復讐の刃1
「がっ…!」
風刃は微量の血を吐いたルドルスの腹から拳を抜くと、続けて顎を打とうと迫った。
ルドルスはとっさに後ろに跳び退いたが、それを読んでいた風刃は木刀を横なぎに振るい、風の斬撃を放つ。
「ぐっ…があああ!!」
着地と同時に首元に風の斬撃を受け、高速で空中を押し流されるルドルス。
もがいても抜け出せないまま、スクムルトを囲むレラーズ樹海の木に背中を強打し、ようやくうつ伏せに墜落した。
「ぐ…がはっ!」
だが立ち上がるよりも先に、衝撃で折れた木の下敷きにされる。
「…戦場で一番無様な目に遭うのは中途半端に強い奴、だったか?」
風刃がゴミを見るような目で倒木の下を見やり、聞こえよがしに独り言ちる。
余裕をひけらかす態度とは裏腹に、瞳には冷笑も嘲笑も浮かんでおらず、警戒と憎しみが光り続けていた。
「惜しいな。鏡に向かって言ってりゃ、名演説だったのによ。」
風刃が淡々と皮肉を飛ばすと、倒木が粉々に打ち砕かれる。
直後、乱暴な足音と共に、全身木片まみれとなったルドルスが立ち上がった。
「…ふざけやがって、このガキが!!まぐれで一発決まった程度で、図に乗ってんじゃねえ!!」
ルドルスは村中に響くほどの怒鳴り声を上げ、風刃を目掛けて突進すると、流れるように拳や手刀や蹴りを次々に繰り出した。
一撃一撃が素早さも十分なら、狙いもしっかり付けている。ルドルスより少しでも腕が劣る者であれば、無傷でやり過ごすのは不可能だろう。
だが風刃は、一度としてかすられもしていない。
表情には微かに退屈の色が混ざり始め、いつしか木刀を腰に差していた挙句、腕組みまでしていた。
「…妙に先が読めると思ったら、そういう事か…。」
「先が読めるだと!?寝言はくたばってから抜かせ!」
呆れたような溜息にますます怒りを燃やし、ルドルスは瞬時に風刃の背後に回る。
間髪入れず素手で心臓を貫こうとしたが、風刃は振り向きもせず、左の肘鉄でルドルスの顔面を打った。
「がっ!」
「てめぇ、舞さんの動きを随分と研究したらしいな。大方、猿真似とガチガチに練った対策で舞さんに勝って、『封殺者師範代ともあろう者が』とか何とか抜かそうとしてやがったんだろ。」
「何…!」
ルドルスが鼻を押さえたまま、目を見開く。
「即否定しねぇって事は、大外れじゃねぇようだな。ふん…大した魄力でもねぇくせに、随分舞さんを痛めつけられた訳だぜ。」
僕も同じ点が引っかかっていたが、ようやく理解できた。
ルドルスの魄力は舞に比べれば劣っているが、その差は舞が確実に全戦全勝できる程の大きなものでもない。罠にはめるといった少しの工夫で、ルドルスが白星をもぎ取ってもおかしくない程度だ。
その上で舞の動きを事前に知っていたのなら、舞の攻撃をことごとくかわし、水の弾丸を無傷で防ぎ切れたとしても、別段不思議はない。
「だが、俺相手で一撃も決められねぇって事は、舞さん以外の研究はしてなかったらしいな。他の奴は楽勝とでも思ってやがったか?」
「黙れ!!」
鋭く叫ぶや、風刃の喉を右手で貫こうと突進するルドルス。
しかしそれをも見切っていた風刃は、ルドルスが動き出した時には奴の後ろを取っており、背中に右手の裏拳を叩き込んだ。
「がっ…!」
「データ戦法やる奴のお約束だな。調べた事には強くても、調べてねぇ事とデータが通じねぇ事には丸きり雑魚だ。こんなのが主催者とは、随分つまらねぇ歓迎会もあったもんだな。」
「黙れってのが―」
「いい加減にしやがれ!!」
「ぐおっ!!」
なおも吠えようとしたルドルスだったが、それより激しい怒声を発した風刃に腹を蹴り飛ばされ、仰向けに倒れた。
「時間の無駄だ!!出来もしねぇ猿真似なんざ止めて、真面目にやりやがれ!!」
