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12/12

V

「国を乗っ取った教皇たちにとって、本物の聖女の存在は最大の脅威でした」


 パルコアは、静かな声で話を続けた。


「教皇が聖女を始末するよう命じたのも、そう時間がたたないうちでした。最初は、利用価値があるのだから生かしておいたほうがいい、という話だったそうです。しかし、疑心暗鬼になっていた教皇は、彼女を地下牢獄に閉じ込めておくだけでは安心できなかったのでしょう」


 よくある話だ。


「でも、教皇たちは聖女という存在を甘く見ていました」


 パルコアはそう前置きして、話を続けた。


「それを説明するには、聖女そのものについてお話ししなければなりません。初代聖女から、すべての聖女は必ず二十歳になる前に娘を産みます。そして、その娘を産むまで、聖女が死ぬことはありません。もちろん、殺すこともできません」


 歴代の聖女の何人かは暗殺されかけたが、そのどれもが失敗に終わったという。


「教皇たちも、地下牢獄に閉じ込めた聖女を、何十回もいろいろな方法で殺そうとしたそうです。しかし、彼女には傷一つつけられませんでした」


 殺せないのなら、別の方法を使えばいい。


 教皇たちはそう考えた。聖女に娘を産ませ、生まれてくる次の聖女を自分たちの意のままに動く傀儡にすればいい、と。


 だが、その計画も失敗した。


「彼女に触れようとした男たちは、目を失い、指をすべて引きちぎられ、しまいには正気さえ失ったそうです」


 パルコアの声には、怒りよりも、長い年月を経ても消えない嫌悪がにじんでいた。


「聖女を殺すことはできません。そして、聖女を永遠に閉じ込めておくこともできません。彼女が娘を産むために、世界そのものが必ず動くのです」


 それを悟った教皇たちは、聖女の扱いに困り果てていたのだろう。


 そんなとき、教皇はある場所について知った。


 大罪人が送り込まれる場所。


 逃げ出すことは困難で、限られた者以外は外から入ることもできない。


 誰も近づかず、誰も関わろうとしない。


 教皇たちにとって、これ以上都合のいい場所はなかった。


「そうして、聖女はここへ送られました」


 パルコアは、そこで言葉を切った。


 しばらく沈黙が流れる。俺は話を頭の中で整理してから、口を開いた。


「なるほど。それで、彼女が送られた先がここってわけか」


「はい」


 おそらく、貴族の誰かが教皇と手を組んでいたんだろうね。


「では、続きをお話ししますね」


「疲れたなら、少し休んでもいいよ」


「いいえ、大丈夫です。この話は、いつか私も娘に語らなければならないものですから。その練習のようなものです。もっとも、今皆さんにお話ししているのは、ほんの一部にすぎませんが」


「分かった。じゃあ、続きをお願い」


「はい。ここからは、皆さんが直接関わる話になります。途中で質問していただいて構いません」


「分かった」


 彼女は、再び語り始めた。


「ここに送られた聖女が最初に目にしたのは、壁に閉じ込められた荒れた土地と、石造りの建物だけでした。そこには数人の人々が暮らしていました。彼らの主人が大罪を犯してこの地に追放されたとき、主人に仕えていた彼らも、一緒についてきたそうです」


 その主人は、数年前に亡くなっていた。残された人々は、あとは自分たちの死を待つばかりだったという。


 なるほど。


「じゃあ、一つ質問。この土地は荒れているうえ、外界からも遮断されている。彼らはいったい、どうやって食料を調達していたんだ?」


「荒れた土地ではありましたが、まったく農業ができないほどではありませんでした。畑を耕す道具や、小麦、野菜などの種を持ち込むことは許されていたそうです。もっとも、普通の畑の何倍もの努力を費やしても、収穫はわずかなものでした」


 パルコアは少し考えてから、続けた。


「それから、あとでご案内しますが、ここから北へ数百メートルほど行ったところに湖があります。そこで魚を釣って暮らしていたそうです。ただ、どちらも限界がありました。数人で何十年も生き抜けるほどのものではないと、彼らも分かっていたのでしょう」


