第六話
そう言って、奴らは、次元移動を用いて、どこかへと消えていった。もし、俺が知る集会の次元移動と同じものなら、使用にはある程度の制限がある。またすぐに奴らが登場するってことはないだろ。
さて、落ち着いて、傷の手当でもするか、と思って傷口を撫でたが、初めからそこに傷なんて無かったとでもいうように、綺麗に塞がっていた。これも、征服者の影響だな。征服者は操作や破壊だけの異能じゃない、全ての事象を思いのままに操る、正に神のような能力だ。
「…ごめん、ごめん、ごめんなさい」
「落ち着けよ、美月。大丈夫、大丈夫だから」
顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた美月を、俺は抱きしめて慰めた。
こういう事が今まで無かったわけじゃない。むしろ、こういうことを、美月は現人神としてやらされていた。今、美月がここまで泣き腫らしているのは、その時のトラウマが蘇っているのかもしれない。
「美月、こっち向いてくれ」
俺はさっきの、傷口があった場所を指差した。
「お前のおかげで、傷が塞がったんだよ。お前の征服者は傷つけるだけじゃない、ようはどう使うかの問題なんだ」
これが慰めになっているかは分からない、美月があの男を消したのは確かだ。だけどそれが、正しい選択だったのも確かだ。コピー能力者一名、暗殺者一名、帝の腕を凍死させた男一名、推定魔法使い一名、手の内の読めない顔無し一名、こいつらを相手に俺はどこまで食い下がれただろう?勝てたなんて、逆立ちしても言えない。
「あいつに征服者を撃ったのだって、俺を守るためだろ?なら、正当防衛だ。向こうだって、殺す気で来てただろうしな」
最も、それには疑問符が付くが。殺す気なら、あの外刻煙也とやらが貫くのは、腹なんかじゃなく、心臓とか首とかの方が良かったはずだ。その場合、俺にも備えがあるから致命傷にはならなかったが、そんなことまで知っているとは思えない。
俺を、殺す気はなかった?嫌、美月の力を奪うって、奴の言っていることが本当なら、俺を殺すのが最も手っ取り早いはずだ。現状、美月を守っているのは俺一人。俺を殺せば、目的はすぐにでも果たせるはずなのに。
「…暴走を、恐れたんじゃないかな」
「暴走?」
そう言った美月に、俺は問い返した。
「うん、暴走。司を傷つけられただけで、私は征服者の出力を上げ過ぎてしまった。きっと、君が死んだら、もっと酷いことになったよ」
それは、そうかもしれない。元より、征服者は上限という物がない。理論上、地球、嫌、この宇宙全てにさえ効力を発する、最強にして最悪の能力。
美月を救い出して、彼女の異能が明らかになった頃、彼女を殺す案が既に出ていたことを覚えている。だけど、師匠や破虎老師、ノイズさんが必死に反対してくれたことも覚えている。彼らの尽力で、美月の殺処分が見送られたことも。
そして、彼女の監視、観測の為、【機関】は設立された。征服者が暴走しないように見守るため、強いストレス等、征服者が暴走する火種になるものを避けるため、俺たちは尽力した。
だから、分からない。なんで、今更になって、管理局は美月を殺そうとしている?今の状況は、どう考えたって、征服者の暴走を誘発しかねない。一体、何が変わった?何が起こった?
「…!」
上から、爆音が鳴った。と同時に、建物が崩れていく音も。全く、考える間も与えてくれねえなぁ!
「お、破魔矢、出てきたぞ」
美月と急いで階段を上ると、そこには予想通り、多くの敵がいた。何人かは見知った顔、七天院所属異能戦闘集団、【明座】の連中だ。
「誰が施工費払ってくれんだ、おい!」
しかし、まさか、ここまでなりふり構わず来るとは。住宅街ど真ん中だぞここ!家なんかぶっ壊したら一発で大騒ぎに決まってる、はずなのに、一向に騒ぎが起こる気配がない。ていうか、人の姿がどこにも見えない。
「安心しろ、周囲の住民は既に誰もいないからな」
「手回しはとっくに済ませてた、ってことさ」
…明座の首領、七天院破魔矢、そして、院の特記戦力の一人、【全力疾光】七天院天燐。こいつらさえいなけりゃ楽だったんだがな。
「せぇの―」
なんて考えてる間に、天燐がクラウチングスタートの姿勢に入った。不味い!
