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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU


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第六話 成り行きの混浴

 






「何と言うか。どっと疲れた一日だったなぁ…」




 時刻は丁度二十時を回ったところ。陽も落ちてすっかり暗くなった空。

 それに対して街はまだまだ活気に溢れており、喧騒とランプの輝きで日中とは違った賑わいを見せている。



 俺は観光ついでに色々見て回っても良いかとも考えていたが、先程の談話ですっかり消耗してしまい、当てがわれた来客室で眠ってしまっていた。




(そう言えばアンデルセンが「夜は飯でも食いに行くか!」とか言ってくれてたけど、もしかしたら俺が寝てるのを見てそっとしといてくれたのかな。案外気が効くじゃ無いかアンデルセン)




 ふと、あの談話の後にアンデルセンが夜飯に誘ってくれたことを思い出す。

 と言うことで、アンデルセンに後で会いに行くことを決め、まずは飯前の風呂にすることにした。




「?」




 寝ぼけ眼を擦りながら疲れで重たい腰を上げ起き上がった俺は、寝台横のテーブルの上に置かれた着替えに気付く。




「あれ、こんなん置いてあったかな…。風呂入る時にこれに着替えろってこと?帝国だから、使用人がいたっておかしくは無いか?」




 初めから世話役の人がいるなら伝えて欲しかったけれど。と独りごちる。



 だが、とりあえずこれを持って浴場に行けば困ることは無いと考え、俺はのろのろと部屋を出た。



 螺旋階段を降りてワンフロア下の大浴場に向かう。

 俺の部屋のフロアとその下は来客専用のようであまり人は見かけない。そのため正直、今にも迷いそうで若干ビクついていた。



 が、それ以上に造りがとんでもなく豪華なもんだから緊張する。



 綺麗な真紅のカーペットが敷かれた床。随所に絵画やシャンデリアが飾られた廊下の壁紙。宝石や金など煌びやかな装飾が施された置物。

 外から見ても重厚で威厳のある建物だったが、内側はより一層美麗な建物だと感心してしまう。




「こりゃまた、とんでもねぇな…。この豪華さは流石にビビるぜ…」




 更に言うと、辿り着いた大浴場もとんでもない絢爛さだった。



 そもそも賓客用のフロアは階段から廊下まで目も眩むほどの煌びやかさなのだが、なんだかそれとは一線を画していると言うか、一言で言うなら金ピカだ。



 贅を尽くした豪華絢爛な入り口。黄金色の石造りの壁や床。装飾のターコイズ色のステンドグラス。清澄で光を孕んだ水面。

 それら全てが調和のとれた完璧な浴場。最早一つの宮殿なのでは?と言ったほどに壮麗なこの場所では裸になることも躊躇われよう。



 脱衣場からして常軌を逸しているのだ、流石に踏鞴を踏んでしまうのも仕方が無い。が、




「とは言え、ここまで来て部屋に戻るのも勿体無いしな。サクッと入ろ、サクッとね」




 俺は足早に湯で身体を流し、湯船に浸かることにした。



 身体が内側からあったまっていくのを感じる。絢爛この上ない大きな浴場にたった一人で落ち着くもんかなとも思ったけど、案外湯に浸かると心もあったまって気にならなくなるものだ。



 俺はここらで激動の四日間を振り返った。



 街が襲撃されてオヤジが死んだあの日。全てがどうでも良くなって死んでやろうかと思った。

 でもアンデルセンに連れられて帝国に行くことになって、やはり自分は父さんの力を継いでいることもわかって、最早死ぬとか死なないとかそのレベルの話じゃあ無くなってしまったな。



 無論、アンデルセンがぐわーっと話しかけてくれるから気が紛れたと言うのもある。レンジはムカつくけど、悪人かって言われたらそんなことも無いし、結果として道中の忙しなさは俺の懊悩をある程度吹き飛ばしてくれた訳だ。