「なるほど。ありがとう。話の途中で邪魔して悪かった」

「いいえ。情報を共有するためには大切なことですから、遠慮なさらないでください」

 パルコアは微笑んで、話を続けた。


「聖女がここへ来てから、間もなくして、次々と人がやってくるようになりました。正確には、送られてきたと言ったほうがいいかもしれません」


 病にかかったため、奴隷として買ったものの持て余されていた人々。


 貧しい村で、口減らしのために捨てられた子供たち。


 政敵とされた貴族の一族。


 主人に手を出され、子供を身ごもったメイド。


 周辺の国々から、そんな人々がこの土地へ流れ着いた。


「似た境遇の人たちが集まれば、できることも増えていきます。中には魔法を使える人もいましたし、知識を持つ人、細工や職人仕事の経験や技術を持つ人もいました。そうして、ここには小さな集落ができたのです」


 何が罪人だ。


 俺は、セバスの言葉を思い出した。


 それに、パルコアは簡単に言っているが、いくら多彩な知識や技術を持つ人が集まったとしても、できることには限界がある。


 まして、ここは外界から遮断された土地だ。道具や資材だって、好きなだけ手に入るわけではない。


 間違いなく、聖女の存在がそれを可能にしたのだろう。


 初代聖女ほどではなかったにせよ、彼女の力も相当なものだったはずだ。土を豊かにし、病を治し、人々の魔力を増幅させ、さらには物質まで生み出せる。


 だが、おそらく、力そのものよりも彼女の存在のほうが重要だったのだろう。


 彼女がいたからこそ、外界から隔絶されたこの場所でも秩序が保たれた。彼女の存在が、住民たちの心の支えにもなっていたはずだ。


「あの、パルコアさん。今のお話に出てきた人たちは、みんな人族ですよね? でも、さっき外で見た住民は、ほとんどが獣人族のようでしたが」


 アンヴィが尋ねた。俺もそこが気になっていた。


「それについて、今からお話しします」


 パルコアは頷いた。


「集落ができてから数十年がたち、新しい聖女――私の曽祖母の世代になるころには、外から人が送られてくることもなくなっていました。そんなある日、突然現れたのが、獣人族の集団だったのです。彼らを率いていたのは、『姫』と呼ばれる女の子でした」


 女の子...姫。


「今までここへ送られてきた人たちとは違って、獣人族は自分たちの意思でここを目指してきた、ということか」


「はい」


「ちょっと待って。どうやって中に入ったんだ?」


「姫が門を開いたそうです。もっとも、どうやって開けたのか、曽祖母も知らなかったそうですが」


 ……その姫というのは、いったい何者なんだ?


「先ほど少しお話ししましたが、新しい教会が作った教典には、獣人族は女神様に愛されなかった哀れな存在だ、と記されています。けれど、それ以前、獣人族は大陸のあちこちで小さな集落を作り、人族と共存しながら、基本的には平和に暮らしていました」


 パルコアの表情が曇る。


「しかし、あの教典によって、すべてが変わりました。教会は、死こそ獣人族を苦しみから救う道だと主張し、神聖騎士団を派遣して、大陸各地で獣人族の『粛清』を行ったのです」


 彼女は、言葉を選ぶように少し間を置いた。


「それに倣い、自分たちの支配を強固にするため、あるいは正当化するために、各国の為政者たちも獣人族の大量虐殺を行いました。生き残った獣人族たちにとって、平和に暮らせる場所は、もはやここしかなかったのです」


 彼女は拳を強く握りしめていた。声も、聖女が受けた理不尽を語っていたときより重くなっている。


 獣人族の粛清――その話だけなら、俺も知っている。


 ただ、彼らは粛清によって全滅したと思われていたのだ。


 まさか、生き残りがずっとここで暮らしていたとは。


 パルコアは一度喉を潤し、再び話し始めた。


「こうして、ここは人族と獣人族がともに暮らす、世界で唯一の場所になりました。当然、両方の種族の間に子供が生まれるようにもなりました」


 人族と獣人族の混血。


「最初に生まれた子供たちは、獣人族に近い外見をしていたそうです。しかし、何世代も重ねるうちに、毛や爪、牙などの特徴が薄れ、皆さんが先ほどご覧になったような姿になっていきました」


