第四話
そんな俺の危惧に反して、それからはこれと言った敵襲もなく、四角支部までたどり着くことが出来た。公共交通機関を乗り継いで来たのが良かったか、少なくとも向こうも、そこまで大っぴらに行動を起こすことはないらしい。
「美月、大丈夫か?」
「問題ないよ」
なら、良い。本当に問題が起きたら、こいつは素直に言う。
四角支部は、住宅街の中の一軒家を使っている。元々は院のどこかの家が所有していた物件だと聞いているが、詳細は覚えていない。
「でも、一つ、懸念があるかな」
支部の鍵を差した時、美月が言った。
「懸念って?」
「分かっているだろう?司」
嫌、多すぎて分からん。悪い可能性なんて幾らでもあるからな。俺は首を振りながら、ドアを開けた。
「…こいつは」
家の中を見た瞬間、思わず俺は固唾を飲んだ。支部の中はもう、無茶苦茶に荒らされていた。床はまともに歩けないほどにズタズタで、奥に見えるガラスは粉砕されて、家具はどれも執拗に切り刻まれていた。
「征服者、使おうか?」
「…嫌、大丈夫だ。荒らされちゃいるが、ここにはあの人たちがいる。いくらなんでも、全員纏めてやられたなんてことはないだろ」
それが楽観的な考えだというのは分かってる。だけど、そう信じ込まなきゃならない程、俺はこの支部の惨状にショックを受けていた。
そんな頭の中、地下室に下りる。美月は車椅子ごと体を浮かしながら、そんな俺を心配そうに見ていた。馬鹿、そんな顔で見んなよ。お前の方が心配なんだから。
「…まじかよ」
「離塚さん」
地下室に下りて、真っ先に目に入ったのは、無数の女性型人形の残骸だった。これは機関のメンバーの、離塚乖離さんの物だ。彼女はこれを使って戦闘を行う。それが、こんなにも破壊されていると言うことはつまり―
「司、くん?美月ちゃん?」
「離塚さん!」
その内の一体が、そう、声を発した。俺たちはすぐにその声の出所へ向かった。
「あ、あ、良かった。無事だった、んだね、二人とも」
「離塚さん、一体ここで何が?」
辛うじて音声機能が無事だった人形を通して、彼女は会話することが出来た。彼女は所謂、人形遣い。人形は殆ど壊されてしまったようだが、本人は本部でこれを操っているだけだから、彼女については心配していない。問題は、他だ。
「一時間前、くらいだったかな。女の子がこの支部にやってきたんだ」
「女の子?」
「そう、女の子。角みたいなのと、大きい尻尾が生えてた。多分だけど、例の、ユンスって人の同類じゃないかな」
その特徴には聞き覚えがあった。都冴を襲ったという女、特徴が一致する。しかし、竜の血が混じった人間、先祖返りの類か。そんな奴がいたら管理局が放っておかないと思うんだが、良く見つからなかったもんだ。
「それで、そいつがここを?」
「うん。瞬間移動みたいに急にやってきて、一瞬でやられちゃった、ごめんね」
「気にしないでくださいよ。そんなのが奇襲して来たら、誰だってやられますよ」
離塚さんをフォローしつつ、俺は大きな疑問を抱えていた。というか、恐らく、この場の誰もが抱いていたと思う。その疑問を俺は口にした。
「というか、師匠たちはどうしたんですか?未来視は?」
「それが、分からないんだよね。今日の朝から連絡が取れてないの」
連絡が取れていない?冷や汗が流れる。師匠が、既にやられてしまったのではないかという、嫌な予感が頭から離れない。
そして、それは、恐らく杞憂じゃ済まない。その竜のような女が、管理局や院と手を組んでいるのかは知らないが、このタイミングでこの支部を襲ったと言うことは、美月の逃げ場を無くそうとしている可能性が高い。それどころか、美月本人を狙って空ぶった可能性すらある。
その中で、機関でも厄介な能力を備えている師匠を、真っ先に潰しにかかったという可能性は高いだろう。
「それでね、すぐに全部の人形を起動して、女の子を包囲したんだけど、敵は女の子だけじゃなかったの」
…なんとなく、そんな気はしていた。ここにある人形の破損の殆どが、刃物によるものだ。あくまで俺の見立てだが。竜の少女の攻撃、恐らく打撃と仮定すると、違和感がある。
「それが―」
離塚さんが、その、もう一人の敵について話そうとした、瞬間だった。人形の首が、刎ねられてしまった。小さな、兵士によって。その姿には見覚えがあった。
「く、ははははは!」
大きな声で笑いながら、そいつは、離塚さんの最後の人形を破壊した男が、部屋の片隅から現れた。
「よう、近衛。相変わらず、クソ生意気な面だな」
「九十九…!裏切者が何しに来やがった」
そいつは、かつての機関のメンバーであり、俺の先輩だった男、九十九百だった。