 そして、帝国に到着して今に至る。




(少しは落ち着けるのかなぁとも思ったが、今度は目新しさで落ち着かないな…)




 俺は、今では忙しなさでは無くて目新しさに驚いていた。



 この大浴場の絢爛さもそうだが、街の活気も、出会う人々も俺が今まで生きてきた中では一度も見なかった光景だ。

 正直言うとまるで現実味の無い景色だから、もしかしたらこれはタチの悪い夢なんじゃあないかとすら思う。



 けれど、俺はもう決めた。

 これからどう生きるか、どうやって人生を歩んでいくのか。母さんや父さんの望みに応えるためにも、どんな選択をするのが最適解か考えて、ようやく決めたんだ。



 今のところ後悔があるかどうかはわからない。けれど、まぁ何だっていいさ。

 オヤジの能力があったから完璧に自分を隠匿することが出来たし一人になれた。でも今はもうその生き方は叶わないのだから。



 自分は既に運命の荒波に巻き込まれてしまっているのだ。この先、俺の周りでその波は唸りを上げるだろう。

 その時に後悔無くやれるような生き方をしなければ。




「覚悟を決めろ。今更怖いだ何だって言ってられるか」




 俺は湯船の中でグッと拳を握った。



 もちろん覚悟を決めたところで怖いし不安はある。けれど、逆に初めて自分で選んだ前向きな選択だ。




 俺の選択。



 一月後。俺は北方に戻る。しかしそれはまた普段の暮らしをしに戻るのでは無い。帝国の兵士として戦いに戻るのだ。



 あの時、天帝様が俺に提示してくれた選択肢。「帝国の兵士として人々を救う」と言う生き方。藪から棒に出てきた提案だからそりゃ困惑した。なんて答えるのが正解かわからず、結局すぐには答えられなかったさ。



 でも、よくよく考えてみると理に適った選択肢であるとも思えたのだ。



 既に争いの渦に巻き込まれてしまった以上、以前のように平穏に暮らすことは到底難しい。俺の周りで戦いは起こり、人が死ぬだろう。



 しかしそれを未然に防ぐことは出来るはずなのだ。俺が強くなり、敵を返り討ちにする程の力を付ければ夢物語では無くなる。

 そして俺には父さんから引き継いだ光の力があるのだから現実的な案とも言えよう。



 ジャックさんやアンデルセンのように支えてくれる人たちもいるし俺一人で戦う訳では無いのだからきっとやれるはずだ。

 そう考えると、その選択を取った方がこれから後悔が無いと思えたのだ。



 ジャックさんは納得いかない顔をしていたけれど、懇切大事に匿われた結果周りで不幸が起こるより、自分で精一杯やった結果起こる不幸の方がまだ納得がいくと思う。無論、そうならないために頑張るのだけれど。



 周りが苦しまないように、ひいては自分の心の平穏のために“逃げた”のが今までの自分。

 これからは周りが苦しまないように、戦って心の平穏を勝ち取る。ある意味で“貪欲”な自分でありたい。



 どうやら、北方では今、屍人が各地に発生し街を襲う事件が多発しているらしい。日に日にその勢力は増しているようなのだが首謀者がどんな人物で、何を目的にしているのかはさっぱりわかっていない状況だ。



 故にレンジとアンデルセンが派遣されたのだが、結局俺を見つけたことで蜻蛉返りになってしまった。



 つまり今、北方は野放しの状態。

 一応数日後に別働隊が向かうそうだが、屍人の性質上根絶は難しく、大きな被害を抑えるだけの作業になるそうだ。



 そもそも確実に首謀者は神格者である以上戦いは熱気を帯びるだろうし、更に戦力を投入する必要があるのは間違いない。



 だから、俺が行く。



 悪性を浄化する俺の力なら屍人を殺せることは実証済みだ。あの時の俺でも相打ちまで持っていけたのだから、強くなったらより対等にやれるはず。



 それにあの人狼の屍人は群れを成していると言うじゃ無いか。街を襲いオヤジを殺したあの仇敵共を倒すという目的は()()()()としても申し分ない。



 そりゃこれからの日々は更に激動を極めるとは思うけれど、折角生きる目的を見出せたんだ。逃げるだけでは得られない生き方を見つけられたんだ。そうとなれば、やるしか無い。




