第五話
「裏切者、ねえ。今や、どっちが裏切ってんのか、分かったもんじゃねえがな」
「何?」
にやにやと笑いながら言う九十九に、俺は顔をしかめる。
「くはは、言ってやんねえ。楽しみは後に取っとかねえとな。つっても、てめえらにその、後は訪れねえだろうが」
「さっきから勿体ぶってんじゃねえよ、うざってえ。言いたいことがあるならサッサと言えよクソ野郎」
話し方、内容、表情、全てが癇に障る。俺はそう言って、先を促した。
「ああ、そうだなぁ、じゃあ言ってやるよ。後が来ねえってのはなぁ、てめえが死ぬのは、今ここだからだよ!」
奴はそう言って、自らの異能を発動した。
「ぶっ壊せ、百の番兵!」
百の番兵、文字通り、百体の兵士を生み出す異能。最も、その兵士は小さい。それに、形も奇妙だ。それでも、奴の異能は脅威だ。俺の脛ほどの大きさの丸いのが、それぞれ剣だの槍だの持って襲い掛かってくる。それが百体もいるんだ。まともに戦えば相当強い。
「…相変わらずの馬鹿の一つ覚えだな」
そう、まともに戦えば。
「純愛剣」
俺は襲い掛かってきた兵士たちに向けて、無数の剣を発射した。その兵士たちは攻撃能力はあるが、防御能力は無に等しい。次から次に、串刺しにされて、ぴぎぃ、という可愛らしい断末魔を上げて、兵士たちは消えていく。そして、一秒が過ぎる頃には、その兵士たちは全て消え去った。
「まだやるか?」
そう、つまり、俺は九十九に相性が良すぎる。奴の異能だって充分強いが、俺には相手にならない。奴が機関を抜けたのも、それが原因だったと思ってる。後輩の俺にまるで手も足も出ないことが、フラストレーションになってそれが爆発したんだろう、ってな。
「くく、くはは。相変わらず、すげえな、それ。純愛剣。正に、最強の異能だ。最高に妬ましいよ、冷泉のおっさんがお前にばっかり目を掛けてたのも頷ける」
…?何だ?何を笑ってる?こうなることは九十九にとっても、分かりきっていたはずだ。なのに、こんなに、余裕そうに笑う理由は、何か隠し玉があるってのか?
「だけどよぉ、もう、怖くねえんだ、それ。もう、お前は敵じゃねえんだ。だから、大人しく、死ねよ」
そう言って、九十九は手を交差して、叫んだ。それが、奴の、第二の異能の発動だと、俺はすぐに気づいた。
「血祭りに上げろ、【十の精鋭】」
そして、奴の前に生まれたのは、十体の兵士たち。数が減った。だが、そんな数の増減なんてどうでも良いくらいに、俺はその違いに驚く。
外見はさっきまでの丸い兵士たちと同じだ。だが、装備が違う。そいつらは一様に、鎧を着こみ、盾を持ち、とにかく、防御性能がなかったはずの兵士たちが、硬い装甲で覆われていた。
「…へえ、なんだそりゃ、俺対策って訳か?まだ意識してんのかよ、正直きついぜ、九十九さんよお」
「口だけはまだ元気で何よりだよ、後輩。だけど、とっくに分かってんだろ?こいつらにはてめえの純愛剣は通用しないってよ」
「なら、確かめてみるか?」
馬鹿が。確かにただの純愛剣は通じないかもしれない。だが、俺には不止杖がある。単なる装甲なんて意味ねえんだよ。
「純愛剣!」
俺は純愛剣を放ちつつ、不止杖を起動して、装甲を貫通できるようにした。これでまた、さっきみたいに一網打尽だ―
「は?」
そうは、ならなかった。兵士たちはその身に着けた装甲にはそぐわない程の身軽な動きで、全ての剣を回避してしまったのだ。
呆然とする俺、九十九はそんな俺を見て、腹を抱えて大きな声で笑った。
「くは、くは、くははははははは!馬鹿は、馬鹿の一つ覚えは、てめえだったな、司くぅん!不止杖を俺が考慮してねえとでも思ってんのかよ、相変わらずおめでたい頭してんなぁおい!」
まさか、ここまで俺の対策をしてるとは、正直感心するくらいだ。俺は足で2回タップしてから、九十九を見据えた。
「確かに、すげえよ、九十九。まさか、あんたがここまでやるとは思ってなかった。だけどよ、あんた、一つ忘れてんじゃねえのか?」
「あん?」
九十九は俺に訝しむような視線を向けた。それで良い。俺に視線を向けてろ。
「敵は俺だけじゃねえってことを」
俺がそう言って、足で強く床を踏みしめた。瞬間、俺の背後から、俺の上空を飛んで、九十九に向かって、何かが飛んでいった。
「―は?」
それは美月の車椅子。美月が征服者を使って、飛び上がって、九十九に向かって突撃したのだ。九十九は驚愕し、その突撃に対応できない。そして、全身を征服者によるオーラで包んだ車椅子の突撃は、少しどころじゃなく痛い。直撃を食らった九十九は倒れて、頭を打ち付けて、気絶した。
「決まったね」
「そう何度も使える手じゃねえけどな」
俺は美月と拳をぶつけ合った。ひとまず、一難は去った。最も、ここからは一難程度じゃすまないだろうが。今後の指針を決めるために、俺たちは座って話し合おうとした。
【なんだよ、九十九。負けてんじゃん】
