12話
「聞きましたぞ、勇者どの」
その日の晩飯は、クリフの説教から始まった。
「何やら道すがら女性に声をかけているそうではありませんか。
……曰く、スキンシップを求めているなどと。
悪い噂になり、自警団が警戒しておりますぞ」
「お、俺じゃないぜ」
「本当にそうですかな?
犯人は覆面をしており、顔はわかりません。しかし、『俺はおっぱいさえ揉めば世界最強になれる』と被害者を説得していたようですが。
失礼ながら昨晩何をしておられました?」
「酒を飲んで寝てたよ」
「ほう。では、勇者さまは覆面をしたまま酒を飲まれるのです?」
「そんなわけないだろ。覆面はちゃんと外してーー」
あ。
突き刺さる視線&視線。
「しばらく夜の出歩きは禁止だね」
「で、ありますな」
二人は顔を見合わせて頷いたーーアイーシャはどうして腰の剣に手をかける? 何それ。俺切って捨てられるの?
「それにしても」
アイーシャは俺の不安そうな顔をみて、顔を苦笑に変えると。
「どうして勇者さま。そんなに不器用なんですか?
いきなり近づかれたら、不審がるし、相手がかわいそうですよ」
「う……だって、女の子と仲良くなる方法とか、知らないし」
俺はいってから、ちびちびと酒をあおる。
「何話せばいいか分かんないし。いきなり怒るし。
苦手なんだよ昔から」
俺は過去の出来事を思い出してーー。
いや、途中でやめる。
「ふつうですよ。まず、挨拶をするんです」
アイーシャは口元に指先を当てて考えながら、
「こんにちは、今日もいい天気ですねって。
まず自分のことをさりげなくしゃべります。なんでもいいです。友達が約束をすっぽかして、暇になったとでもいう。
それから、相手のことに話題をふる。花を持ってたら、「かわいい花ですね
」とか「珍しい花ですね」とか。ぬいぐるみを持ってたら「自分で作ったんですか」とか。
あ、相手の容姿に触れたりするのはダメですよ。勇者さまはそういう失敗をしそうだからーー」
「うう」
俺は図星をつかれ、言葉につまる。
たしかに「かわいいね。どっか行こうぜ」とかはやったことがある。……つい最近。
「それじゃ下心丸出しです。じゃなくて、「あなたと仲良くなりたいんですよー。あなたの興味が、僕の興味と重なるんですー」ってオーラで話しかけるんです」
「……難しいな」
それはアイーシャが美少年(ただしイケメンに限る)ってやつじゃないのか?
「何も難しくないですよ。同性の友達を作る時と同じです。
同性で仲良くなりたい友達が居たら、勇者さまはどうします?」
「うーむ、そうだな」
子供のころならサッカーに誘ったり、いっしょにゲームしたり。
だがこの年になると相手の興味が分からないから。
「……とりあえず高めの酒をどん、と置いて。
酒を飲んで語り合う、かな?」
「ふふ、らしくていいですね」
まるでそれが微笑ましいとばかりに。
アイーシャの顔を喜色がつつむ。
……俺だって考えたんだぞ。
ただ、しゃべるのはあまり得意ではないし、話題も多くない。男の友人も居たが、数は多くなかったな。
と、そんな話をしていた俺らのテーブルの上に。
でん、と酒が置かれた。
緑色のガラスに入った、この村特製の蒸留酒。……しかも貼ってあるラベルを見ると、だいぶ熟成されたものらしい。
「酒だ。飲め」
言われて顔を上げるとーー。
そこの居たのは女だった。紫色の髪、紫色のローブ。胸元がはだけたへんなワンピース。フードを目元までかぶり、表情や顔立ちははっきりしないが……、グラマラスな体型をしていることだけは厚手のローブの上からでも見て取れた。
「いただきまーす!」
アイーシャはいそいそと自分のグラスにそれを注ぎ、口にした。満面の笑みで「おいしーい!」と歓声をあげる。
「これは10年もの……。10年前といえば、近年稀に見る成功の年だったとか。貴族が買いあさり、市場にはほとんど出回っていないと聞きましたが、まさかこんなところでお目にかかるとは」
と、クリフもよくわからないうんちくを垂れながして、それを口にした。
ま、俺も注がれたら飲む。勧められたら断らない。
高い酒がいい酒とは限らないがーー。
小さめのグラスだったので、一気にそれを煽ると、喉元を灼熱で焼かれたような(そんな経験はないが)痛みが遅い、一瞬後に鼻腔を豊穣な穀物の香りがくすぐった。そしてビリビリとしびれる舌の上には、えみ言えぬ甘味が残っている。
「どうじゃ。おいしいじゃろ」
女は俺の表情を見て、勝ち誇ったとばかりに笑みを浮かべた。
「うまい。口の中に世界が広がる。いや、それすらも生ぬるい。まさにユートピア。楽園。つまりは天国。いわく至極……」
俺は天にも昇る気持ちでつぶやいた。
女も、自分のグラスを取り寄せると、一息に飲み干した。
「うむ。この村の蒸留酒は最高じゃ。
50年前の噴火で流された土石流が押し流され、……最高の栄養分となってときだしたのがちょうど20年ほど前だったかのう。その栄養を吸って育ったブドウから作るわけだから、ちょうど10年前がピークだったようじゃ」
「ずいぶん長いスパンで見てますね」
「酒を熟成させるのは時間と悲しみだからのう」
そういって、どこか遠いところを見ている。
「ま、今日は勇者さまの残念会ですからね。おいしい酒でも飲んで、ぱーっとやりましょう!」
アイーシャはお酒がおいしくて機嫌がよい。うむ。よいことだ。
「うむ。こうしてはるばる友人が訪ねてきてくれたわけだしーー」
「ん? 誰の友人だ?」
俺の一声で。
俺とアイーシャとクリフは顔を見合わせた。
「だ、誰って。クリフか勇者さまのーー」
「私はこんなふしだらな格好をする女に、知り合いなんぞおりませんぞ。
それにそもそも魔術師とは仲が悪いのでーー」
「おいおい、俺にどうしてこの世界に知り合いが居るんだ?