 前世の生物学で習ったことを引っ張り出すなら、獣人族の特徴が遺伝的に現れやすかったのが、世代を重ねるうちに変化した、ということだろうか。


 ……まあ、この世界の種族に前世の遺伝学がそのまま当てはまるかは分からないけど。


「私が生まれたころには、住民のほとんどが人族と獣人族の血を引いていました。人族の血しか持たないのは、先ほどのマルタさんや、年配の方が数人いるくらいです」


 年配者だけか。


 つまり、彼らがいなくなれば、この集落に残るのは、人族と獣人族の血が混ざった人々ということになる。


 ……目の前にいる例外を除けば、だが。


「失礼な質問になるから先に謝っておくけど、あなたには獣人族の特徴がまったく見られない。何か理由があるのかな?」


「いいえ、当然の疑問だと思います。結論から言うと、『聖女』は獣人族やほかの種族と子供を作ることができないのです」


 ……試したことがあるのか、と聞くのはさすがに失礼すぎる。やめておこう。


 だが、それなら彼女の両親――前代の聖女とその夫も、人族だったということになる。彼らは今、ここにいるのだろうか。もし亡くなっているなら、聞き方には気をつけたいところだ。


「それなら、あなたのご両親も人族ということになりますが……今は、ここにいらっしゃらないのですか?」


 ジークが、ためらいもなく尋ねた。


 ……もう少し言葉を選んでもいいと思うんだけど。


「私の両親は、もうこの世にいません」


「そうでしたか。事情も知らず、無神経な質問をしてしまいました。申し訳ございません」


 ジークはいつもどおりの冷静な態度で謝罪した。


「いいえ、全然平気です。それに、両親はおじいちゃんとおばあちゃんになるまで生きて、幸せに亡くなりましたから。もう何十年も前の話ですし」


「そうだったのか……ん? 今、何十年前と言った?」


 思わず聞き返してしまった。


 彼女の両親が亡くなったのは、何十年も前?


 でも、パルコアはどう見ても俺と同じくらいの年齢だ。


 普通に考えれば、ありえない。


「はい。事実です。私が生まれたとき、同い年くらいの人族の男性はもういませんでした。外から人が来ることもなく、獣人族との間に子供を作ることもできません。それでも、聖女である私は、必ず二十歳までに娘を産むことになっています」


「……それは、矛盾した状況になったな」


「はい。そこで、私が十六歳になったとき、私の時間が止まってしまったのです」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味です。十六歳になってから、私の身体は年を取らなくなりました。成長もしなければ、衰えもしません。髪も爪も伸びなくなりました」


「年を取らない……身体の変化も止まっている、ということか?」


「ええ。それに、あの日から月のものも……ああ、いいえ。これは殿方の前でする話ではありませんね」


 ……どういうことだ?