風刃の挑発に、ルドルスは右手で地面を思い切り殴り付け、さっきよりも更に騒々しい足音を鳴らして立ち上がった。
「調子に乗りやがって…!!そこまでほざくなら望み通り、本気を見せてやる!!黒コゲになってから、存分に後悔するがいい!!」
掲げた杖に魄力を集中させると、宝玉から漆黒の雷を放った。
風刃は避ける事なく立ち尽くしており、全身を容赦なく打たれる。
「ハハハ!!馬鹿が!!余裕をかましてるからこうな―」
ルドルスの勝利宣言は、最後まで続かなかった。
奴と同格程度ならかなりの痛手になるであろう黒い雷をまともに受けながら。
風刃の身体には、傷どころか埃の一つも付いていなかったのだ。
「…くだらねぇ技だ。寝込みにぶち込まれたって、眠気覚ましにもならねぇぞ。」
「ぐ…!」
「構えからして、舞さんにも使おうとしてたらしいが…こんなもんでよくあの人を殺せる気でいたな。」
ルドルスが歯を食いしばり、右腕を震わせながら杖を構えると、今度は水の弾丸が連射された。
だが風刃は無防備に食らったにもかかわらず、これまたダメージを負わない。
身体を貫かれるどころか、濡らされすらしなかった。
「生意気な…!!」
一層不快感を募らせたルドルスが紫色の杖を地面に向けると、風刃の足元だけが不自然に揺れる。
風刃が翼を広げて空に逃れた直後、平らだった地面はいきなり轟音を立ててせり上がり、天を衝くような岩の槍へと変貌した。
避けそこねれば、滅多な使い手では当然串刺しにされただろう。
「…ククク。隙ありだ!」
ルドルスが杖を空にかざすと、風刃の周囲に無数の炎の球が現れた。
風刃が守りを固めるより先に炎の球が次々に飛び掛かり、一つ一つがなかなかの爆風を起こす。
「風くん!!」
「蒼空!!」
「ハハハ、騒ぐな!死体ぐらいは残してやるさ!真っ黒焦げの汚い粗大ゴミが精々だろうがな!」
全ての炎の球が風刃に突っ込んだ後も、真っ黒な煙がしばらく残る。
ようやく視界が晴れた時には、風刃の姿はなかった。
「おっと。言ったそばから粗大ゴミどころか、チリの粒も残さず消しちまったか?ハハハハハ!!ざまあねえぜ、バカガキが―ごっ!?」
高笑いしていたルドルスが吹き飛ばされ、黄金の女神像の足元に頭をぶつける。
背後に回っていた風刃から、全体重を乗せた蹴りを貰っていたのだった。
「あんなヘボい技でくたばる訳がねぇだろ。どこまでもふざけた野郎だぜ。」
不機嫌に腕組みをする風刃に、ユナが目を丸くする。
「すごい…フウジンさん、あんな技まで避けちゃったんだ…!」
「あア、やるモンだな。完全に食らったと思ったがよ。」
「うん。完全に食らってたよ。」
ほんの一言で、風刃を見ていた皆が僕に向き直った。
「…は?嘘だろ?」
「こんな嘘吐いたってしょうがないだろ。ほら、あいつの服見てみ。」
僕は風刃のTシャツを指差す。
純白の生地の両面に一つずつ、微かだが煤が付いていた。
「…全部…まともに…くらって…ちょっと…すすけた…だけって…こと…?」
舞にすぐさま軽く頷くと、皆が顎を外さんばかりに呆然としてしまった。
「…一応訊くが、あんなしょぼい大道芸が一番の大技だったりしねぇだろうな?」
冷めた目で問う風刃に、ルドルスは何も言い返さない。
杖を強く握り締め、歯を食いしばり、身体を震わせるばかりだった。
「…違わねぇなら、念のための様子見もここまでだ。覚悟しやがれ、クズ野郎。4年前の借り、億倍以上にして返してやるぜ。」
風刃は拳を握り締め、姿を消したと思う程の速さで突っ込む。
「は…!」
ルドルスは至近距離に入られたと気付いた直後、風を宿した拳でのアッパーを食らい、宙に打ち上げられた。
「情け容赦なんざ、期待するんじゃねぇぞ!!」