「よしっ、オヤジ、母さん、見ててくれ。俺はやってやるぞ。

 成り行きだけど、こっから俺の人生は始まるんだ。逃げずに、戦って、平穏を勝ち取ってやる!」




「ーーー流石。その意気です。義兄様(おにいしま)




「おうっアンデルセーーー、じゃ、無い。えっ…!?」




 勢いに任せてザバっと湯から出た俺はアンデルセンのものでは無い声を聞く。聞き慣れない呼び方。



 入り口の方を見るとその声の主らしき人物の影が見えた。




「なっ、ななな…ま、待て!何で!?えっ、お前…お、女!?!?」




「はい。私は女ですが、どうかされましたか義兄様?」




 そう。その人影は一糸纏わぬ少女の姿であった。



 しなやかで柔らかな曲線を描く体躯。ところどころに膨らみのある優雅な輪郭。身長は俺より少し小さいけれど鍛えているのだろう、細腕ながらしっかり筋肉質であることがわかる。



 天帝様と同じ髪色は片目を隠すように左側に流されていて、髪がかかっていない右目は儚げな光を映していた。涙ぼくろがチャーミングで静かで花のような、或いは風のような凛とした美しい立ち姿。



 間違いない、美少女だ!




「じゃっ、ないっ!!なんで!なんでお前裸なんだ!?女だろ!?え、てか風呂入ってるんだぞ!俺が!…そんな飄々と、さも平然と入ってくるんじゃあ無い!!」




「私も湯に浸かろうと思ったのです。それに私の裸に価値はありませんから、義兄様が気に病む必要はありません。お望みでしたらどうぞ、隅から隅までご覧になってください。ふふん」




「ふふんじゃない!貞操観念はどうなってるんだお前!っ、と言うか!おにいさまってなんだおにいさまって!?俺は、お前の兄になったつもりは無いぞ!俺に妹はいない!!!」




「いえ、義兄様(おにいさま)は義兄様です。そこに間違いはありません。でもそんなに否定されると流石の私も少し落ち込みます。すん…」




 ーーーすん…って。なんだ一瞬心がときめいてしまった。

 が、それとこれとは別問題だ!



 何なんだ急に現れて、おにいさまだの価値は無いだの。見当違いもここまで来ると笑えてくるぞ。



 折角疑問や不安が解消されたところだと言うのに、一難去ってまた一難。またもや不思議な奴に絡まれてしまっている。

 しかも女な分、アンデルセンと会話してる感じでもいけないし…。




「…てか、まさか…この狙ったかのようなタイミングってことはあれだよな…。まさかまさか……俺の身辺の世話してくれてたのも、お前、か??」




「ふふん。もちろんです。義兄様が快適な帝国生活を送れるよう私が陰ながらサポートします。寝ている間も何か無いか常に目を離しておりませんし、お邪魔虫(アンデルセン)も追い払っておきました」




「おわぁ…コイツっ、想像以上にっ、やばい…!!」




 素直に感謝する気にならないやばさ!

 一体俺が何をしたって言うんだ?敵意が無いどころか真逆。何故か慕われてるみたいだからそれはいいんだが…。どうも調子を狂わされる!



 と、思ったその瞬間。少女の柔肌が目の前に近づいてくる。

 本当に湯に浸かるつもりなんだとわかった瞬間、俺は猫のように迅速に身を引いた。




「スン…どうして逃げるのですか?」




「逃げるに決まってるだろ!落ち込むふりしてもダメだ!まずおにいさま呼びをやめるんだ!そして、服を着ろぉ!!!」




 浴場に俺の怒号が響く。こうして、俺の一ヶ月間の帝国生活が幕を開けるのであった。






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