III
恐怖? 困惑? 驚愕? それとも歓喜だろうか。
今、俺たちの目の前に集まってきた人々の表情は、おそらくそのすべてが入り混じっていた。
いや、彼らの感情を雄弁に物語っているのは、表情だけではなかった。
「ご主人様……この方たちは……」
頭にピコピコと動く獣の耳。腰の後ろから揺れる尻尾。
「……獣人族、だね」
獣人族。
この大陸で今生きているほとんどの人は、獣人族を実際に見たことがないはずだ。もちろん、そうなっているのには理由がある。
こうして近くで見ると、耳と尻尾を除けば、外見は人間とそれほど変わらない。本で読んだ時はもっと......失礼な表現になってしまうが、獣に近いイメージだった。
着ている服も、農村で暮らす人々のものと大差なかった。
……謎だらけの場所が、さらに謎だらけになった。
「アンヴィ、一旦戻って馬車を中に入れてくれ。カハちゃんたちも起こしてあげて」
「分かりました」
さて、と。
「ええと、まずは話をしたいんだけど……誰か代表の人と会わせてもらえないかな?」
どう反応すればいいのか分からない、というように、彼らはざわつく。
その時、獣人族の子供に手を引かれて、こちらへ走ってくる人影が見えた。
女の子だった。
彼女も、獣人族たちと同じような困惑を浮かべたまま、息を切らして、俺たちの前に立った。
俺と同年代くらいの女の子だ。
獣の耳も、尻尾もない。
今まで見たことがある中で彼女が一番綺麗だと断言できる。
でも、一番驚いたのは――。
「修道服!?」
「この者の着ている服は、修道服でございますか」
ジークが、怪訝そうにこちらを見る。
目の前の彼女の表情が、さっきまでの困惑とは、また別のものに変わった。
「え?あの……この服が修道服だと、ご存じなのですか」
一番最初に気にするところは、そこじゃないと思うが……。
どう見ても、シスター服だ。それなのに、驚かれる。
……待て。
ああ、そうか。そういうことか。
「ああ、うん。修道服だよね? ということは、あなたはシスターさん、でいいのかな」
「本当に、分かるのですね」
彼女がそのことに感心していると、後ろにいた獣人族の中年男性が、彼女に何か言った。
「そうですね。あなた方について詳しく話を...後ろの馬車も、あなた方のお仲間ですか?」
馬車を門の中へ連れてくるアンヴィの姿が見えてきた。
「そうだ。全部で五人だ」
「そうなんですね。分かりました。では、私がご案内しますので、ついてきてください」
俺たちが彼女のあとに続くと同時に、何人かの獣人族の男たちが、反対側、門のほうへ向かっていった。
「門を閉じないと、魔物が入ってしまいます」
彼女が、そう説明してくれた。
少なくとも中から閉じる方法は、あるということか。
……それにしても、彼らは門の外へ出ようとはしないんだな。
中に入ってみると、雪をかぶった山脈が、集落の向こうにそびえているのが見えた。ものすごい迫力だ。なかなか見られない景色だし、毎日見ても飽きないと思う。
まあ、今は景色を堪能している場合ではないけれど。
「尻尾が動くんだ!」
「耳もすごいね。僕たちよりよく聞こえるのかな? 」
「こら、二人とも、失礼ですよ」
少し歩くと、集落のような場所に入った。
家の造りは、案外悪くない。少し歪んでいて、すごく丈夫そうとまではいかないが、道は石のタイルで舗装されている。
ちなみに、馬車は一旦、集落の外に置いてきた。馬たちの餌は、あとで手配してくれるとシスターさんが言ってくれた。
注目を浴びながら、俺たちは、この集落でおそらく一番大きい建物の前で立ち止まった。
白塗りの石壁に、急勾配の三角屋根。入り口の上部には古びた鐘が吊るされ、窓には煤けてはいるものの、素朴で美しいステンドグラスがはめ込まれている。
大きな木のドアは、開け放たれていた。
「どうぞ、皆さん、中へ」
案内されて、俺たちは中に入った。
窓から差し込む光が、床の木目を照らしていた。飾り気はないが、隅々まで丁寧に掃除されている。
「普段は、こんなに静かではないのですけれど。話をするには、ちょうど良かったですね」
みんな、門のほうへ行ってしまったということかな。
「パルコア様、戻られたのですね。それで、門が開いたというのは、本当に――」
奥から現れた老婆のシスターが、俺たちを見て、固まった。
「ああ、マルタさん。ちょうど良かったです。呼びに行くところでした」
二人で何やら話し合っている。事情の説明、といったところだろう。
「分かりました。では、子供たちは私に任せてください」
「お連れの子供さんたちは、こちらのマルタさんに預けてください。長いお話は、退屈でしょうし、それにマルタさんが子供の扱いに慣れていますから」
「でも……」
アンヴィが、カハの手を握った。
「大丈夫だよ、アンヴィ。この人たちを信じよう。それに、子供には退屈な話なのは事実だし」
「ご主人様がそうおっしゃるのなら、大丈夫ですね。二人とも、あまりご迷惑をかけないようにね。タスカくん、頼みます」
「え? なんで、カハよりタスカくんを頼むの?」
「分かりました、アンヴィの姉ちゃん。行こう、カハ」
子供たちと別れて、俺たちは、案内された部屋に入った。
「すみません。応接室はありませんので、普段、私が仕事で使っている部屋になってしまいますが……」
仕事、か。
俺たちが座ると、彼女は棚から茶葉を取り出して、お茶の用意を始めた。
「もう、常温に戻っていますね」
やかんの水を確かめて、彼女が言う。
「私が温めましょうか」
ジークが申し出た。ジークの得意分野は身体強化系の魔法だが、生活が便利になる程度の火魔法は使える。
「いいえ、大丈夫です」
彼女はそう言って、祈るように手を合わせ、目を閉じた。
すると、やかんの水が、ぐつぐつと湧き始めた。
これは、これは。
「あの、ご主人様。これは、魔法なのでしょうか」
「少なくとも、俺が本で読んだ限りでも、実際に見た限りでも、こんな魔法は知らないな。ジークは?」
「私も、存じません」
「あと五分で、お茶が入ります。それでは、話を始めましょうか」