「本当に、一度もないのですか?」


 アンヴィが尋ねる。


 パルコアは静かに頷いた。


 よく分からないが、詳しく聞くのは、絶対にやめておいたほうがいい。

 俺の中の何かが、そう警告していた。


「賢明な判断です。ご主人様は紳士ですから」


「……ああ、うん。つまり、あなたは不老不死ということになるね」


「そうなりますね」


 聖女。


 彼女から聞いた初代聖女の力。あれは、加護に違いないと思う。


 加護という概念は、近年までほとんど知られていなかった。我が国ではここ数年、学会を中心に注目を集め始めている。


 ほかの国の事情は分からないが、少なくとも我が国では、魔力の有無にかかわらず、多くの人が何らかの加護を持っていると考えられている。


 ただし、その大半はたいした力ではない。効果が曖昧だったり、用途があまりにも限定的だったりして、自分の加護に一生気づかないまま終わる人もいる。


 たとえば、適当な推測でも当たるとか、料理が少し美味しくなるとか、毒が効かないとか。分かりやすいものもあるが、それだけ聞くと、個性や体質との区別は難しい。


 それでも、まれに、実用性の高い強力な加護を持つ人が現れる。


 たとえば、ジークの加護は『敵からの最初の攻撃が絶対に当たらない』というものだ。戦闘では非常に有利になる。


 そのため、王家や貴族、騎士団、冒険者ギルドは、ここ数年、加護を持つ人間を探し回っている。


『前世の記憶を持って生まれる』というのも、加護の一種なのかもしれない。

 だが、聖女たちの力は、そんな次元とは明らかに違う。


 まず、能力そのものが強力すぎる。これと同じ規模の加護を持つ存在は、ほとんどいないだろう。


 加護の研究は始まったばかりで、不明な点も多い。それでも、少なくとも今のところ、系統魔法などと違い、加護が次の世代へ確実に引き継がれた例は確認されていない。


 なのに、聖女の加護は、例外なく次代へと引き継がれている。それも、必ず娘へと。


 まるで、そうなるように世界そのものが動いているかのようだ。パルコアの場合は、身体の時間まで止まっている。


 加護そのものが意思を持ち、自らの存続を保証している――そう考えたくなるほどだった。


「長い話をさせてしまってすまなかった。いろいろ教えてくれて、ありがとう」


「いいえ。当然のことをしたまでです。それで、皆さんがお休みになる部屋を用意しますね。ただ、今すぐに用意できるのは二部屋だけなのですが……」

「二部屋あれば十分だよ。助かる」


「それから、お風呂と夕食も用意します。どうぞ、長旅の疲れを癒やしてください」


 教会の奥は、住居としても使われているようだった。


 パルコアとマルタさん、それから世話係をしている獣人族の女性が、ここで暮らしているらしい。


 聖女という立場を考えれば、もっと贅沢な生活を送っていてもおかしくない。それなのに、彼女たちの暮らしぶりは驚くほど質素だった。


 久しぶりの風呂は、本当にありがたかった。


 馬車での旅は、思っていた以上に疲れる。湯につかりながら、ここまでに聞いた話を整理しようと思っていたのだが、浴槽に入った途端、それどころではないと悟った。


 ……疲れすぎて、頭が働かない。


 風呂のあとに食べた夕食も、なかなか美味しかった。見たことのない野菜がいくつか入っていたが、味付けもよく、つい食べすぎてしまった。


 そして、ようやく久しぶりのベッドだ。


 横になってから、おそらく三秒以内に眠りに落ちた。


 前世も含めて、最短記録に違いない。


 翌朝、目を覚ますと、隣のベッドにジークの姿はなかった。


 騎士学校出身のジークは、朝早く起きるのが習慣になっている。


 俺は顔を洗って部屋を出ると、アンヴィたちの部屋の前を通りかかった。そっと中の様子をうかがってみる。


 三人とも、まだぐっすり眠っていた。


 起こさないようにして、俺は教会の中を少し見て回ることにした。


 建物の中にいると、なんとなく気持ちが落ち着く。これも聖女の力なのだろうか。


 噂をすれば、向こう側の扉が開き、パルコアが姿を現した。


 彼女は脂汗を浮かべ、ひどく苦しそうに下腹部を押さえながら、昨日はいなかった獣人族の女性に肩を支えられてよろよろと歩いていた。


「どうしたんだ? 大丈夫?」


「いいえ、大丈夫ですので、どうぞお気になさらずに」


「本当に? すごく具合が悪そうだけど……」


「久しぶりのことでしたので、身体が慣れていなかっただけです。それと、ヴィル様…」


 パルコアはふいに、両手で俺の手を握った。


 苦痛の混じった吐息とともにまっすぐに俺を見つめる。


「ヴィル様……。これから、どうぞ……よろしくお願いいたします」

これで第3章終わりです。次の章からいよいよ領地運営ですね。


小説書くのが初めてで不安だらけでしたが、書き始めると案外楽しいです。

投稿スケジュールもバラバラで、宣伝などもしていません。その上面白い作品沢山あるのであんまり多くの人に読まれていないと思いますが、それでもやはり少し読んでくださった方がいれば評価気になってしまいます。

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