ぞわり、今まで感じたことのない程の怖気が、全身に奔る。 俺たちが上へ向かおうとした瞬間だった。いつの間にかここに入り込んでいた男が、九十九を見下ろしながら言った。奇妙なことにその男の顔が良く見えなかった。黒く塗りつぶされたかのように、輪郭も何もはっきりしなかった。
「…何だお前」
【く、く、く。何だお前って、そんな他人事みたいな面するなよ。俺とお前の仲じゃないか】
そいつは九十九を抱えながら、そう言う。生憎だが、俺はこんな奴は知らない。知らない、はずなんだが、どこか既視感がある。もしかして、本当に知り合いなのか?可能性はある。
【今日は君たちに言っておきたいことがあってね】
「言っておきたいこと?」
そう言って、奴は腕を大きく開いて言った。
【今ここに、堕落同盟の発足を宣言する。そして我々の目的は―】
【美月を、紫城美月の征服者を奪うことだ】
そう宣言した奴は、腕を閉じ、背後から何者かが現れる。二つの手が顔を覆いつくす、奇妙なマスクをした男。
【やれ、ハングドマン】
「ええ、次元移動、展開」
黒い男が命令し、彼らの背後の次元が裂け、二人の人影が現れる。一人は俺とそう齢の変わらない男、もう一人は。
「骸、公麗―!」
「久しぶりだね、近衛司くん」
王害さんの長男、弟の右腕を再起不能にして家を出て行った男。成る程、堕落同盟とやらのコンセプトは見えた。こいつらは全員、何かしらの組織を裏切った奴、抜けた奴らだ。思えば、さっきのハングドマンとかいう奴が使っていたのは、魔女集会の魔法に近い。
「わざわざ、お仲間集めてくれてありがとよ。殆ど誰だか知らねえけど―」
こいつらが何者なのかは知らない。だが、こうもご丁寧に宣戦布告してくれたんだ。
「お前ら全員、死んどけ!」
俺は、目の前の四人に向けて、純愛剣を放った。どうせ何かしらの対応策は持ってるだろうが、その対応をこの目で確認できるのも収穫だ。
「黒羽根、出番だ」
「はいは~い」
ハングドマンが、もう一人の男に命令し、男が前に出た。
「【純愛剣・複製】!」
そうして、現れたのは一本の剣。そして、その剣は俺の純愛剣と相違ない。つまり、コピー能力者か。厄介な。
「なんだこれ、一本しか剣でないんだけど。まあ、いっか」
だが、その剣は飛んで行って、俺の放った無数の剣の一本とぶつかって対消滅した。成る程、練度や進化まではコピーしきれてない。最も、コピー出来たとて、無数の剣は、お前には出せないだろうがな。
「他で充分対処可能だしね」
そう言うと、奴は手のひらから炎を放って、純愛剣を全て焼き払った。コピーはストック可能、か。つくづく厄介だな、手が読めない。
【おいおい、こっちばっか見てんなよ】
「あ?」
まるで心を読んでいるみたいに言ってくれる。何が言いたい?
「が―!」
「司!」
【だから言ったのに、外刻煙也がお前を襲おうとしてるって!】
俺の腹を貫く、指。異様に鍛錬されたこの手指は、暗殺者の類。外刻っつったか、例の、明治に十刻を追いやった一族の方か!まさかまだ生き残りがいたとはなぁ、って考えてる場合でもねえか。痛みで、今すぐにでも倒れ込みたい気分だ。
「司に、触るな!」
「…!」
美月が、二つの義手で、外刻煙也を掴んで、放り投げてくれた。助かった、だけど、ピンチはまだ終わっちゃいない。
「お前ら、全員」
…!まずい、征服者がまだ収まってない。収まっていないまま、矛先が連中の方へ向いてしまっている!
「止めろ、美月!」
「消えてなくなれ!」
瞬間、激しい閃光が、俺の視界を奪った。
「…あ、ああ、あああ!」
美月の叫びが聞こえて、視界が徐々に晴れた頃、俺たちは目にした。ハングドマンと呼ばれた男が消えて、灰のような粉っぽい何かが地面に落ちているのを。
それが何を意味するか、この場にいる誰もが知っていた。美月は顔面を蒼白にして、黒羽根と公麗は引きつったように笑って、外刻は息を呑んだ。
【あは、あは、あっははははは!おい、見ろよ!ハングドマンが一瞬で消えちゃったぞ!】
静寂の後、顔のない男だけが、腹を抱えて、愉快そうに笑っていた。ひとしきり笑ってから、奴は俺を指差して言った。
【見ろよこれ!こんな危険な物をお前は庇ってたんだよ!】
「…馬鹿が、最初っから、そんなこと、知ってんだよこっちは」
お前には分からないだろうな、俺たちはずっと一緒にいるんだ。少しくらい能力が強いからって、崇めたり、恐れる必要はねえんだよ。こいつだって、普通の人間なんだ。
【嫌、分かるさ。そして、その終わりがどういうものなのかもな】
笑うのを止めて、奴が言った、その一言に、含蓄を感じたのは、俺の気のせいだろうか。
【朱、門を開け。帰るぞ】
「おい、待てよ。名も名乗らずに行く気か?」
仮の名前でも何でもいい。こいつから、こいつの情報を少しでも引き出せれば。
【俺か?俺は無貌、顔も名前もない、何者でもねえ、死にぞこないだろ】




