いたんだ!」


 さわらぬ神にたたりなし。アイーシャにたいするセクハラは今後控えめにしていこう。ま、そもそもこいつは男だしな。


「……何か怒ってます?」

「俺より強くなるな。……ただ俺がピンチな時は颯爽と現れて助けてくれ。

 そのぐらいは強くなれ。だけど過度に筋肉などつけるな。お前はいまのままが一番美しい」

「なんですか、それ」

 なんだろうな。願望というか希望というか……。ま、自分が負けずに強くなるという選択肢がないあたりが、俺がダメ人間たる原因なのだろう。


「さ、つきましたぞ」

 先導していたクリフが振り向いた。


 そこはガラシャの村。……鬱蒼とした森の中にぽつんと佇む、閑静な住宅街……ではなく村だった。





 まず一杯、酒を頼む。地酒ってやつだな。地元の取れた穀物を、自分とこで酒にする。

「……うーむ、思いがけずうまい」

「そうかい。味の違いがわかるか?

 この辺の店はみんな、自分の店に井戸をひくんだ。味で差をつけたいからな」


 ふむ。

 たしかに豆腐とかを作るときに水が大事だって話は聞いたことがあるが、酒にも大事だとは……。むむ、ってことは水がうまい土地をまわったほうがうまい酒が飲めるのか?

 なんてことを考えてると。

「この村で病が流行ってると聞いたのですが」

 クリフが一杯傾けながら、カウンターむこうのマスターに問いかけた。

「……ああ。あんたらは医者か何かか?」

「いえ、神父です」

 クリフは顔の前で印を切ってみせる。


「……そりゃそうだ。病死の多いこの村じゃ、人を助けるより、弔う人間のほうが儲かるだろうさ。あんたはそれ狙いか? なかなかがめつい、商売上手な神父さんだ」


 ちくり、とイヤミが胸に刺さる。


「俺は解決策を知ってるぜ。

 道具屋で毒消しそうを買うんだ。すると毒から病から、一瞬で消え失せる。

 ……さらに毒消しそうだって、質のイイ道具やにいけば……」


 俺のそでを誰かがひっぱている。……その先にいたのは、困ったような表情をしたアイーシャだった。


「勇者さま、それがここなんですよ」

「ここ? ここって、酒場だろ」

「そうじゃなくて。

 この「ガラシャの村」が毒消し草の産地なんです。

 だから解毒、病気に関してはお手の物。けれどその薬でも治らないってことは」


 ってことは、厄介な問題だってことか。

 それを先に言わないとわからない。


「そのお嬢ちゃんの言うとおりさ。

 毎日病人は増える始末。看取る側だって過労で倒れ、気のいい医者連中は、そっせんして感染して死んでった。こんな村には神父がふさわしい」



 一気に部屋の中の空気が重くなる。


「もっと詳しく話を聞かないとわからん」

「詳しくって、どんな話をだ?

 悲話ならいっぱいあるぜ。娘を助けるために母親が身体を売って高額な薬をかった挙句、その薬が偽物で子供は死んで、母親は自殺した話。せっかく一家の中で幼子だけが病魔に侵されずに生き延びたと思ったが、世話をする相手が居なくて結果的に餓死した話。あんたらに時間さえあれば、朝まで付き合えるぜ」

「私は神父でありますが、その話に興味ありますな」

 ぐいぐい、と前に出てきたのはクリフである。……今の流れで前のめりになったら、お前のこと誤解されないか? 人の死に方に興味ある変態だって。……ま、誤解じゃなくてただしい理解なのかもしれないけ


「ダメなんです」

「なんだよ、それでも足りないっておk

「それがダメなんです。

 その解毒に使う草は高山植物で、ここには生えてない。

 材料がなかったら、薬も何もあったもんじゃないから」

「そういうことさ。いま決死隊が村を出てホウボウを探し回ってるが。

 足元を見やがって、流れの商人も吹っかけてきやがるときた。

 それで? この話を聞いてあんたらに何ができるんだ」



「とりあえず火をーー」



「ダメですよ、あんなこと言いだしたら」

 アイーシャに外に連れ出された。

「いや、だって、俺の地元の風習で、土葬をしていると

 その死体から病気が蔓延したって話を聞いたことがあって」

「この村では土葬が当たり前です!

 僕の故郷でもそうでした。けど、この辺の村じゃ違うんです。半端な火力じゃ燃やしきれないし、かえって肉の焦げる匂いで魔物をおびき寄せるだけ。だから、地方の村、ちゃんとした設備のない田舎じゃ、そんなこと不可能なんです」


 アイーシャの地元ってどこなのさ。


「そうですぞ。だからこそ我らのようなエセ神父が必要となるのです。

 遺体を聖水で清め、儀式に則って埋葬する。されば感染のリスクはそうでもありませんからな」


「ふむ、てことは」


 八方塞がりか。


 その後、何件かの酒場、それから人の集まりそうな宿屋を巡ったが、聞けた話にあまり差はなかった。

 どこも「急に病が増えた」「病気は人から人ではなく、とうとつに発症する」「悪魔の呪いだ」と言い出す輩まで居る始末。まあ、その可能性もなくはないが……。

 



