IV
「なるほど。そういうことでしたのね。お若いのに、廃嫡と追放だなんて……大変でしたでしょう」
「まあ、貴族の三男という立場は基本的にそういうものだからね。いずれ家を出る覚悟はしていたし」
俺はカップを持ち上げ、お茶を一口すすった。
先に、こちらの事情をパルコアに説明しておいた。自分たちが何者で、なぜこの土地へ来たのか。それを話せば、彼女も安心して自分たちの事情を説明できるだろうと思ったからだ。
それにしても、このお茶うまいな。
「ヴィル様たちの事情は分かりました。では、次は私の番ですね。うーん……どこから始めましょうか」
パルコアは残っていたお茶を飲み干し、カップを机に置いた。
「少々長くなりますが、やはり一番最初からお話ししたほうがよさそうですね。これは何百年も前から、何世代にもわたって、歴代の私たち『聖女』が引き継いできた記憶です――」
彼女は、一度ゆっくり息を吸った。
「――遠い昔。世界が苦しみに満ちていた時代。
国同士の戦争。内戦。種族同士の争い。
飢餓。自然災害。流行り病。
そんな時代、大陸の中央に、まだどの国にも血で染められていない小さな集落があった。
戦争から逃れてきた人々。人種差別によって故郷を追われた人々。
ほかに居場所のない人たちが集まり、そこに暮らしていた。
その集落に、一人の少女がいた。
生まれてすぐに母を失った彼女は、不思議な力を持っていた。
病や怪我を治す力。
荒れた土地を肥沃な大地へ変える力。
魔物から人々を守る力。
彼女がどうしてそんな力を持って生まれたのか、誰にも分からなかった。
ただ、我が子を守りたいという、亡き母の純粋な祈りが形になったのかもしれない。
彼女の力はもちろん、彼女の存在が多くの苦しむ人々の心をも癒やした。やがて、その周りには、彼女と同じ信念を持つ人々が集まるようになった。
世のために何かをしたい。誰かを救いたい。世界をもっと良くしたい。
そんな願いを持つ人々によって生まれたのが、『教会』だった。
家族や家を失い、雨露をしのぐ場所さえない子供たちを保護する。病人を治療する。炊き出しをする。夫を失った女性たちに仕事を与える。
教会は、行き場をなくした人々が再び暮らしていくための場所になった。
やがて少女も大人になり、子供を産んだ。そして、生まれた娘もまた、母と同じ力を持っていた。
娘も母のあとを継ぎ、人々を救った。彼女の周りにはさらに多くの人々が集まり、教会は大きくなり、より多くの人を救えるようになった。
その次の娘も、また同じ力を持って生まれた。
そうして世代を重ねるうちに、彼女たちは『聖女』と呼ばれるようになった。教会もまた、聖女を中心に発展していった。
大きくなったのは、教会だけではない。集落は町へ、町はさらに大きな都市へと広がり、やがて一つの国になった。
教会はその発展に大きく貢献したが、決して政治に関わろうとはしなかった。
しかし、為政者たちにとって、民に大きな影響力を持つ教会は、あまりにも魅力的な存在だった。
また、組織が大きくなるにつれて、教会の内部にも腐敗が生まれ始めた。
初代聖女の理念を守り、力を悪用せず、政治にも関わらないことを信条とする『聖女派』。一方で、教会こそが国を治めるにふさわしいと主張する『反聖女派』。
水面下で、二つの派閥が生まれていた。
長い間、両派の力は絶妙な均衡を保っていた。しかし、それも長くは続かなかった。
ここ数代、聖女の力は弱まり始めていた。当時の聖女も、初代聖女ほどの力は持っていなかった。
それと同時に、当時の王に不満を抱く民も少なくなかった。
国を乗っ取るには、絶好の条件がそろっていたのだろう。
反聖女派はある夜、幼い現聖女の両親――先代の聖女とその夫を含め、聖女派の有力者たちを皆殺しにし、教会の実権を奪った。
反聖女派の筆頭だった男は、自らを『教皇』と名乗った。
それから、世界を創った創造神――女神アルティマッタから、聖女を支え、人類を導く使命を授かったと宣言した。
本物の聖女は地下牢獄に閉じ込められ、偽りの聖女が人々の前に立たされることになった。
同じ頃、王家は教会によって、この国を蝕む悪と認定された。一族はことごとく処刑された。
小規模な反乱も起きたが、新たに編成された神聖騎士団によって鎮圧された。
教会もまた、大きく改変された。
創造神アルティマッタを唯一の神として信仰する体制が整えられ、女神から直接授かった言葉をもとにしたという教典が作られた。
聖女や教皇をはじめ、教会の関係者は、真っ白な布地に金糸の刺繍を施した高価な衣装を身につけるようになった。自らの権威を人々に示すためだったのでしょう。
ーーこれが、神聖国アルティニアの建国につながった出来事です」
長く語ったパルコアは、もう一杯お茶を入れ、ゆっくりと口をつけた。
「私は、今のアルティニアがどうなっているか分かりませんが……」
「今も健在だよ。というより、大陸でも有数の強国だ。教会は今や大陸で唯一の宗教と言っていいし、各国にも信者がいる。そういう意味では、厄介な国でもあるな」
「やはり、そうでしたか」
「ただ、俺たちが知っている歴史と、あなたが語った歴史はずいぶん違うけどね」
歴史は勝者が書くものだ。自分たちに都合のいいように書き換えたのだろう。
「本当にひどい話です。獣人族は女神様に愛されなかった哀れな種族だとか、教会への寄付をすれば死後に天国へ行けるだとか、でたらめばかり。それになんですか、あの真っ白で高価な服は?」
パルコアは、心底あきれたようにため息をついた。
「あの……つまり、今の神父様たちが着ている白い服は、もともとの教会の服装とは違うということですね?」
アンヴィが尋ねる。
「ええ。今、私が着ている修道服は、三代目の聖女の時代から続くものです。この濃い青色にしたのは、あなたのメイド服と同じ理由です」
なるほど。
「汚れが目立ちにくくて、動きやすいから、かな?」
「ええ。それに、当時はこの色の染料が安く手に入ったそうです」
「今の教会の服装とは、まるで正反対ですね」
ジークが言った。
「それにしても、ヴィル様が修道服をご存じだったことには、本当に驚きました」
それもそうだろう。
今の教会が成立したのは、百年以上も前のことだ。だから、今を生きるほとんどの人にとって、修道服といえば、真っ白でやけに複雑な装飾が施された豪華な衣装なのだろう。
ジークたちが驚いたのも当然だ。
前世の世界で、黒いコートを着ている人を見て、誰もが医者だと思わないだろう。それと似たようなものだ。
俺の場合は、前世で見たシスターの服装に似ていたから、修道服だと分かっただけだ。
「子供のころ、古い本で似たような服を見たことがあったんだ。だから、なんとなくね」
「そのような本が、まだ残っているとは……」
パルコアは感慨深そうに呟いた。
「まあ、それよりも、話の続きを聞かせてくれる?」
「そうですね。皆さんが知りたい歴史は、ここからでしょうから」
俺もカップにお茶を注ぎ足し、彼女の話を待った。