「どぉん!」
光速での、突撃!間一髪で躱したが、その余波で俺たちは吹き飛ばされた。
「美月!ちぃっ!」
伸ばした手に突き刺さる、一本の光の矢。七天院破魔矢の、【破天光】か!
「司!」
「まずは落ち着けよ。俺たちだって、あんたらと敵対したいわけじゃないんだ。上からの指令で仕方なく来ただけだ」
溜め息を吐いて、奴は弓を下ろした。美月を拘束するでもなく、気だるげに言って。
「天燐、お前もだ。軽々に動くな」
「りょうかーい」
天燐は彼の叱責にも軽い返事をして、破魔矢は眉間にしわを寄せた。
「なら、何が目的なんだよ、あんたら」
「分からないか?俺たちは少しでも波風が立たないようにして帰りたいんだよ。近衛司、その矢は悪かったな。それはせめてもの、仕事をしたという証だ」
…クソ、不味いな。主導権を握られてる。破魔矢は情報を開示しているように見えて、実のところ何も話しちゃいない。逆に言えば、波風が立たないように、と言うのは嘘ではなさそうだ。俺たちの側にも、指令を与えている、恐らく院の上層部の側にもついていないことを、態度で暗に示している。そして、これ以上の追及を許さないという姿勢も。周囲に立つ、明座の面々は、この状況を黙して見守っている。
ちょっと待て。なら、波風を立てたくないってのは、七天院の総意ってことか?七天院の当主、七天院真天、そして彼の弟、腕。特に弟の腕は、不死の研究をしていて、実現間近で全て放棄したとかいう、奇妙な人物。美月の征服者には興味を抱きそうなもんだが、何故、消極的な動きを見せる?奴らの目的は、何だ?
「―【炎舞】」
瞬間、熱が、蒸しあがる程の熱さが、どこからか感じた。この熱は、この声は―!
「【廻】!」
「くっ―!」
炎を纏いながら、回転と共に破魔矢に蹴りつけ、現れた男。
「九朗!?」
「わり、遅くなった」
その男は八司院九朗、俺のルームメイトにして親友。なんで、お前が。
「何しちゃってくれてんの」
天燐がまた、俺たちに狙いを定めた。不味い、今までは交渉の席に立っていたから良かったが、奴が素直に暴れ出したら厄介だ。
「九朗お前、折角奇襲すんならあっち狙えよ!」
「仕方ねえだろ!急いで来たんだぞ、確認してる暇なんてねえよ!」
「あの二人、ずっと組んでんだろ、そこまで頭回せ馬鹿!」
「知らねえよ別の家のことなんて!」
なんて、味方同士で言い争ってる間に、再度、クラウチングスタート。瞬きする頃にはまた、あの光速が来る!
「どぉ、おおおおおお!」
はずだったのに、何故か、天燐は見当違いの方向に飛んで行って、コンクリートの壁に衝突した。
それを見て、俺は確信した。そうか、あいつも、来てくれたのか。
「動くな!」
「おい待て、必要以上に動くな!」
遂に、明座の連中が動き出す。恐らく、俺と同じ結論に至った破魔矢は、必死に彼らを止めようとした。
「おいおい、おいおいおいおい、誰に許可取って、美月ちゃん襲ってんのさ、君ら」
だが、既に遅かった。次から次に、明座のメンバーが倒れていく。異能の暴発、急な転倒、とにかく多種多様な方法で、彼らは次から次に戦闘不能に陥っていく。
「二条院?七天院真天?腕?誰でも良いけどさぁ」
途轍もない、不運の連鎖。だが、それが普通なのだ。あいつの前にいる限り、不幸こそが当然の現象なのだ。
「姫が許した覚えはないよ」
【指定危険生物】十刻院姫薔薇、彼の目の前にいる限り。