「……戻って飲むか」

「よくあの空気で、飲み直す気になりますね」

 と、アイーシャの冷たい顔。

「私も、すこしアテがありますので。

 宴のほうは遠慮させてもらいます」

 と、クリフまでもが辞退した。



 けっ、なんだいなんだい。俺は一人で宿屋の部屋で酒でも飲むか。





「ちょっとママ、聞いてる?」

 とかなんとか言いつつ、やはり一人で酒を飲むのは寂しいから、宿屋のカウンターで女将に絡む俺である。……女将は酔っぱらいの相手には慣れてるのだろう、手馴れた手つきで俺の空いたグラスに酒をついでくれる。

 が、あまりご機嫌よろしそうな顔ではない。

 それはわかっている。わかっているが。


「不満があるのは俺だって同じなんですよぉ。

 って聞いてます?」

「はいはい勇者さま。仲間にないがしろにされて、寂しいんだってね」

「でしょ? ひどいと思いません?

 アイーシャもクリフも、俺が初心者冒険者だと思って舐めてるんだ!」


 たしかに俺にこの世界の知識はない。

 ……まあ実力ないかもしれない。

 ……けれど世界を救うという心意気は……いや、それもあまり無かったな。



 そう思うと、俺が人に誇れることなど何一つないのだということに気づいてしまった。


 うう。


 ……酒のせいか、やけに気が沈むぜ。


「ママぁ、この酒ダメだよ。気分が落ち込むんだよ。

 俺だってなあ、たしかにかっこよくやりたいさ。けどおっぱいを揉まなきゃ力が出せない? そんなこと言われたってさあ!」

「そうですよ! 誰の胸が小さいっていうんですか!」


 うん?

 唐突な叫び声に、俺が横をふりむくと。

 そこには赤い長い髪、真っ黒なローブ、ノースリーブのドレスという出で立ちの女性……いや、少女が座っていた。


「だれっがあんな奴らと組んでやるもんか!

 『閃熱のナタリー』を舐めるな!」


 女が、持っていたグラスをテーブルの上に打ち付ける。

 するとグラスから天井にものすごい勢いで炎が吹き出した。


「そうだそうだ、燃やしたれ!」

 俺は無責任にはやしたてる。


 ……しかしナタリーの視線と敵意は。

 俺のほうに向いたようだった。

「なんです、あなた」

「いや、俺はただ飲んでただけで」

「あなたも馬鹿にしてるんですか!」

「だから、その……」

「これでもか!」


 何を考えたのか、ナタリーはばっ、と自分の胸をはだけ――。


「これが見えないか! これが男に見えるってのか!

 ううう、お母さーーーん……私、おっきくなりたかったよぅ……」



 ふ。

 ふふ。

「まあ、服を着ろ」


 すごいものを見てしまった。これが生というやつだ。大きさとかは問題ではない。白くて、赤くて……まるで宝石のようだ。

 俺は口元をおさえ(鼻血が出そうだった)、最大限かっこつけてナタリーの身体にマントをかけてやる。


「あなた……、優しい。もしかして神様ですか?」

「神……ではないな。だが勇者だ。いずれ世界を救う男だ」

「やはり! 私が組む相手は、勇者さまじゃないと!」



 そして。


 ぐーぐーといびきをかいて、女は寝始めた。


 ……。

 俺は視線で、女将に助けを求める。


「知らないよ。そもそもその娘、うちに代金払ってないからさ。

 客じゃないよ」



 おいおい、まじかよ。どうしたってこんなところで飲んで……ああそうか、俺みたいに仲間に馬鹿にされて逃げてきたのか。仲間連中は違う宿に泊まっているのだろう。そう思うと、そこはかとないシンパシーを感じてしまう。


「部屋空いてる?」

「……空いてるけど、いまから準備するのは面倒だねえ」

「……俺の部屋は?」


 俺の問いかけに対し、女将はだまって右手を差し出した。

 ……料金をもうひとり分よこせということらしい。

 俺は財布から貨幣を取り出し……ひいふうみい……くっ、余計な酒なんて飲まなきゃ……いってもしかたない。若い娘を放り出しておくわけにもいくまい。心の中で涙を流しながら、軽くなった財布をしまう。



 俺から金を受け取った女将は、

「今日はあんたの両隣の部屋は空いてる。

 ……好きにしな」


 と、悪い顔で笑った。こりゃー悪い顔だよ。でも俺も笑ってる。この世界に鏡も写真もなくてよかった。見られたくない顔だし、知られたくないことだし。酔っ払った女性を連れ込むとか、あまつさえその先のことを「今晩はお楽しみでしたね」を期待しちゃうなんてことを――!



 もしかして唐突に、俺は大人になるかもしれません。


 そうか。

 そうだと思うと、あいつらの喧嘩も微笑ましいもののように思える。

 ……そうだな。

 これは運命だったのだ。

 俺は運命の人に出会えた。すこし酔っ払っていたが、予定内だ。

 そしてこの人と俺は結ばれる。たぶん。




















 そして夜があけて。


 俺はこんなにも長い夜があったのかと思ったぜ。


 性的な意味で?


 いや、生命的な意味だよ。


 


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