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「ねえねえ、見てタスカくん! すごく大きい鳥さんだよ!」
「本当だ! 真っ白だ!」
「二人とも、危ないから、あまり馬車から顔を出さないでね」
「はーい!」
「あれは白鷲っていう魔物だよ。基本的におとなしくて、人間に害は与えないけど、とても強いぞ」
「大きいもんね」
実物を見たのは、俺も初めてだ。
領地を出て、こうして旅をするのは楽しい。ファンタジー世界で冒険、という感じがする。
とはいえ、馬車の長旅は疲れる。この揺れには、まだ慣れそうにない。
あの街を出てから、一日ほどが経っていた。今朝から、馬車はほとんど止まらずに走り続けている。
「どうぞ、私の膝でお休みください、ご主人様」
隣に座るアンヴィが、自分の膝を優しく叩いた。
大変魅力的なお誘いだが、子供たちの前では、さすがに恥ずかしい。
「ありがとう。でも大丈夫。アンヴィも疲れてるだろうし」
「……そうですか」
少し不満そうだった。
彼女は、裕福な商人の屋敷で下働きをしていたが、服装の指定は特になく、普段は私服だったそうだ。だから、今きれいに着こなしているメイド服は、出発前に貯金をはたいて新調したものだという。
「お兄ちゃ……じゃなくて、ヴィル様。お腹すいた」
「カハ、『お腹が空きました』でしょう」
俺もお腹が空いた。窓から顔を出して、手綱を握るジークに声をかける。
「そろそろ昼にしよう。良さそうな場所があったら、止まってくれ」
「承知いたしました」
「やった!」
「調理道具がもっと揃っていれば、ご主人様に、いろいろなお料理を振る舞えますのに」
「昨日の夜のシチュー、とても美味しかったよ」
お世辞ではない。彼女の腕は本物だ。
「もっともっと、頑張ります。カハとタスカくんも、手伝ってくれる?」
「うん、カハも料理好き!」
「僕も、手伝います!」
屋敷を一人で出たときに比べると、ずいぶん賑やかになったものだ。
* * *
事件の翌日の夜、宿で、カハちゃんの姉ーアンヴィを無事に連れ戻せたお祝いをした。
その席で、何か事情があると察していたらしいアンヴィに、廃嫡のこと、国王の命令のこと、これから向かう土地のことを話した。
彼女に嘘は通じない。……なぜか、そんな気がした。
「そうでしたか。新しい領地の領主様になられるのでしたら、ヴィル様をお支えする専属のメイドも、必要ですね」
そんなことは、考えていなかった。そもそも、どんな土地なのかさえ分からない。
豊かな土地ではない、とセバスは言っていた。最悪の場合、ひどく荒れた土地で、ゼロから開拓を始めなければならないかもしれない。そこまで悪くなくても、決して楽な環境ではないだろう。
ほかにも、考えなければならないことは山ほどある。でも、今考えたところで、どうしようもない。難しいことは、着いてから考えることにしている。
一種の現実逃避であることは、否定しない。
「いずれ使用人を雇えるようになったら、嬉しいけどね。それがいつになるのかは、今の段階では全然分からないんだ」
沈黙。
「ところで、ヴィル様たちは、いつ頃ご出発のご予定でしょうか」
「明日の昼ごろ、かな」
「昼ですね」
「ああ。見送りとかは、いらないからね」
「いいえ。見送りをするつもりは、ありません」
「そ、そう?」
会ったばかりなのだから当然といえば当然だが、少し冷たいなあ、と思った。
* * *
翌日の昼、予定どおり馬車に乗って出発した。
が、数分で馬車が止まった。
「どうした、ジーク?」
馬車から降りてみると、メイド服のアンヴィが、荷物と一緒に立っていた。後ろには、カハとタスカもいる。
……この展開、なぜかデジャヴを感じる。
「その荷物は、どうしたんだ? 見送りはしないって、言ってなかった?」
「はい。見送りはいたしません。私たちも、ヴィル様とご一緒いたしますので」
「何を言ってるんだ? 昨日の話、聞いてなかったのか?」
「いいえ、聞いておりました」
「本当に分かってる?」
「はい。ヴィル様……いえ、ご主人様のお世話は、すべてこのアンヴィにお任せください」
何も分かってないじゃないか。
アンヴィも、ジークと同じで、人の話を聞かないタイプか。
「あの、お兄ちゃん……お兄ちゃんは、すごく偉い人なんでしょう? カハたちは、一緒に行っちゃだめ?」
その仕草と、その目で見るのはやめてくれ。
……とはいえ、あの執事の仲間が、まだこの街に残っている可能性はある。すべてを失った連中が、逆恨みで復讐してこないとも限らない。
置いていくほうが、危険かもしれない。
「僕も、なんでもします! だから、僕も一緒に連れて行ってください!」
タスカも、必死に頭を下げた。あとで知ったことだが、タスカも孤児だった。
二人とも、年齢以上の勇気を見せてくれた。特にタスカの行動力は、高く評価している。
将来、領地を支える人材の卵だと思えば、悪くない投資だ。
……まあ。
領主になるからには、遅かれ早かれ、子供から老人まで、何十人、何百人もの命を背負う覚悟をしなければならない。それに、ジークの時と同じく、ここも断れる雰囲気ではない。
悪い気は、しないのだけれど。
ただ、一番負担が増えるのは、俺ではなく護衛のジークだろう。
「護衛対象が、女性一人と子供二人増えたところで、何も変わりません」
ジークは、涼しい顔で答えた。
こうして、新しい領地に着く前から、護衛騎士が一人、メイドが一人、領民が二人できた。
* * *
昼食のあとも旅は続き、それから三日が経った。俺たちは、目的地に近づいていた。
馬車を止めて、地図を広げ、あらためて確認する。
「ここが、今いる場所。そして――」
地図の東北の端を、指でなぞる。
王国の東北の果て。北と東は、険しい山脈と深い森に囲まれ、その向こうには、ほとんど人の住まない荒れ地が続いているらしい。西と南は、王国の貴族領と接しているが、境には森が帯のように広がり、人の行き来はほとんどない。
つまり、周囲を山と森に囲まれた、袋小路のような土地だ。
唯一まともな道は、南から入る一本だけ。その南隣にあるのが、ランヴェール子爵領。
改めてみると、正直ほっといても損しているような気がしない。
今更ここを開拓しても新たな交易路を確保できるわけでもない。
「ロード。このままの速さで進めば、明日の夕方には着くかと」
覗き込んだジークが、そう告げた。
「そうか。……いよいよだな」