それも女のーー」
あ、ひとり昨日知り合ったな。
……ま、あれはノーカンだ。
てことは。
この人誰ですか。
もしかして誰かと勘違いなさってません?
○
「妾はアルファ・オメガじゃ!」
アルファ・オメガ(始まりにして終わりのもの)とは、ずいぶんとだいそれた名前だ。
「アルちゃんとでも呼んでくれればいい」
そしてやけにフレンドリーだ。
「それで、その……アルちゃんは、どうして僕たちに声をかけたんです?」
「ふむ。仲良くなりたくてな。たまたまいい酒が手に入ったんだが、ひとりで飲むにはちと寂しい! ちょうど勇者が居るから、顔でも見てやろうかと思ったら……なにやらずいぶんと辛気臭い話をしておる。女をあーだこーだと。よいか!」
だん、とアルファはテーブルを叩いた。……強めに。衝撃でグラスから酒が溢れる。
「女子とは! いや、雌とは!
そんな小賢しいテクニックなど必要ないのだ!
ただ一言、言えばいいのだ。いや、言わんでもよい。態度で示せばな。
「俺にだまってついてこい」とな。
そんなこと強引に言われたら妾だったら……きゃーーーー」
なんだよ。ただの自分の妄想(願望)じゃねえか。
「そんなことありません! 女性だって、優しい男の人が好きです!」
「ほう……。妾に歯向かう気か。
目下近頃の女は優しい優しいなどと抜かしよるが、優しさとはなんぞや。
それはただの甘ったれではないのか?」
「違います! クリフも言ってやってください!」
話題をふられたクリフは、目を白黒させて、「私は神父だから答えかねます」と、首元のドクロ型のネックレスを撫でた。
「勇者さまはどう思います!?」
「どうもこうもーー、それができないって話であって」
「そうじゃないでしょ! 優しくしたほうがもてるかどうかってことですよ!」
なんでアイーシャはこんなに怒ってるんだよ。
「ほれみろ。この勇者の態度をな。
これが現代を生きる若者の縮図だ!
はっきりしない! 優柔不断! 嫌われたくない! 意見がない!
かのドラブロを見ろ! あやつは1言も喋らず、身体を重ねたぞ!
実に男らしい!」
いや、無口と男らしさの間に、相関はないと思うが。
……ドラブロってやつも知らないし。
「勇者さまがちゃんと言わないからーー」
「いや俺はだってーー」
「これだからダメなんだ! 勇者といってーー」
ぐわんぐわんと視界が揺れて。
ああ、だいぶ強い酒だったのだと。
改めて認識。
ああ。
たのし。
○
翌朝、俺は便所で目を覚ました。
自分の身体を見下ろして。
……。
……。
うむ!
大変よろしくない状況である。
大至急宿屋に戻って風呂を借りよう。服はこっそりと洗おう。こんなのばれたら、アイーシャに怒られちゃうからな。
がちゃり、と便所の戸があいた。
「ふあああ、あ、勇者さま。おはようございます」
……現れたのは、とうのアイーシャだ。しかし、今日はいつものへそ出しミニスカという扇情的な服装ではなく、動きやすそうな青いズボンに、長袖という格好である。
「……服、汚れちゃって」
俺の視線に気づいて、アイーシャは恥ずかしそうにほおを染める。
何で汚れたんだ、どう汚れたんだ、うへへへへ。
とか聞きたい気持ちにもなったが、俺の胃の中に「暴れん坊」がまだ残っているから、そのセクハラは諦めることにする。
「……ちゃんと勇者さまも、服洗ってくださいよ。
僕もう洗いませんからね」
「わかってるよ。自分の……ぐらい、自分で処理するわ」
この間俺が酔いつぶれて、その始末をさせたことにまだ腹を立てているのだ。心のせまいやつだ。俺ならアイーシャの介抱なんて、喜んでしちゃうけどね。
「あれ、それにしても」
アイーシャはまだ頭が痛むのだろう。
右手で頭を抑えてーー。
「昨日の人? あれ、勇者さまって名乗りましたっけ?」
「……記憶にないな」
だがそれは酒のせいかもしれない。
「なんで僕らのことを知ってたんだろう」
「そりゃ、各所で勇者だとしゃべって歩いてれば……おおおお、そこどけ!」
俺はアイーシャを押しのけて直行する。
ま、うまい酒が飲めたということで。
今回はよしとしよう。
……。
ちなみにクリフのやつはぜんぜん二日酔いになってなかった。
あいつは絶対、自分に治療魔法でもかけてやがるな。




